参加者募集 その三
普通、貴族の家……ましてや領主の家ともなれば、突然訪ねたりできるものではない。しかも会う対象が領主の一人娘や次期領主候補ともなれば、アポイントを取るだけでもしかるべき筋を通さなければならなかったりする。
が、僕達の場合は別だ。すっかり顔なじみになった門番の人に用件を伝え、家から出てきた執事さんに鍋パーティの話をすれば、そのまますんなりと応接室まで通された。香りのいい紅茶と焼き菓子を摘まんでいると、程なくして部屋の扉が開き、フルールさんとグリンさんがこちらにやってくる。
「どうも。こんにちはですフルール様、グリン様」
「こんにちはトール様」
「うむ。良く来たなトールよ」
立ち上がって挨拶をする僕に二人が笑って応え、そのまま全員で席に着く。二人が一口お茶を飲むのを待ってから、僕は改めて口を開いた。
「突然お邪魔して申し訳ありません。お二人の都合は大丈夫でしたか?」
「ええ。私は特に何かをしているわけでもありませんから。トール様でしたらいつでも大歓迎ですわ」
「私の方は色々と仕事もあるが、それでもお前の話を聞けぬ程では無い。何よりお前が持ってくるのは、大抵面白い話だからな。今回もそうなのであろう?」
「はは。ご期待に添えるかはわかりませんが、実は――」
ここでも僕は、二人に改めて鍋パーティの説明をする。もう何度もしているので実に手慣れたものだ。
「まあまあ! それは凄く楽しそうですわ!」
「ふむ。貴族家が開く茶会のようなものを平民のお前がやろうという訳か。何とも大胆な発想だな」
「……何か問題がありました?」
言われてみれば、この世界ではホームパーティ的なものをやったという話は聞いたことが無い。それこそ以前に僕がミランダさんのお店で開いたパーティ以外には皆無だ。あれ、これ何か理由があってやらないってことになってるんだろうか?
「知人が数人集まる程度なら何の問題も無い。だがあまり規模が大きくなるといい顔をしない者もいるな。貴族というのは平民が大量に集まっていたりすると、何か良からぬ事を企んでいるのではないかと勘ぐるものなのだ」
「そうなのですか? 以前にトール様の快気祝いでお店を貸し切った時には特に何も言われませんでしたが……」
「それはフルール嬢が参加なされていたからでしょう。一人でも貴族が参加していれば……ましてやそれが領主の娘ともなれば、その集団に文句を付けるような輩はおりますまい」
「と言うことは……?」
「うむ。私やフルール嬢が参加を表明すれば、何の問題も無いということだ。まあそうでなくても私かリチャード殿が許可を出せば問題は無いが、そんな楽しそうな催しに参加しない手も無いからな」
「おお! ありがとうございますグリン様」
「ありがとうございます、グリン様」
僕の方は普通にお礼を言っただけだけど、フルールさんはグリンさんの手に自分の手を重ねながらお礼を言った。その行動にグリンさんが嬉しそうに恥ずかしそうに笑う。
「はっ、ハハッ! この程度のこと造作もない! このグリン・ローズウッドに任せていただければ、フルール嬢が快適に楽しんでいただけるよう万事状況を整えてみせますぞ!
おいトールよ! もっと計画の詳細を話すのだ!」
「ふふ。はい。主役になる白菜は僕の畑で十分な数が用意出来ると思います。肉の方も、ガラルドさん……知り合いの狩人の方が調達してくれる予定です。他には犬人族の人達がキノコを、ジェイクさん達冒険者の方がチーズを、ミランダさんがその他の細々した材料や調味料なんかを持ち寄ってくれることになっています」
当初はガラルドさんの肉をあてにしたくらいでその他は全部自分で用意しようかとも思ったけど、参加するだけじゃなく色々持ち寄った方が気兼ねなく料理が食べられるという意見もあって、今はこんな感じになっている。最悪誰も何も持ってこなかったとしても肉はお金を出せば買えるので、ミルフィーユ鍋だけは作れるからね。
「ふむ。食材そのものは十分にあるわけか。ちなみに何人くらい参加する予定なのだ?」
「えっと……おぉぉ?」
改めて頭の中で数えてみると、結構人数が多い気がする。ジェイクさん達、リタさん、ミャルレントさん一家で既に余裕で二桁だし、犬人族の人達とか子供達にミランダさん、リリンやアンジーの教会組に、さらにフルールさん達が増えるとなると……
「さ、三〇人くらいですかね?」
「それはそれは、賑やかになりそうですわ!」
無邪気にはしゃぐフルールさんとは裏腹に、僕の額には嫌な汗が一筋流れる。あれ? もっと小規模な集まりを想像していたはずなんだけど……これ、いけるか?
「で、その人数の料理をお前とミランダとかいう料理人の二人でまかなうわけか。本当に大丈夫か? というか、お前の家にそんな数の料理を作る設備があるのか?」
「ああっ!?」
言われて、更に衝撃を受ける。そうだよ。どうやってそんなに料理を作ろう?
僕の家の調理場は、当然の如く僕一人が生活するのに必要十分の設備でしかない。数人分ならともかく、三〇人もの人をもてなす量の料理を一度に作るのはどう考えても無理だ。
じゃあ事前に作っておくかと言われると、それも違う。鍋は目の前で熱々に煮えていくのが楽しいわけだしね。食器類はミランダさんから借りる算段が付いているので、寒い野外で鍋の熱に当たりながらみんなで雑談をして完成を待ち、出来上がった多種多様な鍋を思い思いにつついていく感じを想定していたけど、その火種に関しては完全に失念していた。
ど、どうしよう? たき火? 現実的にはそうなるけど、スライム達は火に弱い。せっかくみんなで集まるのにえっちゃん達だけ参加できないというのはあまりに可哀想だ。でもどうすれば……
「フッフッフ。どうやら困っているようだなトールよ」
「その含み笑い……まさかグリン様、良い解決策が!?」
「無論だ! このグリン・ローズウッドに妙案があるぞ!」
わざわざ席から立ち上がって胸を張るグリンさんの姿が、何だかとても頼もしい。
「流石グリン様ですわ! それで、具体的にはどうなされるのですか?」
「うむ。ちょうど祭りが終わったところだからな。今の商業ギルドになら屋台のために貸し出した簡易火釜が大量にあるはずだ。あれなら防火対策は万全であろうからスライム達にも影響は最小限になるであろうし、数も十分にあるはずだ」
「おおおぉぉ!!! 凄い! 流石グリン様です!」
「素晴らしい思いつきですわ!」
「ハッハッハ! そうであろうそうであろう! このグリン・ローズウッドにかかれば、この程度の問題など即座に解決できるのだ! ハーッハッハッハッハ!」
もの凄く上機嫌で笑い続けるグリンさんを前に、フルールさんが一瞬だけこちらに目配せをしてにこりと笑った。あ、これひょっとして僕がわざとミスをして、グリンさんを持ち上げていると思われたりしたんだろうか?
そんな意図は全くないし、むしろグリンさんの機転に本気で助かったんだけど、ことさらにそれを強調して場の空気を壊すこともないだろう。結局そのままいい調子になったグリンさんが色々と提案してくれて、ハイアット家からも食材の提供や以前お世話になった料理人さんを派遣してくれるという話で落ち着いた。
「いいんですか? こんなに色々していただいて」
「構わん。こう言っては何だが、火釜の貸出料など私の私費でまかなえる程度のはした金だ。食材や料理人の提供に関しては、毒味という側面もあるからな」
「ああ、そういうのもありましたね」
「今更お前が私達に害を為すとは思えないが、それはそれだからな。まあそういう手間を取らせることもあるため、こちらからも相応の利を提供しただけの話だ。気にせず受け取れ」
「はい。このご恩は、最高に美味しい鍋と楽しい一時を提供することでお返しさせていただきます」
「ハッハ! そうでなくてはな! 期待しているぞトールよ!」
「くーちゃん達と一緒に楽しみにしておりますね」
そんな風に笑顔で言われて、僕はハイアット家を後にした。よし、これで大体誘うべき人は全部誘ったよね? 他には……うん、誰もいないな。もし思い出したら、その時は改めて誘えばいいだろう。
そうして帰宅した僕は、やるべき事をやり終えてからベッドで横になった。寒い室内とは対照的に温かい毛布団に包まれた僕はすぐに睡魔に襲われて――
「……ん?」
気づけば、真っ白な空間に立っていた。





