参加者募集 その一
「ぬぅぅぅん……っ!」
鍋パーティ開催に辺り、僕が最優先でしなければならない事と言えば、無論野菜の威圧である。いや、何かノリでやるって言っちゃったけど、そもそも美味しい白菜が収穫できないと駄目だしね。他の野菜でも鍋自体はできるけど、多分それだとリタさんが猛り狂いそうだし……うん、これは最重要課題である。
そんなわけで、例によって畑に植えた白菜の種に向かって『収束威圧』を発動。度重なるスキルアップにより『威圧感☆☆彡』までパワーアップした僕の『収束威圧』であれば、それ程時間をかけること無くぴょこんと小さな芽が顔を出した。
「お、これはいけそうかな?」
ぶるるーん!
作業をすぐ側で見守ってくれているタモツ君も、新しい命の芽生えに興奮気味に体を震わせる。本来ならこのままじっくり威圧して成長を見守るところだけれど、今は実験なのでもうちょっと加速していくことにしよう。
「ねえタモツ君。『輪唱威圧』を使うから、そうだな……あと三人くらい集めてくれる?」
ぶるるーん!
僕の出した指示に、タモツ君がすぐに側で作業をしていた畑スライムの子を三人連れてきてくれた。タモツ君を会わせた四人が十字の形に芽を囲んだのを確認して、僕は固有技能を発動させる。
「響け、『輪唱威圧』」
右手を突き出し、それなりの力を込めて言葉を発すれば、シャンシャンという軽い鈴の音と共に四人の体から光の輪が広がり、中央にある白菜の芽のところで重なり合う。
「解放! 『威圧感☆☆彡』!」
最後にシャリーンと音が響くと、小さな芽が一気に成長し始めた。あっという間に大きくなると、そこにはスーパーなんかで目にしたあの大きさの白菜が出来上がっていた。
「……今更だけど、凄いよねこれ」
目の前でグングン野菜が育っていく様を見るのは気持ちいい反面、ちょっと怖くもある。何だろう? 早回しされる世界のなかで、自分だけが取り残されているような感じだろうか? 実際には逆で白菜の方が急成長しているわけだけど、気づくと自分がお爺ちゃんになっているような妄想がちらっと浮かばないことも無い。
ぶるるーん!
「あ、ごめん。なんでもないよ。ありがとう」
突然黙ってしまった僕に心配して震えてくれたタモツ君を優しく撫でると、僕は早速成長した白菜を収穫し、葉っぱを一枚剥がして囓る。うちの野菜は完全無農薬……どころか汚れや細菌が付着する間もないレベルで育ったばかりなので、衛生面には何の問題も無い。
「うん、まあまあだね」
瑞々しくシャキシャキした歯ごたえに、しっかり感じられるほのかな甘み。促成栽培極まれりな感じなのでやや大味だけど、少なくとも日本で食べていた白菜に負けているとは思えない。まあそっちは生で食べたわけじゃないから、同じように調理して食べればこちらの方が断然美味しいだろう。
「よし、これなら大丈夫そうだ。それじゃ他の白菜はいつも通りに育ててくれるかい? 僕は他の人達を鍋パーティに誘いに行ってくるよ」
ぶるるーん!
自信たっぷりに「任せて欲しいであります!」と震えるタモツ君と、その背後で早速お世話を始めた畑スライムのみんなに笑顔で手を振り、僕は改めてお出かけの準備をする。家に入って手土産を鞄に詰め、最初に向かうのは冒険者ギルドだ。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ!」
「うむ、邪魔するぞ」
いつものやりとりを経て、ミャルレントさんとリタさんに美味しい白菜ができそうな事を報告。ギルド内に響き渡るリタさんの魂の叫びを背に受けつつギルド内を見渡せば、ちょうど隣の酒場で休憩しているイチタカさんを見つけた。
「こんにちはイチタカさん。ちょっといいですか?」
「おお、トール殿。拙者に何か用でござるか?」
「イチタカさん個人というより、イチタカさん達全員へのお誘いなんですが――」
そう言って、僕は新しい種類の野菜が収穫できそうなことや、それを使ってみんなで鍋パーティを計画していることなどを説明していく。
「ということなので、ジェイクさんや戻ってきたらファルさんなんかにも声をかけていただいて、皆さんで参加していただけたらいいなぁと」
「それは実に心躍るイベントでござるな。拙者は勿論参加するでござるし、ジェイク殿にもお伝えするでござる。が、ファル殿は……」
「そうですね。できれば参加して欲しいので、一週間から二週間くらいまでなら待とうと思うんですけど、他にお誘いする方達の都合とかも聞いてみてでしょうか」
「それが無難でござるな。では、ジェイク殿への伝言はしかと承知したでござる」
「宜しくお願いします。あ、これ今年最後のプーノンになると思うんで、良かったらどうぞ」
「これはこれは! 有り難く頂戴するでござる」
お礼を言って手土産を渡すと、僕は冒険者ギルドを出る。次は……位置と時間からすると、ミランダさんのところがいいかな?
「こんにちはー」
「はーい、どちら様……って、トールちゃんじゃない」
今回もお客さんでは無いので裏口に回って声をかけると、扉を開けて出てきたのはミランダさんだった。
「お忙しいところすみません。ちょっとお時間いいですか?」
「夜の仕込みがあるからあんまり長くは無理だけど、少しくらいなら平気よ? それでどうしたの?」
「実は――」
ここでも当然、白菜やら鍋パーティのことを説明していく。すると話が進む毎に、ミランダさんの表情に真剣味が増していった。
「白菜……昔食べたことがあるけど、こっちに来てからは全然扱ってない食材ね。それにその……みる? みる何とかって料理も知らないわ。それをご馳走してくれるのね?」
「はい。とは言ってもそれだけというのは寂しいので、できればミランダさんにも協力していただいて何種類か鍋料理を作れないかと思いまして」
「んっふ! いいわよ! 料理人として新しい食材や料理には凄く興味があるもの! あ、でも、アルフとフローラは無理ね」
「ああ、もうそろそろなんですよね」
僕は直接会えないのであくまで聞いた話でしかないけど、フローラさんはもういつ赤ちゃんが産まれてもおかしくない状態らしい。日本みたいに超音波検査とかができるわけじゃ無いからそれでも一ヶ月やそこいらの誤差はあるみたいだけど、そもそも早産とかもあるわけだし、早め早めで備えておくのは大切なことだ。
なので今はアルフさんは本当に忙しい時間帯以外はほぼずっとフローラさんについており、そうでない時も必ずムッシュ君が一緒にいることで絶対にフローラさんを一人にしないようにしているんだそうだ。
「すいません。時期が良くなかったですかね?」
「んっふ! 逆よぉ! ワタシの孫が産まれるんだから、その前祝いだと思えば張り切らずにはいられないわ! しっかり手伝って味を覚えて、お店で作ってアルフとフローラにも食べさせてあげないと。いいんでしょ?」
「勿論です。その時はとっておきの白菜も提供しますよ」
僕が考えたわけでも無い料理のレシピの権利を主張するつもりなんてこれっぽっちも無い。そもそも見たら作り方がわかる程度の簡単な料理だし、むしろ広まってくれた方が、好きなときに美味しいミルフィーユ鍋を食べられて嬉しいしね。
「んっふ! やっぱりトールちゃんは太っ腹ねぇ! いいわ、思いっきり腕を振るっちゃう! 正確な日時と参加人数が決まったら早めに教えてね」
「わかりました。宜しくお願いします。あ、あとこれ、今年最後のプーノンです」
「まあ、そうなの? んっふ。ありがとう。三人で大事にいただくわね」
バチンと音がしそうなウィンクをしてお礼を言ってくれたミランダさんに僕もまた頭を下げて応えると、僕は「魅惑の妖精」亭を後にした。





