お祝いエクストリーム
『それじゃ、またですー』
「はい、ありがとうございました!」
僕が大きく頭を下げて一礼すると、フラウさん達はプルプルと体を震わせながら料理の方へと跳ねていった。
「何というか、凄いスライムもいるんですね」
「え? ああ、ははは……そうですね。世界は広いですから」
しきりに感心しているミャルレントさんに、僕はとりあえず乾いた笑いを返しておいた。うーん。いつかはフラウさん達のことも話したい気はするけど、これは流石に僕の一存で決めるには事が大きすぎるからなぁ。
「あっ……」
「ん? 何です……あっ」
不意にミャルレントさんが声を上げて、その動きがとまる。何事かと僕も視線を追えば、そこにはモーゼのように人の波を割ってこちらに向かってくる人々の姿があった。
「おめでとう二人とも」
「リチャード様! ご出席いただき誠にありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
突然の当主さんの登場に、僕もミャルレントさんも慌てて礼をする。しばらくそうしてから頭をあげると、お歴々の紅一点であるマギィさんが破顔していた。
「そう畏まらなくっても大丈夫さ! 何せ今日はアンタ達が主役なんだからね。そうでしょうリチャード様?」
「うむ、そうだな。今日の私はあくまで招待客の一人にすぎない。ぞんざいに扱われては困るが、かといって必要以上に畏まる必要もない。それはフルールやグリン殿に対してもだ」
「ははっ。お気遣いありがとうございます」
「アンタもだよミャルレント。いつも通りもっとふてぶてしくしてればいいじゃないかい!」
「そんな!? リタはともかく、アタシはそんなじゃないですよ! リタはともかく!」
大事なことらしく二度言ったミャルレントさんに、マギィさんが楽しそうに笑う。
「ハッハッハ。その調子だよ。ま、とにかく二人ともおめでとさん」
「ありがとうございますマギィさん」
「ありがとうございますギルドマスター」
「本日はおめでとうございます、トールさん。ミャルレントさん」
ぷりーん!
マギィさんとの挨拶に区切りがつくと、最後に祝福してくれたのはレンデルさんだ。いつもはギルドにいるエベッソンも、今日はレンデルさんの肩でプニョプニョしている。
「ありがとうございますレンデルさん。エベッソンもありがとう」
「新婚ともなれば色々と物入りなことでしょう。お祝いということで値引きさせていただきますから、是非ともウチで購入してください」
「ハハハ。勿論です。今後も是非良い取引相手でいてください」
「それはそれは、私としても願ってもないことですな」
伸ばされた手をガッシリと握り合い、互いに笑みを浮かべる。実際プーノンの生産も再開しているので、レンデルさんとは今後も長い付き合いになることだろう。
「ところでトールさん。実はトールさんにお勧めの商品をひとつお持ちしたんですが」
「ん? 何でしょう?」
問う僕にレンデルさんが差し出したのは、小さなガラス瓶に入った……何だろう、薬? そういうものだった。
「これは?」
「いわゆる紳士の嗜みという奴ですな。お若いトールさんにはあまり必要無いかも知れませんが、まあお試しということで」
「はあ……?」
紳士の嗜みと言われても、今ひとつピンとこない。首をかしげる僕を見て、マギィさんがニヤリと笑う。
「あー、それを使うならせめて前日にはそう言っておくれよ? ミャルレントはこれでウチの看板娘だからね。一晩盛りまくった挙げ句に足腰が立たないから休みますなんて当日に言われても困っちまう」
「ふぁっ!? え、あ、そういう!?」
「ギニャー!? ハレンチ! 破廉恥なのニャ!」
「おや、では必要ありませんか?」
「……………………一応もらっておきます」
「トールさん!?」
僕はレンデルさんからもらった精力剤とおぼしきものを、そっと懐にしまい込んだ。いや、いらないよ? いらないと思うけれども、捨てるのは勿体ないし。それにほら、お祝い! お祝いだしね?
「…………使うときはちゃんと最初に教えてくださいね?」
「おうっ!? は、はい。それはもう間違いなく……」
耳元でミャルレントさんに囁かれて、背筋がゾクッとした。凄いな、これが新婚パワーか。友人だったらドン引きされ、恋人でもちょっと怒られたりしそうなのに、新婚だと許される……世界の色が違って見えるとはこのことだろうか?
『ガッハッハ! やはり若い者はいいのぅ!』
と、その時。マギィさんの方からマギィさんではない、でも聞き覚えのある笑い声が聞こえた。
「え? 今の声って……?」
『久しいなトールよ!』
「獣王様!?」
驚く僕の前に、マギィさんが肩にかけるタイプの鞄から水晶玉のようなものを取り出した。するとそこには獣王様の顔が大写しになっている。
「あの、マギィさん? これって……?」
「コイツは冒険者ギルドで保有してる遠距離通信用の魔法道具さ。ガオール陛下には色々と迷惑をかけていてね。そのせいで今もチョコチョコやりとりがあるんだが、その時にアンタの結婚式の話をしたら、陛下も是非見たいと仰ったもんだから、こうしてコイツを持ってきたってわけさね」
『そういうことだ! 素晴らしい式だったぞ!』
「ありがとうございます獣王様。あ、でも、ということは……」
『無論だ』
そう言って唇をめくり上がらせると、獣王様の顔が消えて代わりにふさふさの毛並みの男の子が映る。
「パッピー君!」
『トールさん! ミャルレントさんも、結婚おめでとうですぞー!』
「ありがとうパッピー君。うわぁ、嬉しいなぁ」
ちょっと前に百獣王国に帰ったばっかりだから、招待できなくても仕方ない、でも残念だなぁと思っていただけに、これは本当に嬉しいサプライズだ。
『パッピー君もお二人に会えて嬉しいですぞ! これも全部父上のおかげですぞ!』
「ん? そうなの?」
『うむ。予定では次の通信は一週間ほど後のつもりだったのだが、何となく早めに連絡した方が良い気がしてな。いわゆる虫の知らせという奴だろうが、今回はそれが大いに役立ってくれたわ! 儂の野生の勘もまだまだ捨てたものではないな』
『わふー! 父上は最高ですぞー!』
獣王様の言葉に、僕の頭に真っ赤なツンデレ女神様の姿がちらつく。まさか……でも、もしかして……っ!?
「ぶっふぉっ!?」
「ちょっ!? トールさん、大丈夫ですか!?」
突然噴き出してしまった僕に、ミャルレントさんが声をかけて背中をさすってくれる。
「大丈夫、大丈夫です。ちょっとビックリしただけで……」
「ビックリですか? 何に……あれ?」
その時、空から白いものがチラチラと降ってきた。一瞬サクラの花びらかと思ったけれど、それは手や顔に触れるとスッと溶けてしまう。
「何これ? 花びら……じゃないですよね?」
「季節外れの雪かい? でも、それにしちゃあ……」
「溶けて消えると温かい。我が領地は今日は奇跡の連続だな」
謎の雪が降る直前。一瞬前に空を見上げた僕だけがきっと気づいたんだろう。そこには四角い箱が飛んでいたのだ。しかも五つが平仮名の「く」みたいな形で編隊飛行をして。
うわ、これ絶対シーシャさんが絡んでるじゃん。五つも飛んでたってことは、ユキちゃんとお母さんの他にあと四人精霊さんが来たってことだよね? それって大丈夫なんだろうか? ま、まあ駄目だったら来ないと思うけど……!?
「……来てくれてありがとう」
「トールさん?」
「いえ、何でもありません」
僕の呟きを耳にして、ミャルレントさんが首をかしげる。ああ、いつかミャルレントさんにも紹介できるといいな。まあそんなこと言って、普通に今年の冬に紹介できちゃうかも知れないけど。
僕の耳元で聞こえた「おめでとう」という言葉と綿のような雪のぬくもりに、僕はもう何の姿も見えない空に向かって大きく両手を振っておいた。





