美味しいお手伝い
「ふぅ。それじゃ、そろそろ一息つこうか」
スラリンピックと一緒になった収穫祭が終われば、世間は一気に冬に向けて動き出す。様々な業種、家庭が冬支度を始めるなか、当然僕も冬支度を……始めてはいなかった。
「ねえマモル君。今どのくらい収穫できた?」
ぶるんぶるーん!
「そっか。まだ結構かかりそうだね」
今僕は、畑仕事に忙しい。何せスラリンピックで受賞した人に、うちで収穫した野菜の詰め合わせを送らないといけないからだ。単独参加の人が受賞していたなら問題無かったんだけど、今回は三人が二チームに二人が一チームの合計八人への進呈となるので、必要となる野菜の数も半端じゃない。
しかも、今年は開催時期が秋の終わりということもあり、本格的に冬になってしまうといかに僕達の畑とはいえ野菜は採れなくなってしまう。流石に今年の収穫祭の景品を来年にというのはマズいので、今僕達は急ピッチで野菜の育成と収穫を行っているのだ。
ぶるるーん!
「タモツ君……だよね。人手が足りない」
心配そうに震えるタモツ君に、僕もまた困りながら返す。野菜の育成そのものは、畑スライムのみんなが頑張ってくれれば何とかなる。でも問題は収穫の方だ。
スライム達は、野菜の収穫作業には向いていない。刃物を持ったりできないし、無理矢理ねじ切ったりすると幹の方を痛めてしまったり、野菜が傷ついたりしてしまう。自分で食べたりお裾分けに回す分には多少傷物でも問題無いけど、今回は景品ということでグリンさんに買い上げられた品物だから、それでは駄目だ。
なら人を雇うか? 冒険者相手に「野菜の収穫の手伝い」なんて依頼を出して来てくれる人がいるだろうか? そもそも作業に見合う金額で働いてくれる人がいるとは思えないし、かといって人が集まるほどお金を積んだら大赤字だし……いっそ近所の子供でも集めてみる? でもなぁ。
「おーい、魔王ー!」
小休止しながらも頭を悩ませていた僕の耳に、不意に不本意な……でも聞き慣れてしまった呼び声が聞こえてきた。
「あれ、ダンダン。久しぶりだね」
「久しぶりなのだ魔王! ダンダンは丸殻虫人の戦士だから、狩りとか色々忙しいのだ!」
「そっか。大変だねぇ。ごめん。今ちょっと僕も忙し……お?」
ピコーンと電灯が出現したかのように、僕の頭に閃きが来る。これはひょっとしていけるかな?
「ねえ、ダンダン。ちょっとお願いがあるんだけど、いいかい?」
「ん? 何だ? 魔王には色々お世話になってるから、ダンダンにできることなら聞くぞ?」
「実はね……」
「いくぞー! とりゃっ!」
スライムの上で大きく弾んだ丸殻虫人の人が、手にした刃物を振るってナスを実を綺麗に切り落とす。
「オーライ! よっと。はい、じゃ、これね」
ぶるーん!
それを下で受け取った他の丸殻虫人の人が、近くにいるスライムの頭に乗せた籠に丁寧に野菜を入れる。傷ひとつ無い完璧な収穫の完了だ。
「おぉ、見事な手際だね。助かったよダンダン」
「ふっふっふ。ダンダンは丸殻虫人の戦士! このくらいお安いご用なのだ!」
戦士が関係あるかはともかく、僕のお願いでダンダンが連れてきてくれた丸殻虫人の人達は、実に良い手際で次々と野菜を収穫してくれている。丸殻虫人は丸まってるとダンゴムシだけど、立ち上がれば甲殻のついた人間の形で手足もしっかり指が分かれているし、そもそも野菜や果物を採って食べていると聞いていたからもしかしたらと思ったんだけど、どうやら僕の想像以上に彼らは器用だったようだ。
「この様子ならあっという間だね。できればもう何日か頼んでもいい?」
「いいぞ! 最近はデカ人の家に行くと何故か小さな端切れが隅っこに置かれていることが多くて、集めるのが随分楽になったからな! そのくらいなら全然問題無いのだ!」
「そっか。ありがとうダンダン。他のみんなも、ありがとう」
僕がお礼を言うと、野菜の収穫をしている丸殻虫人の人達は手を振ってこたえてくれた。ただし側にいたので頭を撫でたダンダンだけは、その場でクルンと丸くなってしまった。
彼とは『威圧の絆』が繋がっているので、何となく気持ちがわかってしまう。どうやら照れているようだ。可愛い戦士の姿に、僕の頬も思わず緩む。
「手伝ってもらってるんだし、何かお礼を考えないとなぁ。お金は欲しくないだろうし、端切れも十分にあるみたいだから……何か美味しいものがいいかな?」
「ダンケ焼き! ダンダンはダンケ焼きがいいのだ!」
シュパッと丸まりから戻ったダンダンが、その場でピョンピョン飛び跳ねながらそう主張する。すると他の丸殻虫人の人達からも「それがいい」と声がかかり、どうやらお礼は決定した感じだ。
「了解。じゃ、ちょっと作ってくるね」
期待に満ちた目で見送られながら、僕は家に戻って料理を始める。と言っても、ダンケ焼きは特に難しい料理じゃ無い。小麦粉と卵と水を混ぜて生地を作り、皮を剥いてから荒く砕いたダンケの実をサッとから煎りし、そこにたっぷりと特製ヒマワリ油をひいて、作っておいた生地を流し込む。あとは表面がフツフツしたらひっくり返し、両面をこんがり焼き上げれば、ダンケ焼きの完成だ。
と言っても、これはあくまでプレーン生地。このまま食べても美味しいけれど、今回は更に一工夫。自家製トマトペーストを塗って更に上にチーズを載せてとろとろに溶かしたピザ風ダンケ焼きに、みたらし餡を塗って甘塩っぱくしたおやつ風ダンケ焼き、他にもいくつかのバリエーションを作ったならば、お皿に盛って家の外へと運び出した。
「ほーら、みんなできたよ! 一休みして、熱いうちに食べてね」
「うぉぉ、美味しそうなのだ! ダンダンが好きなトマチーもあるのだ!」
丸殻虫人の人達が食べやすいように小さく切り分けたダンケ焼きを、ダンダン達は競うように食べていく。多めに作ってあるので、勿論スライム達にもお裾分けだ。
「どう? 美味しい?」
ぷるんぷるーん!
早速やってきたさっちゃんにご馳走すれば、その体がきゅるんとねじれる。あーちゃんやでーやん、普段は癒やしの桜からあまり動かないサクラモリ君も楽しげな雰囲気に誘われてやってきたので分けてあげると、桜色の体がほんのり赤身を増してぺったんぺったんとその場で跳ねる。ダンケ焼きはお気に召していただけたようだ。
「はい、えっちゃんも」
ぷるるーん!
「やっぱりみんなで食べるダンケ焼きは最高に美味しいのだ!」
「だな。仕事の後だと更に美味いぜ!」
「こりゃ明日の仕事も楽しみだ!」
うんうん。丸殻虫人の人達にも好評だね。僕も一切れ……僕からするとかなり小さいけど……ひょいと摘まんで口に入れると、香ばしいダンケの実のコリッとした歯ごたえと、トマトの酸味に蕩けるチーズのコクが合わさって実に美味しい。
「ゆっくりでいいから、食べ終わったらまた仕事を手伝ってくれるかい?」
「勿論なのだ! ダンダンは丸殻虫人の戦士! 美味しいものを食べたらその分一生懸命働くのだ!」
「いや、戦士は関係ないだろ」
「そうだよ。僕は村人だけど、食べた分はしっかり働くよ?」
「な、ならダンダンはもっと働くのだ! うぉぉ、見てるのだ魔王! ダンダンは戦士に相応しい働きをするのだー!」
「ふふっ。うん。期待してるよダンダン」
猛烈な勢いでダンケ焼きを口に頬張り、誰よりも早く畑に走って行ったダンダンを笑顔で見送りながら、僕も指先をペロリと舐めて、収穫作業を再開するべく畑へと歩いて行くのだった。





