配達先は普通の家……を経てお店屋さん
「おうおう、遠吠えが聞こえたから何かと思ったら、何だこりゃ?」
「う、う、ウメキチさぁーん!」
「うぉっ!? 何だ……って、野菜の大将じゃねぇか! どうしたんだオイ?」
道の向こうからやってきた柴犬の人に、僕は思わず抱きついてしまう。畑を蘇らせる時にみんなの陣頭指揮を執ってくれた、大工のウメキチさんだ。
「ウメキチさんは遠吠えとかしないですよね? ね?」
「あぁ? そりゃしねぇが……どうしたってんだ一体?」
「実は……」
僕はウメキチさんに抱きついたまま、今までの経緯を話していく。サラサラかつもふもふな感触が僕の心を何とか癒やしてくれた所で、ちょうど説明も終わった。
「相変わらず変なことに巻き込まれてんな大将……オラお前ら! いい加減ふざけてねぇで起きねぇか! 大将が困ってんだろ!」
ウメキチさんに怒鳴られると、地面で転がっていた犬人族の人達が次々と起き上がってくれた。この事態を引き起こしたトッピーさんと並ぶ穴埋め技術を持つウメキチさんだけあって、きっと発言力は絶大なんだろう。
実際その後はウメキチさんの取りなしもあって、ずっと遠巻きに見ているだけだった犬人族の人達とも普通に交流できた。熱っぽい視線を向けられながら握手を求められたり、ヤバいくらい可愛い赤ちゃんを抱っこしたお母さんに「この子が良い穴を掘れるように祝福をいただけませんか?」と言われて撫でたりしたけど、そのくらいはもう許容範囲ということにしておいた。
そう。許容範囲なのだ。大丈夫大丈夫。一時期リタさんに野菜の神とか言われてたし、その時と同じさ……ちょっと規模が大きいだけで、きっと大丈夫さ、うん。
「大騒ぎにしてしまい、申し訳ありませんでした穴神様……いえ、トールさん。何分穴のことでしたので、ちょっと熱くなりすぎてしまいまして」
「いえいえ、気にしなくてもぜーんぜん問題ナイデスヨ! HAHAHA!」
ほーら、申し訳なさそうな顔をしているトッピーさんにだって、こんなに平然と対応できる! 僕はやればできる男なのだ。
「あの、本当に申し訳ありませんでした」
「あー、いえ。まあ流れとかありますから、本当に気にしなくていいですよ」
耳をぺたんと垂らし、力なく尻尾を垂れ下がらせて本気で申し訳なさそうな顔をしているマッピーさんには、流石に普通に対応した。実際わかってくれさえすれば、多少悪ふざけをされた程度なので気にしないしね。
「俺っち達犬人族は、面白そうな事があるとみんな揃って乗っちまうところがあるからな。ま、あんまり気を悪くしねぇで、これからは気軽に訪ねて来てくれよな大将! ちょうど良く面通しできたから、もう怖がられる心配もねえだろ」
「はい! 今度からはお裾分けはこちらに直接持ってくることにしますね」
幸か不幸か僕の存在はかなり大々的に知れ渡ったので、確かにもう遠慮する必要は無いだろう。そういう意味では良かったと言えるかも知れない。お世話になったウメキチさんは元より、一応トッピーさん達にもちゃんと名指しでお裾分けを持ってこよう。
「ちょっと怖いお兄ちゃん、また来るの?」
「うん。来るよ。今度もまた美味しい野菜とか、プーノンなんかを持ってくるからね」
「甘いの!? わぅ、嬉しい……」
両手で口を押さえてモジモジするミッピーちゃんの尻尾が、ピコピコと高速で揺れ動く。うん、可愛い。これは早急に追加物資を投入すべきだろう。
その後は少し雑談をしてから、僕は荷車を引いて犬人族の集落を後にした。別れ際にはミッピーちゃんの僕の呼び名が「ちょっと怖いお兄ちゃん」から「甘いお兄ちゃん」に進化(?)していたので、どうやら甘味が恐怖を凌駕したらしい。スイーツパワー、流石である。
そうして僕は一旦家に帰り、新たに野菜の箱を積んで次はファムの家へと向かった。変わらず一人で荷車を引いてたどり着いたそこは、天国であった。
だって、普通の家なのだ。明らかに周囲から浮いているアパートでもなければ穴でもない、ごく普通の平屋。中から出てきたファムのお母さんもごく普通の人であり、旦那さんとの生々しい会話とかしないし神様とか崇められたりもしない。
素晴らしい。普通って素晴らしい。あまりに素晴らしかったのでお茶のお誘いを受けてしまい、またしても水分をとったことで正直お腹が苦しくなってきたけれど、それを後悔しないくらいに素晴らしい一時だった。ああ、普通って素晴らしい。やっぱり人間平凡が一番だと強く実感した。
そんな癒やしのファムの家を出て、やっとたどり着いた最後の目的地は、ミランダさんの経営する「薔薇の妖精」亭だ。今回はお客ではないので、裏手の方から中に入る。
「ごめんくださーい! どなたかいらっしゃいますかー?」
「あら、トールちゃんじゃない!」
そんな僕を出迎えてくれたのは、この店の主であるミランダさんだ。服自体はいつもの肌にピッタリ張り付いた紫の服なんだけど、その前に純白かつ縁にフリルのついたエプロンを身につけているのが凄いギャップだ。それはそれで似合ってるのがまた凄い。
「どうも。おはよう……いえ、もうこんにちはですかね? 先日のスラリンピックの賞品の野菜詰め合わせを持ってきたんですけど」
「んっふ! ありがとうトールちゃん! じゃ、早速運んじゃおうかしら!」
「あ、重……いえ、何でも無いです」
僕の目の前で、ミランダさんは野菜の箱を片手でひとつずつ軽々と抱え込んでお店の中に運んでいった。手伝いますと言い出す暇すらなかったけど、そのまま帰る訳にもいかないので僕は手ぶらでミランダさんの後をついて行く。
「ここでいいわね。よいしょっと……うわぁ、やっぱりトールちゃんのところの採れたて野菜は艶が違うわね! これなら最高に美味しい料理になりそうよ」
「そう言っていただけると嬉しいです。ミランダさんの料理は本当に美味しいですからね」
「もうっ! トールちゃんったら! そんなおだてても何も出ないわよ? 精々料理が倍になるくらいね」
「出まくってるじゃないですか! 僕だと倍は食べきれないんで、半分はお持ち帰りでお願いします」
冗談を言い合って、お互い笑い合う。言えば本当にサービスしてくれるだろうけど、そうであるならえっちゃん達と一緒に来て、どうせならみんなでできたてを食べたい。普段から野菜のお裾分けをしているので、こういう時に変に遠慮しなくていい気楽な関係というのは本当に良いものだ。
「じゃ、その時はとびっきり美味しいのをご馳走しちゃうわね。どうするトールちゃん? 今はお店に余裕もあるし、少しお茶でも飲んでいく?」
「お茶……ですか」
「あら、嫌そうな顔ね? ワタシと一緒じゃ嫌かしら?」
「まさか! そんなことは絶対無いですけど」
「んっふ! それこそ冗談よ。トールちゃん、今まで回ってきたところで沢山お茶を飲んできたんでしょ?」
「うぇ!? そんなことわかるんですか?」
驚いて目を見開く僕に、ミランダさんはバチリと音のしそうなウィンクを決める。
「わかるわよ。これでも料理人ですもの。なら、それに良さそうなものを出してあげるわ。ちょっとそこに座って待っててね」
言われて、僕は厨房の隅の方にある小さなテーブルに着く。おそらくはまかないを食べたりする時に使う場所だろう。
「父さん。準備終わった……あれ? トールさん?」
「あ、どうも。お邪魔してます」
不意に店の方から女性……ではなく、女装した男性がやってきた。見た目はどう見ても女性なんだけど、声はハスキーながらもちゃんと聞くと普通に男性の声。ミランダさんの息子さんのアルフさんだ。
「あら、アルフも来たの? ならせっかくだからみんなでお茶にしましょうか」
そう言ってミランダさんが、テーブルの上に料理ののった皿をコトリと置いた。





