がんばるお父さん
そんなことをしている間にも、来客は次々とやってくる。次にやってきたのは――
「おーい、トール!」
「あ、ガラルドさん! いらっしゃ……い!?」
呼ばれてそちらを振り向いて、僕は思わず動きを止める。そこにいたのは大きな鹿っぽい獲物を二頭、それぞれの肩に載せたガラルドさんだったからだ。
「ちょっ、大丈夫ですか?」
「ハァ!? 何言って……やがる。この程度……余裕に決まってんだろ!」
その言葉とは裏腹に、ガラルドさんの足は小刻みに震えている。いくらファンタジー世界とは言え、流石にあれは過積載だろう。
「そうだぞトール! 父ちゃんは凄ぇから、このくらい余裕なんだぜ!」
「父ちゃん、凄い」
その足下には、ガラルドさんを尊敬のまなざしで見つめるファルス君とミャリアちゃんの姿がある。
「ほぅ。そいつは頑張らないとだな大将。まあどうしてもって言うなら手を貸すが?」
「へっ! 馬鹿言うんじゃ……ねぇ! 冒険者風情の手なんざ……必要ねぇよ!」
「うおー! 流石父ちゃん! 凄すぎるぜ!」
「頑張って、父ちゃん!」
「任せろファリスにミャリア! お前らの応援があれば、父ちゃんは百人力だぜ! うぉぉぉぉ!」
雄叫びをあげたガラルドさんが、最後の力を振り絞るようにドスドスとこちらに駆けてくる。そのまま一直線にミランダさんのところまで言って、その眼前にドスンと獲物を降ろした。
「ふぅ、ふぅ、ふぅー……よっし! トール、約束の獲物は確かに届けたぜ?」
「はい! 流石ガラルドさん、凄いです!」
「そうだろそうだろ? ガーッハッハッハッハ!」
「まったくこの人は……すいません騒がしくて」
冬だというのに滝のように流れる汗を拭い高笑いするガラルドさんに遅れて、ミャルトルテさんがこちらにやってきた。その顔は呆れて見えるけど、その目の奥にはしっかりと愛情が感じられる。
「んっふ! これはいい肉ねぇ。うーん、ワタシの腕がなっちゃうわ! 血抜きとかの下処理はしっかりしてあるみたいだし、早速捌いちゃいましょ! フンッ!」
そんなガラルドさんが苦労して持ってきた獲物を、ミランダさんが軽々と片手で持ち上げ調理台の上にあげる。家からずっと担いできたガラルドさんと特に重い物を持ったりしたわけでもないミランダさんという違いはあるけれども……何というか、むごい。
「うぉぉ!? このおっちゃん凄ぇ!」
「ふにゃー。父ちゃんより凄い?」
「んっふ! そんなことないわよぉ。ワタシはただの料理人だもの。森で実際にこれを仕留めてここまで持ってきてきてくれたお父さんの方が、ワタシなんかより何倍も凄いわよ?」
「そうなのか! やっぱり父ちゃんはスゲーぜ!」
「うん。父ちゃん凄い」
「はっ? は、ハハハ! そうだろ? 父ちゃんは凄いんだぞ!」
微妙に引きつった笑顔のガラルドさんの周囲を、ファルス君とミャリアちゃんがクルクルと駆け回る。その横で小さく頭を下げるミャルトルテさんに、ミランダさんはバチンとウィンクを返した。
「うぅむ、何という気配り……拙者も見習いたいでござる」
「ああ、まあ頑張れ。あと手を動かせ」
その様子に感心しているイチタカさんと、それをスルーしてもう一匹の鹿っぽい獲物の皮を剥ぎ始めるジェイクさん。料理はともかく解体は冒険者の領分らしく、その手際は見事なものだ。
「って、見てないで僕もやらないと。よーしみんな! ガンガン収穫していくよ!」
ぷるぷるぷるるーん!
僕の呼びかけに畑スライムのみんなが震え、一斉に白菜の生えた場所へと散っていく。できるだけ採りたて新鮮を提供したかったのと、いつにも増して促成栽培だったためギリギリまで成長させたかったということもあり、白菜は未だ収穫せずにおいたからね。
「うん、いい出来だ。じゃ、僕は葉っぱを剥いて洗っていくから、えっちゃん達はそれが入ったボウルをミランダさんのところに持って行ってくれる?」
ぷるるーん!
早速採ってきてくれた白菜の出来を確認してから、僕はそう指示を出して後は一心不乱に白菜を剥いていく。
「トール! 俺達も手伝うぜ!」
「ミャリアもお手伝いする!」
「お、ありがとう二人とも。じゃ、ちょっと見てて。ここを持ってこうやって……みんなで食べる物だから丁寧にね。あ、作業前にここで手を洗ってね」
「おう、任せろトール!」
「ミャリア頑張る!」
ご機嫌に尻尾を振る二人を笑顔で見ながら、三人で作業を続ける。するとまたも僕を呼ぶ声が聞こえた。ここの作業を二人に任せて庭の方に行けば、今度は犬人族の人達がやってきていた。
「おはようございます穴神……いえ、トールさん」
「トッピーさん。おはようございます」
思わず苦笑する僕の前では、キノコや山菜類が山盛りになった籠を抱えたトッピーさんが尻尾を振りながら立っている。その隣にはマッピーさんとミッピーさんの姿もあり、少し後ろには集落でちらっと見かけたくらいの人達が三人立っている。
「おはようございます神……じゃなくてトールさん!」
「自分たちは鬼……じゃなくてトッピーさんの試練をくぐり抜けた者です!」
「鍋パーティの彩りとなるよう森の幸を持参しましたので、是非お納め下さい!」
その三人もまた山菜が山盛りの籠を抱えており、その表情には幾分か緊張が見える。うーん、やっぱりちらっと会っただけの人だと、どうしても『威圧感』の効果が出てしまうんだろうか? パーティを楽しむ間に慣れてくれればいいんだけど。
「ありがとうございます。美味しいものを沢山用意しますので、是非ゆっくり楽しんでいって下さい」
「あの、そのことなんですがトールさん。ちょっとご相談があるんですが……」
「はい、何でしょう?」
妙にソワソワした様子のトッピーさんに、僕は首をかしげて問う。
「その、このような素晴らしいパーティでお腹いっぱい飲み食いしたらですね。その後ちょっとした運動などもしたくなると思うんですよ。その際にその、ちょっとだけ! ほんのちょっとだけご協力いただけたらと……」
見れば、トッピーさんの他に背後の三人もソワソワと尻尾を揺らしている。なるほどなるほど。つまりそっちが本命なわけか……いや、鍋パーティも楽しみにしてくれてるとは思うけど。
「申し訳ありませんトールさん。普段はとても良い人なんですけど、穴に関してだけはいつもこうで……」
「穴掘り楽しいよ?」
心底申し訳なさそうに尻尾を垂れ下がらせるマッピーさんと、そんなお母さんを不思議そうに見上げるミッピーちゃん。何処の家も何だか大変そうだなぁと思いつつも、僕の答えは当然決まっている。
「気にしないで下さい。参加してくださった皆さんが楽しく過ごせるようにするのがお招きした僕の役目ですからね。食後になりますけど、パッピー君や王妃様が穴を掘った場所を軽く整備しますから、そこを掘っていってください」
「いいんですか!?」
「やった!」
「マジか!? あの伝説の穴堀場を!?」
「勝ったッ! 第三部完!」
僕の言葉に、トッピーさん達全員が大喜び……一人良くわからない喜び方をしてるけど……して、その短い尻尾を高速でブンブン振り回す。ここまで喜ばれたら僕としても多少の手間はなんてことはない。
「よしお前達! 穴神様のお恵みに感謝しつつ、それに報いるよう力の限りパーティのお手伝いをするのだ!」
「わかりましたトッピーさん!」
気合いの入ったトッピーさん達が各所へ散っておのおの手伝いをし始める。
「すいません。本当にすいませんあんなので……」
「いえいえ。楽しくていいと思いますよ?」
変わらず申し訳なさそうな顔なのに尻尾の方はちぎれんばかりに振っているマッピーさんに、僕は思わず笑みをこぼしながらそう答えた。





