テンプレ能力
本日は書籍版2巻の追加情報を活動報告にてあげさせていただいております。是非ご覧下さい。
「お、お得セット!?」
身も蓋もないその単語に、僕は聞き返さずにはいられない。そんな僕の驚き顔を見て、コーイチさんがさも楽しそうに笑う。
「そうよ! 異世界で生きていくための必須能力から持ってるとちょっと便利な能力まで、個別に取ると結構なポイントのいる力を全部ひとまとめにしてくれてるってわけだ。限られたポイントをやりくりしてウダウダ考えるのも楽しいけど、セットでバリュープライスとか言われたら取らない手は無いだろ!?」
「それは確かに……でも、どんな能力の詰め合わせなんですか?」
「よくぞ聞いた! まずは基本の『異世界言語』だな。これがねーと読み書きができねーし。お前だって持ってるだろ? この手の生活系固有技能は『鑑定』結果から除外してるから見てねーけど」
「ま、まあ一応?」
僕の場合は固有技能としてではなく、神様が直接理解できるようにしてくれているみたいだけど、何か違いがあったりするんだろうか? どっちにしろ最初から会話もできたし文字も書けたので、持っていると思っても間違いでは無いんだろう。
「次は前にも言った『鑑定』だな。海外旅行に行くだけだって金の感覚が良くわかんなくなるのに、異世界ともなれば物の価値がわからないのはキツい。その点これがあれば物だろうが人だろうが全部丸見えだからな。コイツは必須能力だぜ」
得意げに言うコーイチさんに、僕もまた同意して頷く。いわゆる異世界転生系のお話とかだと、『鑑定』はもうひとつと並ぶ万能便利能力だ。もらえるものなら僕も欲しい。野菜の品質とかわかりそうだし。
「そして最後は……こいつだ」
そう言ってニヤリと笑うと、コーイチさんが体の横に手を伸ばした。するとその先に黒いモヤモヤが現れてコーイチさんの手がその中に吸い込まれていく。こ、これはまさか……!?
「フッフッフ。転生チートのお約束にして物流破壊の権化、その名も『異空間収納』だ!」
「おぉぉー! それが!」
モヤモヤから抜き出した手には、真っ赤なリンゴが握られている。それをシャクっと囓りながらドヤ顔を決めるコーイチさんに、僕は思わず賞賛の声をあげた。
「勿論収納数無限、内部の時間停止機能つきだぜ! これ単体で習得しようとするとスッゲー高かったんだけど、何せお得セットだったからな!
あ、ちなみにこれの下に『無限収納』の固有技能もあったぜ。あっちは物理的な箱が出てくるみたいだから、能力隠して人前で使うならそっちの方が便利なのかもな。まあ俺は勇者だから? 隠し事とか必要ないけどな!」
「流石は勇者様ですわ!」
「ん。ご主人様凄い」
「まあな! 俺だからな! ハッハッハー!」
アネッサさん達の賞賛も受けて、ご満悦のコーイチさん。確かに凄い固有技能だ。これがあれば僕だって野菜を大量収納しておけるのに。いいなぁ。
「ま、お得セットはこんな感じだな。これで節約したポイントで戦闘系の固有技能もとってるけど、それは流石に家の中じゃな。見せるなら町の外に出なきゃだが、どうする?」
「あー、いえ。そこまでは流石に悪いですから」
派手な魔法とか強力な武技みたいなのも憧れはするけど、正直そっちに関してはそこまでの興味は湧かない。自分には無縁の力だし、せっかく見せてもらっても「凄い」以外の感想は出てこない気がするからね。
「そっか。じゃ、今度はお前の番だぜ? 一体どんな能力があればそのステータスで二年も生きてられるんだよ?」
「ははは。別に生きるだけなら能力は……」
単に生きて生活するだけなら、固有技能なんて無くても何とかなる。そう言おうとした僕の目に、膝の上で大人しくしているえっちゃんの姿が映った。
「……そうですね。この力があったから僕は生きてこられたんです」
だから僕は言い直す。そうだ、『威圧感』が無かったら、きっと僕は生きていなかった。そもそも最初にゴブリンに殺されていた可能性が……いや、その場合はゴブリンも僕をスルーしていたんだろうか? そうなると誰にも認識されないのを利用して、こっそり薬草とかを集める日々を送っていたんだろうなぁ。
確かにそれでも生きてはいられたのかも知れない。誰とも深い関係をもたず、うっすらと生存するだけの日々。でもきっとそれは本当に生きているだけで、今のような充実した日々は望めなかったと思う。
当たり前になってしまって『威圧感』への感謝を忘れてはいけない。その事を強く胸に刻んでえっちゃんの体をひと撫でする。
「で、どんな能力なんだ? 固有技能の名前は?」
「えっと、僕の固有技能は――」
ぷるるーん!
「わぷっ!? えっちゃん?」
催促されて答えようとした僕の顔に、不意にえっちゃんがプニョーンと体当たりをしてきた。
「どうしたのえっちゃん?」
問うても、えっちゃんは何も答えない。ただ必死に僕にプニョプニョと体を擦り付けてくる。
「おいどうした? こっちの固有技能だけ聞いておいてだんまりは、流石に感じ悪いぜ?」
「そうですわ! 失礼にもほどがありますわよ!」
「……………………」
軽く顔をしかめるコーイチさんと、露骨に責めてくるアネッサさん。ミャテルナさんは無言でじっとこちらを見てくるだけだけれど、どっちにしろ猛烈に居心地が悪い。
「えっと……」
この流れで何も答えないのが駄目なのは僕にでもわかる。でもえっちゃんがあえて無言でこんなことをするなら、そこには絶対に何らかの理由があるはずだ。固有技能の名前を言ったら駄目? 何でだ? でも……
「おい、トール?」
「あ、はい! 僕の固有技能はその……『威圧』です」
結局僕は、ほんの少しだけ誤魔化してみることにした。そこに意味があるのかはわからないけれど、今できるささやかな抵抗だ。
「威圧? ああ、そういや最初に会った時にアネッサが偉くビビってたもんな。なるほど威圧か……じゃあスライムをテイムしてるのも威圧して屈服させたとか、そんな感じなのか?」
「そうですね。威圧したうえで力を見せて、それで認めてもらったというか」
「そうか。確かに辻褄は合う、か……」
「あの、コーイチさん?」
僕の言葉に、コーイチさんが何かを考え込むように黙ってしまう。さっきまでと何が変わったわけでも無いのにどうしようもなく湧き上がってくる不安な気持ちに、僕は彼の名前を呼んでみる。
「あー、悪かったな突然考え込んじまって。なあ、その『威圧』って固有技能、俺に使ってもらうことはできるか?」
「できますけど……でも、多分効果が無いですよ? 自分より強い相手にはほとんど意味が無い固有技能ですから」
「そうなのか? そんでもいいや。威圧って言われてもイメージがわかなくってよ。どんな感じなのかなって」
「……わかりました。じゃ、いきます」
お腹の奥に溜まる重い感じがドンドン強くなっていく。今は膝の上で大人しくなったえっちゃんのぬくもりが、無謀な行動を……あからさまに逆らうような態度を許さない。
「おお、こんな感じなのか」
僕の『収束威圧』を受けて、コーイチさんが楽しそうに言う。威圧されてる人の態度ではないけど、僕と「勇者」とまで呼ばれるコーイチさんの実力差を考えればこんなものだろう。
「サンキュー。もういいぜ」
「はい。あの、じゃあこれで……」
「まあ待てって。せっかく固有技能を見せてくれたんだ。俺の方ももう一つとっておきのを見せてやるぜ」
どうしようもない不安感に早く帰って欲しいと思う僕の気持ちを見透かしたかのように、そう言ってコーイチさんが薄く笑う。そのまま右手を僕の方に突き出すと、ぼそりと呟くようにその言葉を口にした。
「『能力強奪』発動。選択強奪 『威圧』スキル」





