開始前のあれこれ
「遅いわよミャー! さっさと来なさい」
スライムレスリングが終わったことでできた大きな人の流れをかき分けつつベストスライムコンテストの会場へとたどり着くと、リタさんが大きく手を振ってこちらに声をかけてきた。
「ごめんリタ。ちょっと向こうで話し込んじゃって」
「全くアンタって娘は。まあ受付は私がやっておいたし、出番自体はまだまだ先だから別にいいわよ
「お、リタってば気が利くじゃない」
「ふふん。当然ね。さ、トールさんも先に受付だけは済ませておいた方がいいですよ。ギリギリだと混みますしね」
「あ、うむ。ではちょっと行ってくる」
リタさんに言われて、僕だけ一旦二人から別れ参加受付の方へと足を運ぶ。まあ受付と言っても参加登録自体は事前に済ませているので、これはちゃんと会場にいて準備できてますよという報告だけであり、簡単なものだ。名前を告げて手続きを終えさっきの場所へと戻ると、そこには見覚えのある人達が増えていた。
「あ、皆さん。こんにちは」
「おぅ、トール。さっきぶりだな」
「トールお兄ちゃん!」
トテテっと走ってきたミャリアちゃんが、僕の足にがしっと捕まると顔を上げてニッコリと笑いかけてきた。
「こんにちは、ミャリアちゃん」
「こんにちは、トールお兄ちゃん。トールお兄ちゃんもこれに出るの?」
「うん、そうだよ。ミャリアちゃんも出るんだよね?」
ミャルレントさんがそう話していたのを思い出し、それを改めて聞いてみると、ミャリアちゃんの尻尾が嬉しそうにファサファサと揺れた。
「そうなの! お友達とね! 女の子のスライム達とね! みんな一緒に出るんだよ!」
「おお、それは楽しみだなぁ。どんなことをするの?」
「知りたい?」
「うん。知りたいなぁ」
両手を腰の後ろで組んで、体を揺らしながら言うミャリアちゃんはとても可愛らしい。ガラルドさんじゃなくても、これはメロメロになって当然だろう。
「じゃあね、じゃあね。ちょっとしゃがんで?」
「ん? こうかい?」
腰を落とした僕の目に、ミャリアちゃんの両手の肉球がプニッと押し当てられた。
「んふふー。秘密なの! 楽しみにしててね、トールお兄ちゃん!」
「おっと、そうきたかいたずらっ子め。うん、楽しみにしてるからね」
両脇に手を入れて軽く抱き上げ手を離させてから、ミャリアちゃんの頭をワシワシと撫でる。気持ちよさそうに笑いながらヒゲを揺らすミャリアちゃんが愛おしくて、僕はそのまま頭を撫で続けて――
「おーぅ、トール! 俺のミャリアに随分となれなれし……イタッ!? な、何するんだよマイスイートハート!?」
「アナタが相も変わらず馬鹿なことばっかり言ってるからよ? こんにちはトール。お久しぶり……でもないわよね。貴方ちょくちょく家に来てるし」
「ははは。まあそこそこにお邪魔させてもらってますね。こんにちはです、ミャルトルテさん」
涙目のガラルドさんとその奥さんであり猫人族のミャルトルテさんに挨拶すると、ミャリアちゃんがお父さんであるガラルドさんの側に走って行く。その隣にはお兄さんであるファルス君もいて、一家勢揃いの様相だ。
「あらあらトール君じゃない! こんにちは! えっちゃん達も一緒ね。こんにちは!」
「どうもです、ミャルガリタさん」
ぷるぷるぷるるーん!
それと入れ違いに声をかけてきてくれたのは、ミャルレントさんのお母さんであるミャルガリタさんだ。相変わらずのテンションの高さも、お祭りという場にはピッタリに感じられる。その側にひっそりと立っているのは、お父さんのコリンさんだ。昔の僕ほどでは無いにしても、微妙な存在感の薄さにそこはかとない親近感を覚える。
「さっきのあれ、凄かったわ! 凄かったじゃない! トール君もえっちゃんも強いのねぇ。あれなら安心してレンを任せられるわ! お任せしちゃうわよ?」
「あはは、どうも……まあ僕が強いわけじゃないですけど」
「そんなことないわよ! 貴方達二人だから強かったの! だってガー君が一緒だった時とは全然違ったじゃない! 違ったでしょ? だからいいの。胸を張りなさい。二人とも、とっても素敵だったわよ」
言って、不意にミャルガリタさんがまずはえっちゃんを、次いで僕をその胸にギュッと抱き寄せた。甘い匂いと優しいぬくもりに、なんとも言えず胸が一杯になる。
「ありがとうございます、ミャルガリタさん」
「あらあら、お礼なら感謝の言葉より、アタシのことを『お義母さん』って呼んでくれた方が嬉しいわ! 嬉しいわよ?」
「それは、あの……善処させていただきます」
「ウフフ。楽しみにしてるわね?」
楽しげに笑うミャルガリタさんに、顔が熱くなるのを感じる。勿論それが嫌なんて事は無いし、ミャルレントさんをちょっと待たせてるかなという思いはあるんだけど、そこは僕なりのプランがあるというか……生涯で一度のことだけに、このこだわりだけはできる限り貫きたいと思っているので、もうしばらくは保留させていただきたい所存であります。
『会場の皆様にご連絡致します。ベストスライムコンテストに出場する方は、速やかに受付をすませ、控え室の方に移動を開始してください。繰り返します。ベストスライム――』
「おっと、そろそろ時間ね。ほら、行くわよミャー」
「うぅ、本当に行くのね。あ、アタシちょっとお腹が痛くなってきたような……」
「そんな子供みたいな事言ってるんじゃないわよ。仕事なんだから諦めなさい」
「うぅぅ、でもでも……あ、トールさん! 助け――ヴニャッ!?」
あ、ミャルレントさんのお尻をリタさんがひっぱたいた。あれ僕がやったら絶対セクハラで訴えられる奴だろうなぁ。いや、この世界にセクハラがあるかは知らないけど。
「リタ!? 乙女のお尻を何だと思ってるニャ!」
「乙女はこんな所でグダグダ言わないわよ。ほら、さっさと歩く。おばさま方、ミャーを借りていきますね」
「はいはーい! リタちゃんも頑張ってきてね! 何をやるのか結局教えてもらえなかったけど、楽しみにしてるから」
「何だ、言わなかったの?」
「あんなの言えるわけないじゃない! うぅ、帰りたい……」
「はいはい。じゃ行くわよ。おいでファーガスト」
ふるるーん!
そんなやりとりの果てに、ミャルレントさんはリタさんに引きずられるようにして控え室の方に消えていった……あんなに嫌がるとか、本気で何をやるんだろうか? 凄く気になるけど、まあそのうちやるんだからわかるだろう。
それに合わせてミャリアちゃんも、やってきたお友達と合流して控え室の方へと歩いて行く。あの組み合わせは……フフ。これは素晴らしいものになりそうだ。っと、そろそろ僕達も行かないとだな。
「それじゃ、そろそろ僕達も移動しますね」
「わかったわ。楽しみにしてるわね。してるからね!」
「まあ頑張れや。我が麗しのミャリアと、ミャルレントの次くらいには応援してやるよ」
「アナタは本当にもう……頑張ってねトール」
「トール兄ちゃん、今年も凄いことするのか!?」
「フフフ。それは見てのお楽しみさ。じゃ、行ってきます!」
ミャルガリタさん、ガラルドさん、ミャルトルテさん、ファルス君の全員の顔を見てから、僕達も控え室へと移動を始める。そこには既に準備万端のみんなの姿があり、全員がやる気に満ちた体を震わせている。
「さあ、まずは他の人達の演目を楽しんで、そして最後は、僕達全員で度肝を抜いてやろう! 頑張るぞ、オー!」
ぷるぷるぷるるーん!
『それでは、これよりベストスライムコンテストを開始します!』





