えっちゃん、語る
まあ語り始めた、と言っても、えっちゃんがするのは僕の頭の上で激しくプルプル震えることだけだ。僕くらいになると視認せずとも頭皮から伝わる振動で意思疎通ができるけど、ジェイクさんはそうはいかない。流石にえっちゃんを見つめながら草原を歩くのは危ないので、一端適当な場所に腰を落ち着けてえっちゃんを膝の上に載せると、僕とジェイクさんは改めて彼のプルプル劇場に耳と目を傾けることになった。
*関係者の心境:えっちゃんの場合
おっす、オラえっちゃん! あ、知ってる? いやでも自己紹介ってのは大切なんだぜ? 他人を知りたかったら、まず自分を知って貰わないといけないからな。と言うか俺の本名は緑玉の王のはずなんだが……まあいいさ。相棒に呼ばれ続けて、えっちゃんって名前も気に入ってきたからな。ああ、そこも一応形式的にはご主人様とかになるのか? 細かいことは気にすんな。相棒だってご主人様なんて言われて喜ぶようなタマじゃない。コイツはいつだって俺たちを対等に扱ってくれる。上でも下でもない、友達として見てくれるんだ。だから俺たちだって、相棒のためなら頑張れる。例え火の中……は一瞬で溶けるから無理だが、水の中でも草の中でもいつだって飛び込んでやれる。あの子のスカートの中なら、こっちから喜んで飛び込ませて貰うけどな!
おっと、すっかり話がずれちまったぜ。俺たちスライムのことが知りたいんだったな? いいぜ、話してやろう。ちょっと長い話になるから、ゆっくり珈琲でも飲んで……ああ、遺跡に向かって歩いてる真っ最中だから無理か。そこはまあ気分的な問題だ。のんびりゆっくり聞いてくれ。そんな大した話でもないしな。
そもそも、生まれたばっかりのスライムはこんな高度な自我なんて持ってねぇ。親から分裂したての頃は、地べたを這いずるだけの存在だ。ああ、当然だがスライムに雌雄なんて無いぞ? 体内に十分な魔力が溜まると分裂して子供を増やすだけだし、それだって魔力が溜まりすぎると自分が破裂して死んじまうからって理由だから、親子の概念すら無い。いらない部分を切り離したらそいつが勝手に別のスライムとして生きていくっていう感じだ。
じゃあいつこんな風に考えたりできるようになるかってことだが、それだって別に特別なことじゃない。時間経過と人付き合いの結果さ。俺たちスライムは実は生存率が異常に高い。俺たちを餌にする魔物や動物なんていないし、お前達人間にしたって、スライムなんて積極的に倒さないだろ? 何処のどんな存在にとっても害も益も無いから放置が基本。だから俺たちは最弱なんて言われながらも、実は平均寿命は長いんだ。で、長く生きてれば側で人が会話していたり戦ってたりすることなんて珍しくないだろ? そういうのを見たり聞いたりしているうちに、ゆっくりと言葉を覚え知識を蓄え、自我なんてものが形成されてくるわけだ。
で、自我が芽生えるくらいまで成長すると、大抵のスライムは魔力の強い所に引き籠もろうとする。魔力が濃い場所なら多少でも強くなれることは知識があればわかるからな。それに強くなれればそれだけ死ににくくなる。理性や知性があるってことは、普通に死の恐怖とかも感じるようになるってことだからな。強くなりたい、長生きしたいなんてのは当然の欲求なわけで、少なくとも俺たちは安全かつ魔力の濃いあの遺跡に集まってたんだよ。
でも、それじゃあ何であの時真っ先に相棒の前に立ちはだかったかって言ったら……それは何とも説明しづれぇな。見た目はてんで弱そうなのに、すげぇおっかない気配をビンビン出しててさ。でも俺たちの弱点であるたいまつを持ってるくせに何故か剣で斬りかかってきたり、勇気を振り絞ってちょいと体当たりしてやったら全然対応出来なくて涙目になったり、そのくせムキになって向かってきたりと、まあやることなすことちぐはぐでな。何か、コイツ面白ぇって思ったんだ。だからずっと付き合ってた。小さく分けられた自分が少しずつ殺されていっても、それでも相棒と関われるのが楽しかった。自我があり、知性があるのに、それを表現する手段が無くてずっと地下の穴蔵に籠もっていることしかできなかった俺には、それは命を賭けるに値する価値があった。その終着点が死であったとしても、途中でやめて逃げるなんて選択肢は無かった。
だから、俺の遊びに火を使うこと無く最後まで付き合ってくれた相棒に、俺は深く感謝してた。死にたくないと思うだけだった俺に、生きていることを実感させてくれた相棒は、俺にとって最高の恩人だ。どんな礼も返せないが、ならばこそ最高の礼を持って対峙した。ただひたすらに感謝して、俺は最後の瞬間を待っていた。
なあ、わかるか? あの時相棒が言ってくれた言葉に、俺がどんな気持ちを抱いたか。ただプルプル震えることしかできないこの俺に、友達になってくれと言ってくれたあの瞬間に、どれほど俺の魂が震えたか。俺が、俺たちが、どれだけ……
おっと、また話がずれちまったな。ま、スライムってのはこういうもんで、俺ことえっちゃんはこういう奴だってことだ。良かったら覚えておいてくれよな!
******
「えっちゃん……」
僕は膝の上からえっちゃんを抱き上げ、思わず抱きしめてしまった。「苦しい」とか「恥ずかしい」とかプルプル震えていたけど、そんなことは関係無い。ぎゅーっと抱きしめて、その緑色のプニプニボディに頬をすり寄せる。
ああ、僕が弱くて良かった。スライムが火で倒せるなんて常識を知らなくて良かった。最後まで諦めなくて良かった。最後の選択を間違えなくて、本当に良かった。
涙を流して感動している僕に、えっちゃんは「しょうがねぇなぁ」とその身で僕の涙を吸い取り、その後は頭の上で「柄にもねぇこと話しちまったぜ」と照れくさそうにプルプルしていた。その振動がとても愛おしくて、せっかく拭って貰ったのに、また涙がこぼれそうになる。
「なるほどなぁ。スライムってのはそんなことになってるのか。ん? じゃあ何で2人目の冒険者の時は懐かなかったんだ? 最後まで抵抗したって話だったが?」
ジェイクさんの質問に、えっちゃんが「友達になりたくないタイプだったんじゃないか?」とひと震え。
「そんな理由で死を選ぶのか? いや、だが……そうか。あいつが商売を考えていたとしたら、奴隷狩りに捕まって売り飛ばされるくらいなら自殺する、くらいの感覚なのか? それなら納得はいくが……うーん。スライムがそこまで、いや、だが今の話を聞いたらなぁ……」
ジェイクさんがまたしても難しい顔で考え込む。まあ僕と違って考える事が大量にあるだろうしね。えっちゃんが話した内容って、多分この世界的には大発見なんだろうし。日本でだって、いきなりアメーバが喋って細菌の心理とか語り出したら世界がひっくり返るだろうし。
「なあトールよ。お前さんにスライムのテイムを見せて貰うってことだったが、それに遺跡でのスライムたちとの対話を加えて貰ってもいいか? 勿論その分の報酬は追加する」
「はぁ、別にいいで……ゲフン。うむ、別に良いぞ?」
「……なあ、その口調無理して続けなくてもいいぞ? というか何でそんな変なしゃべり方してるんだ?」
「変!? いや、まあ……この『威圧感』に釣り合う口調は、こんな感じかなぁと思ったので、いや思ったのだが……」
正直ジェイクさんの前でこれ以上取り繕う意味は無い気がするけど、それでも一応悪あがきはしてみる。が、そんな僕をジェイクさんが過度に優しい目で見てくる。
「まあ、そう言う年頃もあるよな。大丈夫、ミャルレントには黙っててやるから、俺の前では普通に喋れ。正直吹き出しそうでかなわん」
「ぬぐっ!? ……はぁ。わかりました。でも、本当に秘密にしてくださいね? 今更口調を戻すのも、それはそれで格好が付かないというか……」
「ふぅ。普通に喋った方がいいと思うがなぁ……ま、お前さんがそうしたいと言うなら約束しよう。安心しろ。ガキをからかうほど俺だってガキだったのは、もう何十年も前の話だからな」
「わかりました。じゃあそんな感じで」
苦笑しながら約束してくれたジェイクさんに、僕も笑いながら答える。それを一区切りとして腰を上げると、僕たちは再びスライム遺跡へ向けて歩き始めた。





