特別な関係
「ないわー。超ないわー」
「ど、どうぞリタさん。回復薬です」
ベッドの上で上半身を起こしているリタさんに、僕はジェイクさんからもらった回復薬を渡す。ガラス瓶に入っている辺り、きっとお高い奴だ。
「苦いわー。苦すぎるわー。今の私の心境くらい苦いわー」
「そんなこと言ったって、回復薬の材料は薬草とかなんだから、苦いのは仕方ないでしょ?」
僕の側に立っていたミャルレントさんがそう言うと、リタさんがチラリとそちらに視線を向けてからわざとらしくため息をつく。
「ないわー。友人とその恋人のために頭のおかしい阿呆に体を張って立ち向かったのに、何故か私のいないところで凄く盛り上がってて、誰もいない病室で一人それを聞かされるとか金輪際ないわー」
「く、果物! 果物お剥きしますねリタさん!」
引きつった笑みを浮かべるミャルレントさんが、籠に入っていた果物を剥き始める。これはファルさんの差し入れらしく、冬という時期を考えるとこれもやっぱりお高いんじゃないだろうか?
「にしても、まさか私の友人……知人……仕事の席が隣の人が、こんなに薄情だとは思わなかったわ」
「前より遠くなってる!? 悪かったわよリタ。リタが怪我してるなんて思わなくて」
「トールさんより優先しろとは言わないけれど、もうちょっとくらいは気にかけてくれてもバチは当たらないんじゃない? 具体的には私が治るまで仕事をやってくれるとか」
「そ、それは……いいわよ。そのくらいなら」
「言ったわね? ふふふ、言質はとったわ。じゃあミャーには私がババァの目を誤魔化しに誤魔化して溜め続けた未決済書類を、私が元気になる前に全部片付けてもらわないと」
「何それ!? それは話が違わない!?」
ミャルレントさんとリタさんが、いつものように仲良く話している。その微笑ましい? 光景を眺めつつ、僕はそっと同室しているジェイクさんの方に寄っていく。
「あの、ジェイクさん? なんであんな深刻な顔をしてたんですか?」
聞きたかったのは、それだ。まるでリタさんが死んじゃったみたいな雰囲気を醸し出されて僕もミャルレントさんも酷い誤解をしてしまったわけだけれど、それなりの大怪我とはいえ命に別状が無いということであればそう言ってくれれば……
「あん? 何言ってんだ。俺達が側についてながら一般人のリタに怪我させたんだぞ? 不甲斐ないにも程があるだろ」
「そうね。リタを守れなかったのは私達の実力が足りなかったからだもの」
「拙者達もまだまだ精進が足りぬでござる」
「あー、そういう……それはまあ、そうかも?」
言われてみれば、確かにそうだ。もし僕が力及ばずミャルレントさんが大怪我をしてしまったりしたら、そりゃあもう見る影も無い程にガチへこみするだろう。そう言う意味ではあのリアクションはおかしくない……のか? 寝てるって言われただけで死んだって言われたわけじゃないし……
「実際の所、リタさんの怪我ってどうなんですか?」
「ああ。見た目はただの打撲なんだが、内臓を酷くやられてたみたいでな。おまけにその場にいた全員が意識を失ってたせいで、治療が遅れたのが痛い。俺の手持ちで一番いい回復薬を出したからもう大丈夫だろうが、いわゆる一般人が受ける治療の類いで誤魔化してたら……もっと深刻な事態になってたかも知れんな」
「うっ…………」
一瞬、息が止まった。今こうしてミャルレントさんとリタさんが楽しそうにじゃれ合ってるのが、本当にギリギリだったのだと改めて思い知ったからだ。ジェイクさんの言葉はミャルレントさんの耳にも届いていたのか、口はともかく機嫌よさげに振られていた尻尾の動きがピタリと止まる。
「……そんなに酷かったんですか?」
「ん? ああ。俺達は何故か全員ほぼ同時に目覚めたんだが、リタだけは意識が戻らなくてな。しかも――」
「駄目よジェイク! 女の子のあんな状態のこと、口にするものじゃないわ」
「お、おう? そうか? まあとにかく見るからにヤバくて、焦ってギルドの中に運び込んで寝かせたんだよ。俺がさっきギルドの外にいたのは、その時についた諸々を洗い落とすためだしな」
ファルさんにたしなめられたことで、ジェイクさんは具体的なことを口にはしなかった。でも、何となく予想はつく。そうまでしてリタさんは僕を、そしてミャルレントさんを守ってくれたのか。
「リタ……っ!」
「何よ暑苦しい」
ミャルレントさんがそっとリタさんに抱きつく。
「ありがとう……貴方が無事で本当に良かった」
「フッ。私があんなのにやられるわけないでしょ? ミャーも無事で良かったわ」
「リタ……良かったよぅ、リタぁ……」
「あー、もう。泣かないの! まったく仕方ないわね」
「リタさん……ありがとうございました。貴方のおかげでミャルレントさんを逃がす時間が取れて、結果としてみんなが無事で済みました」
ミャルレントさんに抱きつかれたままのリタさんに、僕は改めてお礼を言う。
「お役に立てたなら何よりです。と言うことは、お礼を期待しても?」
「ははは。いいですよ。僕に出来ることなら」
ストレートなリタさんの物言いに、僕はむしろ嬉しくなってしまう。一体何をすればリタさんに喜んでもらえるだろう? それを考えるだけで楽しくなる。
「まあでも、そうですね。さしあたってはプーノンの製作を再開しようと思うんで、その辺ですかね」
「出来るんですか!?」
「は、はい。多分大丈夫だと思いますけど」
思った以上の食いつきに、僕は思わず体をのけぞらせてしまう。いや、でも、これだけ求めてくれるなら……
「なら、最初に出来たプーノンはリタさんに進呈します……いや、進呈しよう! 楽しみに待っていてくれ!」
そうだ。『威圧感』が戻ったんだから、やっぱり口調も戻さないといつもの僕とリタさんじゃない。
「何だトール。お前さん結局その変な口調やめてないのか?」
「あら? 私はいいと思いますよ。ぶっちゃけトールさんがその口調で話すのってもう私くらいなのでは?」
「うむ? そうだな……」
言われてみると、この口調で話す相手はもうほとんどいない。子供達はいつの間にか普通に話すようになってたし、残ってるのはレンデルさんくらいだろうか? とは言えレンデルさんは基本商売相手だから、プライベートでこの口調なのはもうリタさんくらいかも知れない。
「私とトールさんだけの特別な口調というのは、なかなか良いと思いませんか?」
「確かに、私達の関係を表す、ひとつの形かも知れないな」
無表情でこちらを見つめるリタさんに、僕はニヤリと笑って返す。そこに男女の思いはなかったとしても、確かな信頼が間違いなく感じられる。
「むぅぅ……」
「何よミャー。ひょっとして妬いてるの?」
「ち、違うわよ!? 違うけど……ヴニャー!」
「まだまだ修行が足りないわねミャー。大丈夫よ、私はちょっと借りるだけだから」
「貸さないニャ! 貸さない……でも、リタなら……うぐぐぐぐ……」
尻尾をカクカクにゆがめながら、ミャルレントさんが頭を抱えて悩み出してしまった。そんな彼女を見ながら、リタさんが僕に言ってくる。
「ということで、これからもよろしくお願いします。主に私の美食のために」
「はっはっは! いいとも。これからも美味しいものを沢山提供しよう。親愛なる友のために」
リタさんの差し出した手を、僕はガッチリ握り返す。
「ほら、いい加減にしなさいミャー」
「リタが! リタが変なこと言うからニャ!」
そうして微笑むリタさんの横顔に、僕はしばしの間見とれていた。





