「年上」の二人
「おはようございますミャルガリタさん」
声をかけた僕に、ミャルガリタさんは干された洗濯物の向こうからピョコッと顔を出してこちらを見る。
「あら、トール君じゃない! おはよう……そちらの方達は?」
「初めまして。私は冒険者のファルファリューシカ。こちらでお世話になっているエリュー……エリュエラーシカの姉です」
「俺はジェイクだ。同じく冒険者で、まあこいつの付き添いってところだな」
「まあまあ、エリュー君の!? それに付き添いって、そうなの? そういうことなの!?」
挨拶する二人を前に、何故かミャルガリタさんの声のトーンが一段上がる。そのままこちらに駆けてきて、二人に向かって丁寧に頭を下げた。
「初めまして。アタシはミャルレントの……って言ったらわかるのかしら? そうね、トール君のお義母さんになる予定のミャルガリタです。宜しく! 宜しくね!」
「ぐっほっ!? ちょ、ミャルガリタさん!?」
「何トール君? アナタが連れてきた方なら、こっちの方がわかりやすいでしょ? そうでしょ?」
「それは、まあ……」
「ふふっ。いいじゃないトール。あ、ミャルレントとはお友達なので、そっちでも大丈夫ですよ」
「まあ、今更だな。俺もミャルレントとは知り合いだから、問題無いぜ。宜しくな、ミャルガリタさん」
焦る僕に、その場の全員が今更な顔をして話題を流す。確かに公然の秘密というか、いや別に隠してすらいないからむしろ公然の事実というか……それでもこういう不意打ちは未だに慣れない。ぬぅ。
「さあさあ、家に入って入って! せっかくのお客さんなら、全力でおもてなししなくちゃ! ああでも、洗濯物が……ごめんなさい。ちょっとだけ待っててもらえるかしら?」
「ああ、それならまた手伝いますよ」
「そうね。ご迷惑でなければ、私もお手伝いします」
「……この流れだと俺もか? いや、洗濯物くらいいくらでも干すが」
「あらあら、いいの? いいのかしら? それじゃお手伝いしてもらえるかしら?」
そんなやりとりを経て、みんなで手早く洗濯物を干していく。ちなみに、過去から学習する男である僕はえっちゃんに選別をしてもらうことで華麗に女性ものの衣服をスルーすることに成功している。
が、そもそも女性なので気にされないファルさんはともかく、ジェイクさんはきっちりハズレを掴まされてファルさんに「ジェイクのえっち!」とひっぱたかれていた。
「理不尽だ……ってか、よく考えると会ったばかりの男に下着だのが混じった洗濯物を干させるのが悪いんじゃねぇか? どう思うえっちゃん?」
ぷるるーん!
「くっ、お前さんはそっち側か……まあトールの相棒なら身内側だろうしな」
「あら、アタシは気にしないわよ? それにジェイク君だって女性の下着くらい干すでしょ?」
「は? 何で俺が?」
「え? だってジェイク君とファルちゃんってそういう関係なんでしょ? 同じ仕事をしているなら、ファルちゃんばっかりが洗濯してるってことはないでしょうし」
「ぶふぉっ!?」
「え!? えぇぇっ!?」
ミャルガリタさんの発言に、ジェイクさんは驚きで手にしていた洗濯物を引き裂き、ファルさんは濡れた洗濯物で口元を覆い隠す。
「うぉ、すまん。これは弁償を……って、そうじゃねぇ! 何で俺とファルがそんな関係だと思ったんだ!?」
「え? だってエリュー君のことが心配で来たんでしょ? ファルちゃんは姉弟なんだからわかるけど、エリュー君とファルちゃんの両方が心配で付き添ってくるなんて、そういう関係の人にしか思えないんだけど……違うの? 違うのかしら?」
「全然違ぇ! 確かにこいつは家族というか、身内みたいに思っちゃいるが、それでも手の掛かる妹ってところだぞ?」
「ハァ!? 何言ってるのよジェイク! 私の方がずっと年上のお姉さんなのに、手の掛かる妹!?」
「実年齢はそりゃそうだろうが、こういうのは感覚的なもんだろ?」
「へー、ふーん。そうなんだ。ジェイクはそんな風に私を見てたんだ。ふーーーん」
「な、何だよ?」
「べっつにー! あー、うん。そうよね。ちっちゃくて可愛い年下のジェイクちゃんは、背伸びしたいお年頃なのよね? いいわよ、お姉さんがたっぷり甘えさせてあ・げ・る!」
「テメェ、ファル。喧嘩売ってんのか? あ?」
挑発的なファルさんの態度に、ジェイクさんが凄みのある声を出す。僕なら即座に謝るところだけど、ファルさんは余裕の表情で自分の肩を抱きすくめて怖がる振りをしてみせた。
「やーん! ジェイクちゃんが怒ったー! ほら、大人なら落ち着いて? 何ならお姉さんのおっぱいでも吸う?」
「ハッ! 誰がお前のまな板なんぞ……ふっ!」
風のような速さで放たれたファルさんの拳を、ジェイクさんが首の動きだけでよけてニヤリと笑う。
「チッ。イチタカなら当たるのに……」
「まだまだ甘ぇな。俺に当てるには十年早いぜ」
「やっぱり仲良しさんじゃない。ほらほら二人とも! もう洗濯物は干し終わったから、お家にどうぞ! 入って入って!」
「しょうがねぇな。大人の俺はここで収めてやるぜ。行くぞトール!」
「あ、はい」
「仕方ないわね。お姉さんの私は一時休戦にしてあげるわ。行きましょえっちゃん」
ぷるるーん!
僕はジェイクさんの背後につき、えっちゃんはファルさんに抱きかかえられてミャルガリタさんの家に入る。まだ何も始まってないのに、ちょっとだけ疲れた気がしなくもない。
「フッ。はっは……」
「? どうしたんですかジェイクさん?」
「いや、なに。少しでも元気になったんなら良かったと思ってな」
そのほんの僅かな道すがら。えっちゃんをプニプニつつきながら話しかけているファルさんの姿に、ジェイクさんが優しい視線を送る。
「ええ、そうですね……え、まさか全部計算してですか!?」
「はっは。さぁな。そんなのどうでもいいことさ」
言って、ジェイクさんは僕に背を向けてしまった。その言動が計算なのか天然の偶然だったのかはわからないけど、確かにどうでもいいことだ。大切な人を思いやる気持ちをごく自然に持てるジェイクさんに、僕は憧れと尊敬の念を向ける。
「さあさあ座って座って! 今お茶を入れるわね!」
家に入って席に着けば、ミャルガリタさんが温かいお茶を入れてくれた。立ち上る湯気から漂う香ばしい匂いは、ネコムギ茶だ。これ夏場に水出ししたのを冷やして飲むのも美味しいけど、実は温かいのも美味しいんだよね。
「ほぅ。変わった茶だな」
「あれ? でもこれ前にトールの家で飲んだことがあるような……って、そりゃそうよね」
お茶を飲んで首を捻ったファルさんが、すぐに勝手に納得して小さく頷く。何が「そりゃそう」なんだろうか?
「これはネコムギ茶って言って、アタシ達猫人族は愛飲しているんだけど、他の種族だと確かにそれ程飲まれてないみたいね。美味しいと思うのに。不思議、不思議だわ」
「味が悪いわけじゃないが、ちょいと癖があるって感じだからな。あとトール。この家にあるものがお前さんの家にもあったとして、そりゃ別に普通だろ? お前さんの家にはミャルレントも来てるんだろうし」
「ああ、そういう。確かにそうですね」
「トール君の家は、もうすっかり『大家族』の範囲に入っちゃってるものね。でも、どうなのかしら? 畑のことを考えると、結婚してもこっちの家に引っ越すより、今の家を改築した方がいいのかしら?」
「あっ!?」
言われて初めて気づいたけれど、確かにそうだ。この家の近くにある家に引っ越したとしても、流石に畑を作るほどの土地は空いていない。であれば今の畑に通う必要があるわけで、そうなるとむしろそのまま住み続けた方が利便性は高い。
「家の改築となりゃ、随分金がかかるんじゃないか? まあ頑張って稼げ。それこそ男の甲斐性って奴だな。ガッハッハ!」
「ミャルレントとの新婚生活に相応しい、素敵なお家を作らなきゃね」
「が、ガンバリマス……」
これは本気で節約と貯金を頑張らなければならないかも知れない。ていうか、まさか二十歳になる前に家を改築する資金を要求されるとは……えー、ハードル高くない? この世界ってローンとかできるんだろうか……?
「姉さん、いるの?」
と、そこに家の扉を開けてミャルトルテさんが入ってきた。本命のエリュー達が帰ってくる前の前哨戦が、どうやら始まりそうな予感だ。





