告白
本日遂に「威圧感◎ 2 戦闘系チート持ちの成り上がらない村人スローライフ」が発売になりました! ほぼ全編書き直して面白さ、読みやすさ、わかりやすさなどを大幅パワーアップしておりますので、是非お手にとっていただけると嬉しいです。
長い、長い時間をかけて僕はミャルレントさんに自分の事を話した。こことは違う世界で生まれて、そして死んだこと。神様に会って生まれ変わったこと。その時に『威圧感』という能力をもらったこと……フラウさん達に関わるこっちの世界の神様とそれに付随する話だけは変わらず秘密にしたけれど、それ以外は全部だ。
その話を、ミャルレントさんは何も言わずに聞き続けてくれた。そうして全てを話し終えた僕に――
「なるほど。トールさんがちょっと変だったのは、そんな理由があったからなんですね」
ミャルレントさんは腕組みをして深く頷きながらそう言った。
「ちょっと変……え? ていうかそれだけですか?」
流石にこの流れで頭ごなしに嘘つき呼ばわりされるとは思わなかったけど、だからといってこんなに気楽な感じに受け入れてもらえるとも思っていなかった。微妙に予想外な反応に驚く僕に、ミャルレントさんが軽く尻尾を振りながら応える。
「はい。出自のわからない人がとんでもない偉業を成し遂げたって話は、世界中にそこそこありますから。冒険者ギルドの内部資料にも見た目は全然強そうじゃないのに登録してすぐに強力な魔物を狩って戻ってきて『あれ、何かやっちゃいました?』とか言う人がいたというのが残ってたりもしますし。
大抵の人には国威を発揚する作り話とか酔っ払ったギルド員の与太話が面白がって記録に残されただけみたいに考えられてましたけど、その中にはトールさんみたいに違う世界からやってきた人がいたのかも知れないですね。あるいは同じ世界の人とかかも?」
「それは……いや、その可能性はありますけど、でもいきなりそれを認めるのは発想が飛躍しすぎでは?」
この世界には意外と転生者の痕跡が残されているので、該当する全てとは言わずともそこそこの数の人間が地球からこっちに来た転生者なんだろうとは僕も思う。でもそれを現地の人であるミャルレントさんがこうも簡単に受け入れてくれるのは、僕としては有り難い反面ちょっと不安にもなる。
「というかですね。そもそも今代の勇者様は聖国が『神の国から招いた』と発表してますし、それがあの金ぴかの人なんですよね? ならそういうことじゃないですか」
「ああ!」
言われて、僕は思わず納得してしまった。『神の国から招いた』なんて言葉をどれだけの人が信じているのかはわからないけど、僕とコーイチさんが同郷であることはミャルレントさんにも話してある。
そのうえで僕が異世界人だと告白すれば自動的に勇者であるコーイチさんも異世界人になり、何処かの国が発表した「違う世界から喚んだ」発言の裏付けになるわけだ。
「それにですね。そもそもトールさんが何処か違う世界の人だったとしても、正直アタシとしてはどうでもいいというか……それこそ海の向こうの国の人ですって言われているのと変わらないです。ひとつだけ気になることはありますけど……」
「何でしょう?」
この際わだかまりは全て解決しておきたい。真剣に問う僕に、ミャルレントさんは顔を背けてヒゲをピシピシ爪で弾きながら言う。
「その……体のつくりが違うって言ってましたけど、アタシとトールさんって……こ、子供は作れるんです、よね……?」
「へ!? あー……えっと……た、多分?」
今こうして言われるまで、そんなこと気にしたことすらなかった。確かに他の世界の人間ともなれば生物学的には全然別の生き物になるだろうから子供なんて出来るはずがない。世界が違えば起源が違うわけで、この世界の人間と僕とでは地球における人と猿よりも遠い存在のはずだ。
いや、でも大丈夫だよね? 何の注意も受けてないし、ちょっと体を鍛えても強くなれないってだけで、同じものを食べたり飲んだりしてるし夜は眠るし酸素を吸って二酸化炭素を吐いてるはずだし、大丈夫なはず……マジで大丈夫だよね? か、神様、マジヘルプ!
「おっ!?」
衝撃の事実に本気で焦った僕の視界の端で、久しぶりに光る三角形が目に入った。そこに意識を向けると懐かしの神様メモが表示され、新たに加筆された部分がわかりやすく光って見える。それによると……あっ、消えた!? 違う、上書き? 画像になった!?
「……大丈夫みたいですね」
「そ、そうですか。それならいいんですけど……」
激しく尻尾を振りながらモジモジするミャルレントさんは可愛いけれど、僕はそれに見とれる前に凄くいい顔でサムズアップしてるフラウさんの画像を必死で閉じようと意識を向ける。うわ、閉じても閉じても倍になって開くとかどんなウィルスだよ……あ、やっと閉じきった。まあ生誕の女神様のお墨付きなら何の問題もないだろう。
「あ、でもトールさんのご両親に挨拶できないのは残念ですね。是非お会いしたかったですけど……」
「そうですね。それは是非とも紹介……いや……紹介したかったですけど」
一瞬脳内にしばらく前に電話したときのハイテンションな母さんの姿が浮かんで躊躇してしまったけれど、それでもやっぱり紹介できるならしたい。
「トールさんのご両親ってどんな人なんですか?」
「どんな!? どんな……父さんは普通のサラリーマン……会社員……大きな商会で働いてる感じで、趣味は釣りだったかな? 川で僕を見失うのは怖いからって一緒には行けなかったけど。あー、でも、今思うと父さんは一緒に行きたかったんだろうなぁ。高校入ってからは家族で出かけるとかは……っと、すいません」
話の途中からミャルレントさんの首が尻尾と一緒に徐々に傾きだしたのを見て、僕は慌てて話を切り上げる。違う世界から来たことは話したけど、時間の関係もあるし日本がどういう所かとかそこでどんな暮らしをしてたとかまでは話してないからね。
「で、母さんは……ミャルガリタさんに似てるかも知れないですね。何かこう、雰囲気とか。ミャルレントさんを紹介したら、絶対僕のアルバム……子供の頃の思い出とかを僕がいないところで話しまくると思いますよ」
「うっ……ママも絶対そうする気がします。アタシがいないところでトールさんに恥ずかしい思い出を……ヴニャー!」
お互いに顔を見合わせ、恥ずかしい過去を勝手に話される想像に身もだえる。うーん、想像するだけで悪夢だ。でも……
「きっと仲良くなれたと思います。僕みたいな厄介な子供を、ずっと愛して育ててくれた人ですから」
「そうですね。是非会ってみたかったです」
ぷるるーん!
「ああ、勿論えっちゃんも紹介するよ。僕がみんなを忘れるわけないじゃない」
ぴょいんとベッドの上に跳び乗ってきたえっちゃんに、僕は上半身を起こしながら返事をする。
「トールさん!? 起きて大丈夫なんですか?」
「ええ。もう平気みたいです」
驚くミャルレントさんに、僕は自分の手を開いたり握ったりしながら応える。特に調子が悪い感じはなく、強いて言うなら今の僕は日本にいた頃の自分と同じだ。『威圧感』という大きな力が抜けたことで力の制御が狂った体が、本来の状態に落ち着いたということだろう。
「……でも、やっぱり言葉は聞こえないんだね」
ぷるるーん……
寂しげに震えるえっちゃんにそっと手を触れる。かつてあれだけ強く感じられた繋がりも、今は何も感じない。改めて突きつけられたその事実に、僕の目から知らずに涙がこぼれ落ちる。
ぷるぷるぷるるーん!
そんな僕の周りに、ミャルレントさんと会話をしていたから遠慮していたであろう他のスライム達も集まってくる。さっちゃん、あーちゃん、でーやん。他にも沢山のスライム達が僕の側に来て体を震わせるけど、誰一人として声が聞こえる子はいない。
「ごめんねえっちゃん。忠告してくれてたのに……僕に力が無かったから……」
ぷるるーん!
「はは。何言ってるかわからないよ。でも……ありがとう……うっ、うっ……」
僕はえっちゃんをギュッと抱きしめ、そのプニプニボディに顔を埋めて声を押し殺して泣く。そんな僕の背中を、ミャルレントさんが優しく撫でてくれた。





