調査報告(後編)
今回は引き続きミャルレント視点です。ご注意下さい。
冒険者トールの人柄。それこそがギルドが欲していた一番の情報だった。普通ならギルドに登録していれば冒険者として活動するんだから、その過程でギルドとの関わりが生まれ、どんな相手かは自然にわかる。
でも、トールさんに関してはそれが無い。彼は冒険者として登録していながら、冒険者らしい仕事をほとんど何もしていないのだ。他の冒険者ともほとんど交流が無いし、あっても野菜のお裾分けくらいで、二言三言言葉を交わす程度。受付嬢という立場から他の人に比べて断トツに会話の機会の多いアタシですら、まともに雑談をする機会を得られたのは彼の家にお食事の招待をされたときくらいで、それだけで人柄を知れと言うのは流石に無理な注文だった。というか、アタシがトールさんに好意的だということで、アタシの情報は参考程度にしかならないとか言われちゃったし……まあ、否定はできないけどニャ。
それでも、彼が普通の人であればそこまで問題視されることは無かっただろう。でも、彼は色々と特別だ。初対面の相手を圧倒出来るほどの気配を無差別に振りまき、その口調も何だか威圧的なものを感じる。なのに態度そのものはむしろ控えめで、周囲に対して気配りをしてくれるしこちらがお願いをするとちゃんと都合を付けて聞いてくれたりもする。
勿論、そこだけ見れば「強そうな感じがするだけの普通の人」になるけど、彼はそれだけに留まらない。例えば領主であるハイアット家に頻繁に出入りする姿は「野菜を卸す農夫」というだけでは絶対にあり得ない待遇だ。普通の農夫なら屋敷から使用人が出向いて商品を買い付けるだけで、作っている本人が数日ごとに貴族家に通うなんてことはしない。つまりトールさん本人が行かなければできないことを毎回何か頼まれているということで、それは貴族家との強い繋がりをうかがわせる。
それに、商業ギルドのギルドマスターとの関係性もある。レンデルさんは利に聡い商人であり、また多忙の人でもある。そんな人がトールさんが出向くと必ず自分で応対するとなれば、間違いなくトールさんのことを重要視している証拠になる。
トールさんがこの町に来たとき、真っ先に登録したのが冒険者ギルドだ。なのに冒険者ギルドこそがトールさんから一番遠い位置にいる。利益的にも危機管理的にも、それはどうしても避けたいことなのだ。
だからこその、今回の依頼。初対面のジェイクさんによる、先入観やひいき目のない客観的な評価をギルドは求めたのだ。
「トールの人柄についてだが……一言で言うなら、変な奴だな」
「へ、変な奴、ですか?」
良いとか悪いとかじゃなく、変な奴という予想外の評価に、アタシは思わず間抜けな声で聞き返してしまう。
「ああ。まあ善良な人間であるのは間違いないだろう。会話の所々に『ガキ』とか『冒険ごっこ』みたいな挑発を混ぜてみたが、奴は一度も怒らなかった。ガキと言われて怒らない程度には大人で、ごっこと言われて憤らない程度には自分の実力をしっかり把握出来てる。それでいて卑屈に自分を貶めたり他人を嫉んだりもしていない。育ちがいいのかヌケた性格なのか……どっちにしろよっぽどのことが無きゃここから悪人には落ちないだろうな」
その評価に、アタシは大いに納得した。アタシのとってのトールさんは、強そうだけど優しくて、ちょっとうっかりしたところとかもあって、意外と押しに弱かったりアタシの顔を見て嬉しそうにしてくれたり、一緒にいてお話しすると楽しい……そういう感じの人だ。トールさんが悪いことをする姿は、ちょっと想像出来ない。それでも無理に想像するなら……トールさんがギルドにやってきて「私は悪人だ。さあギルドの金と美女を差し出せ!」と言うとか? 最近買ったらしい黒いマントをファサッとやって、頭にはえっちゃんがプルプルしてて……で、ギルドのお金を手に入れたらあまりに大金でワタワタしたり、腕の中に捕まえられたアタシがペロッとほっぺを一舐めしたら、顔を真っ赤にして必死に目をそらしたり……ああ駄目だ。全然悪い人っぽく無い。あ、でも、もし美女の部分でリタを選ばれたりしたら? ……ああ、その時はアタシの方が悪人になりそうな気がする。きっと躊躇うこと無く爪を出した肉球パンチで……
「おーい? ミャルレント? 百面相してるところ悪いが、続けてもいいか?」
「はっ!? あっ、はい。ごめんなさいニャ。大丈夫です、続けてください……」
思わず妄想に耽ってしまったアタシを、ジェイクさんが呆れた顔で見ている。その恥ずかしさにアタシの尻尾がへにょっとしちゃった。今はお仕事中。しっかり話を聞かなくちゃ。
「えーと、何処まで話したか? あーそうだ。で、帰りにトールの奴と少しばかり剣の稽古をつけてやったんだよ。当然アイツはボロボロだ。あえて厳しめにしてやる必要すら無いくらい弱かったからな。で、その状態になった奴に俺は聞いたんだ。『強くなりたいか?』ってな。そしたらアイツ、何て答えたと思う? 『とりあえず今はいいや』なんて答えやがったんだよ!」
「そうなんですか?」
今ひとつピンとこない答え頭を捻るアタシに、ジェイクさんは心底楽しそうに言葉を続ける。
「そうなんだよ。で、その理由を聞いたら、こいつが傑作だった! 奴は、トールの奴はこう言ったんだ!
『ジェイクさんは凄く強いですよね? 他の冒険者の人も、きっと強い人が沢山いると思うんです。でも、戦う意思を持ちつつ弱いままの人って、きっと僕くらいしかいないと思うんです。そう言う人達って強くなるか、死ぬもしくは諦めて引退するかのどっちかになっちゃうでしょうし。
だから、僕は弱いままの目線でいたいと思ったんです。強く大きくなったら見えなくなってしまうような、小さいけれど大切なものを見逃さないように。ジェイクさん達の大きな手ではすり抜けてしまうような些細なことを、僕が掬い上げられるように』
なんだそりゃ! 強くなりゃ出来ることが増える。金を稼ぐのは勿論、どっかに士官するなりで出世も望めるし、何より自分で選べる自由の幅が変わる。なのに奴は言いやがったんだよ! 俺たちみたいなでっかいバケツがあれば、自分は小さな木匙で居続けても安心だってな! 上から見下ろすんでも下から見上げるんでもなく、自分が一番下で横を見るためには今の強さが丁度いいと言いやがった! まったく笑っちまうぜ! こんな発想を堂々と宣言した奴は、トールが初めてだ!」
満面の笑みでジェイクさんが喋ってるけど、正直アタシには良くわからない。トールさんが強くなることに積極的じゃないってことがわかったくらいだ。冒険者としてはあまり褒められた選択じゃないけど、普通の町の人として考えるならごく普通の考え方だ。だから思わず指先でおヒゲをクルクル丸めちゃったけど、そんなアタシにジェイクさんは呆れたような顔をする。その顔をしたいのはアタシの方だけど、受付嬢は笑顔が基本。基本はとても大事なのだ。
「はぁ。まあ女にゃわかんねーよな。まあ男としちゃ最低だが最高の決断をしたってことだ。アイツの人格には何の問題も無い。俺が保証してやるよ。もしこれで全部が演技だったとかなら……そんときゃ俺が責任を果たす。上にはそう伝えとけ」
そう言って、ジェイクさんはアタシから白紙の報告書を受け取り、そのままギルドを後にした。残されたアタシは何とも言えないモヤモヤを抱えておヒゲをピシピシはじいてみたけど、わからないものは結局わからない。まあでもジェイクさんがあれだけ気に入ったと言うんだから、この依頼はトールさんが良い人だってわかってもらう手助けになったんだろうか? なってたらいいな。最近はスライムを通じてトールさんと直に触れ合う人も増えたし、このまま沢山の人にトールさんは怖いだけの人じゃないんだって理解してもらえたら、アタシもとっても嬉しい気持ちになれる。
「……それって神に至る嫁バトルにライバルが増えるってことじゃない?」
「ニャニャッ!?」
相変わらずアタシの心を読んでいるとしか思えないリタからの予想外なツッコミに、アタシは思わず声をあげてしまう。確かにトールさんの良さに気づく女性が増えれば、それはライバルと呼べるかも知れない。いや、でも、そもそもアタシは別にトールさんとそう言う関係でも何でも無いし、トールさんの方だってアタシの事をどう思ってるかとかわからないし、料理の出来がまだまだでアタシからお返しのお誘いも未だできてないし、それにそれに……
「……はぁ。ミャーの春はまだ遠そうね」
ぷりゅーん
隣から二人分のため息が聞こえた気がしたけど、それはあくまで気のせい。気のせいなのニャ。でもでも……リタに貰った紐みたいな下着は、もう一回洗濯して準備だけはしておこうかニャ。





