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【Web版】威圧感◎  作者: 日之浦 拓
本編(完結済)

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お料理エルフ

「随分採ったねぇ」


「あはは……」


 僕の目の前には、籠に山盛りになった野菜がある。どうやらエリュー君は相当に張り切って仕事をしてくれたようだ。実際楽しそうな声が聞こえてたけど、それにしても多い。


「ごめんなさい! 仕事を任されたのが嬉しくて、それにマモルやタモツや、他のみんなと働くのも楽しすぎて……こんなに採っちゃったら、駄目にしちゃいますよね……」


「そうだねぇ。こんなに沢山あったら……」


 不安げな表情でションボリと肩を落とすエリュー君に、僕はそこで一旦言葉を溜めてから、ニヤリと笑って答えてあげる。


「今夜の料理はご馳走が山盛りになっちゃうね」


「……え?」


「ふふ。昼は時間の関係もあって簡単に済ませちゃったけど、夜はお客さんを迎えるに相応しいものを作るからね。これだけ材料があれば何でも作り放題だよ」


「ほ、ホントに!? 本当にその……怒られないんですか?」


「勿論。うちは特別だから普通よりもずっと新鮮なまま日持ちするし、それでも食べきれないほどだったらお裾分けとかしたらいいしね」


 そう言って、僕はそっとエリュー君の方に手を伸ばす。それを見てギュッと目を閉じ首をすくめたエリュー君の反応を少しだけ悲しいと思いながらも、彼の柔らかな金髪に手を埋め、少し乱暴に頭を撫でた。


「エリュー君のおかげで大分収穫がはかどったよ。ありがとう」


「…………」


 エリュー君は何も言わない。でもその顔は喜びを噛みしめるようであり、腰の辺りで小さく握った拳がプルプルと震えている。


「さあ、それじゃ最後にもう一仕事してもらおうかな? 収穫した野菜を家の中に運んでくれる?」


「うん! あ、いえ、はい! よーし、運ぶぞー!」


 僕の言葉に、震える両の拳を天高く突き上げてエリュー君が気合いを入れる。野菜を運び入れる時に聞こえてきた「聞いてマモル、タモツ! ありがとうだって! ボク褒められちゃった! ふふふ……」という嬉しそうな声がなんとも言えず微笑ましい。


「さて、それじゃ料理だけど……せっかくだから、エリュー君も作ってみるかい?」


「えぇぇ!? ボク、料理なんてしたことないですよ!? 失敗しちゃったらそれこそ食べられなくなっちゃうんじゃ……」


「大丈夫。そんなに難しいことはしないし、仮に失敗したってそれはそれでいい思い出だしね。自分で収穫した野菜を自分で料理して食べるのは、きっと美味しいと思うよ?」


「…………いいんですか?」


 相変わらずの上目遣いで問うてくるエリュー君に、僕は笑顔で大きく頷いてみせる。弾けるような笑顔で喜ぶエリュー君の姿は、何度見てもこちらも嬉しくなってしまう。


 そうして今度は料理タイムだ。さっき言った通り失敗してもそれはそれで良い経験、思い出になるとは思うけど、エリュー君には成功体験を積み重ねさせてあげたい。なのでここは無難にサラダとパスタを作ることにした。これからパスタのゆで加減だけ気にすれば他は失敗する余地がほぼ無いからね。


「えっと、こう……ですか?」


「そうそう。食べやすい大きさに切るんだ。葉物なんかは手でちぎるのもいいね。あとは彩りを考えて……」


「彩り……こうかな?」


「おお、綺麗にできてるじゃない! 難しく考えなくても、要は自分が美味しそうに見えるようにすればいいだけだからね。後はバランスが偏りすぎないようにするとか、そのくらいかな?」


「わかった! じゃあ、これをこうして……赤はこっちかな?」


 楽しそうにサラダを盛り付けるエリュー君の隣で、僕はパスタを茹でつつ野菜を刻む。旬の秋野菜をサッと炒めて、茹で上がったパスタをフライパンの上に投入。そこにバターと自家製ヒマワリ油をたっぷり絡めてやれば、お手軽秋野菜パスタの完成だ。


「よし、完成! そっちはどう?」


「ボクもできました!」


「じゃ、テーブルの方に持って行ってみんなで食べようか。ほーら、みんなご飯だよ!」


ぷるぷるぷるるーん!


 僕の言葉と美味しい匂いにすかさず集まってきたスライム達と席について、僕は両手を合わせて挨拶を下。


「それじゃ、いただきます」


「森と精霊に、今日の糧の感謝を」


 エリュー君の挨拶は、以前にファルさんがしていたものと同じだ。おそらくこれがエルフ流の「いただきます」なんだろう。挨拶を終えて、まずはエリュー君が綺麗に盛り付けたサラダに目をやる。


「うん。見た目も賑やかだし野菜のバランスも悪く無いね。味も……ふふ、美味しい」


 思わず笑みのこぼれる味。うちの野菜が美味しいというのもあるけれど、エリュー君が一生懸命作ったというのが味の決め手だ。料理は愛情。異論は認めない。


「ふわぁ、美味しい! 昼間食べた野菜も美味しかったけど、これはもっと美味しい! ほら、みんなも食べてみて……って、これはどうしたら?」


「ああ。スライム達には小皿に取り分けるか、でなければこうすればいいよ。ほら、えっちゃん」


 僕は自分の小皿にとったサラダをひょいと摘まむと、えっちゃんの頭の上に乗せる。するとサラダがとぷんとえっちゃんの中に沈み込み、その体が嬉しそうにプルプルと震えた。


「わ、わ! そうやって食べさせるんだ……はい、どうぞ。ボクが作ったサラダだよ」


てゅぷるーん!


 初めて見るお客さんに興味津々で寄ってきていたでーやんが、サラダを振る舞われて嬉しそうに体を震わせる。そのままエリュー君の肩までぴょいんと飛び乗り、その頬にスリスリと体をすり寄せた。


「うわー、うわー! 凄く可愛い! なんだこれ、凄く嬉しいよ?」


「はは。自分で採った野菜を自分で料理して、それを自分で食べるのも勿論幸せだけど、誰かが食べてくれてそれを美味しいって言ってくれたら、それもまた格別でしょ?」


「うん! 凄い! 凄く嬉しいし楽しい! えっと、君は何て言う名前なの?」


「ああ、その子はでーやんだよ。小さいからまだ言葉を話せないんだけど、こっちの言ってることは大体通じるから」


「そうなんだ。じゃあでーやん、こっちのパスタも食べる? 一緒に食べよう?」


てゅぷるーん!


「じゃあ取り分けてあげるね。うわー、凄くいい匂い!」


 笑顔の絶えない賑やかな食卓。そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、食器をかたづけて軽く身支度をすれば、この世界ではあっという間に寝る時間だ。


「寝床はどうしようか?」


「あの、ボクは床でも……」


「そういうわけにもいかないよ。もう大分寒くなってるしね」


 本当にどうしようも無ければスライムのみんなに全身を包まれながら寝るという手段もあるけれど、あれをこの家に来た初日にやらせるわけにはいかない。全身プニプニで癖になる感触だけど、仮眠くらいならともかく一晩は流石に寝苦しいからね。


「エリュー君が嫌じゃなければ、一緒に寝るかい? 君くらいなら大丈夫だと思うけど」


「でも、そんなことしたらボクが――」


「邪魔じゃないよ」


 機先を制して、その言葉を重ねる。そうしてまた焦らずにゆっくりと待つ。静かに微笑む僕を前に、エリュー君は悩み、うつむき、考えて……そして顔をあげたなら、僕の目を見て口を開いた。


「あの、じゃあ、一緒に寝てもいいですか?」


「勿論」


 笑って、僕はベッドに横になる。すぐに背後からもぞもぞという気配がして、僕の背中にエリュー君の背中がくっついた。ぴょいんとえっちゃんが跳ねて部屋の照明が消えれば、静かな暗闇が世界を満たしていく。


 僅かな星明かりが部屋を照らすだけの、虫の声すら聞こえない夜。でもそれなりの時間がたっても、僕の背後から寝息が聞こえてくる事は無い。


「…………あの、起きてますか?」


「うん。起きてるよ」


「少しだけ……寝る前に話を聞いてもらってもいいですか?」


「うん。いいよ。起きてお茶でも飲みながらの方がいい?」


「いえ、このままで……このままがいいです」


「そっか。じゃ、このまま聞くよ」


 そこで一旦会話が途切れる。静かな呼吸で続きを待つ僕に、一度重く長い息を吐いてから、エリュー君が語り始めた。

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