3日分は伊達じゃない
「薬草薬草っと……お、これかな?」
町の門で首輪を返却して、僕は教えられた場所で薬草を採取していた。え、ゴブリン? いやいや、聞き間違いですよ。初心者が最初にやるのは、薬草採取と相場が決まってますよ。
うん。ゴブリンは無理。「倒せる」とは思うけど、「殺せる」気がこれっぽっちもしない。ましてや死体から耳を切り取るとか、想像するだけで酸っぱい物がこみ上げてきそうになる。やっぱり人間、平和が一番だよ。誰かを傷つけるより、誰かを癒やすことにこそ僕の力を振るいたい……うん、わかってるからいいんだよ。気分の問題だよ。
取り過ぎないように気をつけながら、僕は薬草採取を続けていく。特に注意は受けなかったから、ひょっとしたらファンタジー的な何かで根こそぎとっても生えてくる可能性はあるけど、魔物が倒せない僕としては、今後のメイン収入源になりそうな薬草採取が出来なくなるのは致命的なので、十分に気を配る。ふっふっふ、この一房の薬草が、明日の薬草長者への道に繋がっているのさ……
2ヶ所での薬草採取を終え、軽く日が傾いてくる。今の手持ちでも町の入場料と冒険者ギルドの登録料くらいは何とかなるが、それだと宿屋に泊まるどころか、食事を取ることができない。水だけは門番の人にのませて貰った(泣きそうな顔で水袋ごとくれると言われたので、そこは丁重に断った)ので大丈夫だが、流石にお腹も空いてきた。もう1ヶ所回って、夕食分の小銭くらいは確保しておきたい。少し早足で歩いて、目的の場所までもう少しというところで……僕は、見覚えのある葉っぱを見つけた。
そう、見覚えがあるのだ。こんな剣と魔法のファンタジー世界なのに、前の世界で見覚えのある葉っぱ。もの凄く興味が惹かれて、見慣れていたから警戒することも忘れて、僕はそれを、力任せに引っこ抜く。
「ギャピー!」
「ふぁっ!?」
大根だ。大根の葉っぱだった。そして抜けたものも大根だった。正確には、面白い形の野菜特集にありがちな、二股の足みたいな形になった大根だ。それが、引き抜いた瞬間叫び声をあげ、バタバタと足を動かしたのだ。
思わず声を上げて放り出してしまったそれは、着地? 地点の辺りをチョコマカとかなりのスピードで走り回り、およそ10秒後。
「ギャピィィィィー!」
奇声と共に、大根ボディがはじけ飛んだ。5メートルほど離れていたので特に何の影響も無い。無いが……なんだこりゃ?
「ああ、それはダンシングラディッシュですね」
その後、とりあえず爆発大根は無視して薬草を集めてから、日が落ちる前に町へと戻った。どうやら日没と共に閉門するとのことで、結構ギリギリだったらしい。また泣きそうな兵士から……もう1人の人と代わればいいのに……首輪をつけられ、冒険者ギルドで薬草の納品をしたのち、ミャルレントさんとの心弾む雑談で話題に出したら、そんな答えが返ってきた。
「引き抜くと声を上げて暴れ出すので、爆発する前に捕まえて、股の部分から真っ二つにするんです。お肉と一緒に煮ると、味がしみて美味しいんですよ」
笑顔で教えてくれるミャルレントさんの言葉に、爆発する大根は果たして魔物なのか野菜なのかという疑問が浮かぶ。もしあれが魔物枠だったら、あれを倒しても魂の力は得られるんだろうか? そうなら凄くありがたい。流石の僕でも、走り回る大根をぶった切るのには、何の罪悪感も湧かない。
「ちなみに、ギルドに持ち込んでくだされば、1本につき銅貨5枚で買い取りますよ」
「何!? そんなに高額なのか!?」
驚いて、思わず声をあげてしまう。だって、銅貨5枚だ。あれを1本引っこ抜いてくるだけで、町にも入れるし登録もできるし、夕食だって食べられるのだ。
「素早く動き回るうえに短時間で爆発しちゃいますから、採取難度は高いんです。とはいえ、所詮は野菜なので、あれを確実に採取できるほどの腕の冒険者にとっては、大した額でもなくて……それなりに腕の立つ冒険者が、町への帰り際に見つけたら狩る、くらいなんで、そのお値段なんです」
言われて、僕は納得する。確かに、奴は速かった。爆発自体は強めに突き飛ばされた程度の衝撃らしく、変な転び方でもしなければ問題ないと言うけど、あの速さは驚異だ。10秒以内に捕まえられる気がしない。
とはいえ、命の危険がほぼ無いのだから、試してみる価値はある。なにせ銅貨5枚だ。魔物と一切戦わずに行える採取の報酬としては、上限に近いらしいのだ。
僕はミャルレントさんにお礼を言うと、紹介して貰った宿屋に泊まり、翌日は朝から爆発大根狩りに出かけた。門で首輪を返しつつ本登録を済ませた冒険者ギルドの登録証を見せたら、「これでもう怯えながら首輪をつけ外ししなくてすむ!」と、泣きながらお礼を言われた。大根で一儲けできたら、彼には何かお礼をしたいと思うけど……『威圧感』のせいで近づくだけで怯えるなら、関わらないことこそが一番のお礼になる気がする。
……そう言えば、ミャルレントさんは怖がってる感じがしなかったな? やっぱり受付嬢ともなると、強面の冒険者と直接対決とかするから、気合いが違うのかな? 僕としては、普通に笑顔で対応してくれるだけで大喜びだ。その上プニプニでモフモフなんだから、彼女は女神だ。同じヒゲでも格が違う。
ミャルレントさんの艶のあるヒゲを思い浮かべて、ご機嫌なステップで昨日大根を見つけた場所へと向かえば、そこには当然のように、見慣れた葉っぱが大量に生えている。雑食であるゴブリンですら、爆発する野菜を積極的には食べないのだろう。囓られたりしているものもなく、青々とした立派な葉っぱが、所狭しと並んでいる。
僕はさっそく採取を開始すべく、まずはミャルレントさんに教えて貰った「ダンシングラディッシュ採取三箇条」を思い出した。曰く、
・周囲の土を掘ったりすると爆発する。一気に引き抜くべし。
・ヘタを持ったまま暴れて、ヘタがちぎれると爆発する。一旦離すべし。
・両断した際のヘタの大きさが、全体の4割以下になると爆発する。綺麗に両断すべし。
要は、一気に引き抜き、一旦離して走り回らせ、素早く捕らえて真っ直ぐ切る……あれ、これ大分難易度高いな? というか、よく考えるとこれ一人でやる作業じゃないよね? おそらく数人のパーティで、役割分担してやる奴だよね? 存在感がありすぎてもなさ過ぎてもボッチな僕では厳しいよね?
……何か泣きたくなってきた……
ええい、落ち込んでても仕方が無い。気合いを入れ直して、僕は足下の大根を引き抜く。叫んで暴れるのがわかっていたから、今度は冷静に足下に落として……
「あれ? 暴れない?」
足下に落ちた爆発大根が、小さくなって震えている。つい最近の、見覚えのある光景。これはつまり……
「え、野菜に『威圧感』が効くのか!?」
驚き戸惑う僕の足下で、制限時間が過ぎた大根が破裂し、近距離でもろに衝撃を食らった僕は、思わず尻餅をついてしまう。が、今はそれどころではない。
野菜に『威圧感』が効く? いや、『威圧感』が効くなら、やっぱり魔物なのか? 謎過ぎるだろ爆発大根……
まあとにかく、効くとわかったなら躊躇うことは無い。じっくりと威圧をしてから引き抜き、素早く手を離して足下に落とす。まるで怯えるようにブルブルと震える大根……いや、ごめん。ピクピク痙攣してるキモい野菜にしか見えない。流石にこれには罪悪感を感じる余地が無い。
手にした『威圧の剣』ですぱっと切る。十分に威圧されているからか、何の手応えも感じないレベルで、大根が真っ二つになる。
……え、これでもう銅貨5枚か? こんな簡単に稼げるとか、人生イージーモードすぎるだろ。流石は神様のおやつ3日分。ミャルレントさんのヒゲ仲間は伊達じゃ無いぜ!