たまたまひとつになった、そこそこに冴えた二人の解決法
『あっ……』
互いの顔を見合わせて、ファルさんとエリューの声が重なる。一体ファルさんとえっちゃんの間に何があったんだろうか? まあ悪い感じは伝わってこなかったし、抱っこされてたくらいだから大丈夫だとは思うけど。
「おかえり……いや、ただいま? まあどっちでもいいか。ほら、エリュー座ろう?」
「あ、う、うん」
ファルさんの腕からぴょいんと抜けだし僕の所にやってきたえっちゃんに挨拶し、隣に立っていたエリューに着席を促す。向こうではファルさんも席に着いており、これでエリューが飛び出す前の状況に戻った。
『あの……っ!?』
ほんの少しの沈黙の後、モジモジしていた二人が再び同時に声を出す。そこから始まったのは、良くあるあれだ。
「ね、姉さんからどうぞ」
「いえ、私はいいわよ。それよりエリューこそ、言いたいことがあるんでしょ?」
「そうだけど、でも姉さんだって――」
「あー、はいはい。一旦とめようか」
明らかに不毛な譲り合いだったので、僕はあえてぞんざいな感じで仲裁に入るとそのままエリューの方に顔を向け、小さな肩にポンと手を置く。
「申し訳ないですけど、年長のファルさんはここは譲って下さい。エリュー、君から話すんだ」
「わかった。私はいいわよ」
「トール!? でも、ボク――」
「変わるんだろ?」
「っ!?」
そう。これは「何もできない」エリューが、「できる」存在になるための大切な儀式。家族を、ファルさんを納得させるためにも、ここはエリューが、エリューからしなければならない。
「そう……そうだよね。わかった。じゃあ姉さん、ボクから話すね」
僕の言葉に、エリューが真剣な表情で頷き、ファルさんに向き直る。ここから先は本当に家族の問題になるから、僕はただ黙って聞くだけだ。
「あのね、姉さん。ボクさっきは家に帰りたいって言ったけど……でも、考えたんだ。トールと話して、自分の気持ちとしっかり向き合って……それで、決めたんだ。
ボク、ここに残る。残ってこっちで生活しようと思うんだ」
きっぱりとそう言ったエリューに、ファルさんが泣きそうな顔になる。
「…………そう。そうよね。あんな酷いこと言ったんだもの。もう私と一緒になんていたくないわよね」
「え? ち、違うよ!? そうじゃなくて――」
「わかってるわ。私にできることなんてたかが知れているけど、それでも――」
「はーい待った待った! そういうのは間に合ってるんで!」
さっきは黙って聞くだけと言ったけど、あれは嘘だ。またしてもありがちな勘違いパターンを、僕もまた再度ぞんざいな感じで止める。
「ちょっとトール!? 私は真剣に話を――むぐっ!?」
それでもまだ喋ろうとするファルさんの口を、えっちゃんがプニョンと体当たりして塞いでいく。ふっふっふ。僕とえっちゃんがいるかぎり、そういう変なお約束でのすれ違いなんかは許さないのだ!
「あー、ファル。まずは話を聞け。な? 言いたいことは最後に全部まとめて言えばいいだろ?」
「ぷはっ! わ、わかったわよ……」
まるで子供をあやすようにジェイクさんに言われて、ファルさんがむくれてそっぽを向く。が、真剣な話の途中だったとすぐに思い出して、改めてエリューに向き直った。
「よし。じゃ、エリュー。続きをどうぞ」
「えぇぇ……う、うん。えっと、どこまで……そうだ。それでね、姉さん。こっちに残るって言っても、住むところが無いんだ。トールとかこの家の人達にも、ずっとお世話になるってわけにはいかないし……」
「そうね。それは当然だわ。でも、じゃあどうするの?」
鋭く細められたファルさんの目は、「野宿するなんて言い出したら無理矢理にでも連れ帰ってやる」という考えがありありと見て取れる。その迫力にエリューが少しだけひるむけれど、僕が何をするまでも無く、自分でグッとお腹に力を入れてから、まっすぐにファルさんを見てその問いに答える。
「だから、その……姉さん。ボク、姉さんと一緒に暮らしたら駄目かな?」
「……………………は?」
ファルさんの……いや、その場にいた僕とエリュー以外の人の顔が、驚きに満ちる。僕としてはそこまで驚かれることの方が逆に驚きなんだけど、何でだろう?
「や、やっぱり駄目だよね。そんな虫のいい話」
「ち、違うわ! 違うのよ。違うけど……でも、ちょっとだけ待って」
その反応を拒絶ととったのか、ションボリしたエリューにファルさんが慌ててそう否定すると、もの凄いジト目で僕の方を見てきた。
「ねえ、これどういうこと? ひょっとして最初からそうするつもりだったの?」
「は? えっと、何の話ですか?」
「誤魔化さないでよ! 別に怒ってるわけじゃないのよ? むしろ感謝したいくらいだけど、でもそれなら最初に一言相談があったって……」
「いや、本当に意味がわからないんですけど!?」
責めるような口調のファルさんに、しかし僕の方は本気で思い当たることが何も無い。え、華麗にスルーしていった誤解とか勘違いフラグが、今度は僕に向いてる? でも一体何がどうなって……?
「あのなトール。実はさっき……」
混乱する僕に、ファルさんを手で制しながらジェイクさんが教えてくれた。どうやら僕が考えていたようなことを、えっちゃんもまたファルさんに提案していたらしい。
「へー! そりゃ凄い! 流石えっちゃん、わかってるね」
ぷるるーん!
僕の言葉に、テーブルの上のえっちゃんが「相棒の考えることなんてお見通しだぜ」とその体を震わせる。この場を任せた僕の判断は間違っていなかったようだ。
「本当に偶然なの? 何か二人の間だけで通じる秘密の魔法とかあるんじゃない?」
「いやいや、本当に偶然ですから」
前に習得した「魂話」の固有技能を使いこなせば離れていても話はできるだろうけど、当然今回はそんなことしていない。というか、あれ未だに声を大きくすることはできるのに、小さくはできないんだよね。
「あ、でも、そういうことならファルさんの方でも答えは出てたってことですか?」
「え? ま、まあそうだけど……」
そこまで言って今度はファルさんの方がモジモジと体をよじる。
「……私は冒険者としての仕事があるから、家は留守がちになるわよ? エリューが一人の時間は、貴方が思っているよりずっと長いと思うわ」
「大丈夫だよ。その時はトールの畑でスライムのみんなと仕事したりしてるから。あとは、先生が良ければ狩人のことももっと教えて欲しいな」
「ガッハッハ! おうおう、任せとけ! 俺がみっちりしごいてやるぜ!」
エリューのおねだりに、ガラルドさんが上機嫌に笑う。それに会わせてミャルガリタさんやミャルトルテさんも、エリューがこの家に遊びに来ることを歓迎してくれた。
「里には、そんなに頻繁には帰れないわよ? 父さんや母さんがこっちに遊びに来るなんて、もっと難しいわ。エリューが思っているよりずっとずっと会えない期間が長いはずよ?」
「それは……寂しいけど。でも、あの里で何もしないでじっとしているのに比べれば、我慢できる……と思う」
「ふむ。絶対我慢するなんて断言しないだけマシだな。子供がそこまで気を遣うもんじゃねぇし、どうしてもって時は俺が連れてってやるさ」
「いいのっ!?」
「ジェイクったら、あんまりエリューを甘やかしちゃ駄目よ? でも……ありがとう」
ジェイクさんの言葉に目を輝かせるエリュー。そんな姿に苦笑いを浮かべながらも、ファルさんはジェイクさんに優しい顔でお礼を言った。
「じゃあ、いいのね? 本当に?」
「と言うか、そんなに難しく考えずとも、とりあえず二人で暮らしてみたらいいんじゃないですか? 駄目だったらその時はその原因をみんなで考えればいいわけですし。
見ず知らずの他人と暮らすならまだしも、ファルさんとエリューが一緒に暮らすなら失敗とか迷惑とかをそこまで深刻に考える必要も無いでしょ?」
「そう……そうよね。その通りだわ。エリューと暮らすことには何の問題も無い。何処かの誰かと違って、下着を見られたりしても気にならないしね」
「うぐっ!?」
「姉さん? ボク、姉さんの下着なんて見ないよ?」
不思議そうに首をかしげるエリューの隣で、僕の額につうっと一筋汗が流れる。それに合わせるかのように、ずっと沈黙していたミャルレントさんの背後からヒュンヒュンと風を切る音が聞こえるような……幻聴だ。きっと幻聴に違いない。
「それじゃ、エリュー。私と一緒に暮らしてみましょうか?」
「うん! 宜しくね、姉さん!」
エルフの姉弟が、笑顔で抱き合う。誰もがその絵に祝福の笑みを浮かべる中、僕の笑みだけは微妙に引きつったものになっていた。





