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【Web版】威圧感◎  作者: 日之浦 拓
本編(完結済)

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はずれた思惑

今回はマギィ視点です。

 コツ、コツ、コツと、硬質なペン先が木製の机を叩く音が静かな室内に響く。それは冒険者ギルドのギルドマスターたる自分が、深く考え事をする際の手癖のようなものだった。


 ふぅむ。どうしたもんだろうねぇ……


 コツ、コツ、コツと、メトロノームのように一定のリズムでくぐもった音が刻まれていく。そのリズムに沈み込むように徐々に思考が深くなり、代わりに音が遠く、視界が狭くなっていく。


 コツ、コツ、コツ、コツ……その音だけが部屋を満たし、眉間に刻まれたしわがいよいよもって深くなってきたところで、コツンと音のリズムが乱れた。瞬間、アタシの意識は現実へと舞い戻り、さっきまでとは違う意味で頭を抱える。


「あぁ、またやっちまったよ」


 執務机の一部に、小さなへこみが出来ている。同じ場所をペン先で打ち続けたばかりに、木製の机面がくぼんでしまったのだ。


 これが食卓や小物を置く机ならば、その程度は何の問題も無い。が、これは執務机。小さな傷やへこみであっても見逃せない。重要な書類にサインする際にそれにペン先をとられて書き損じたり、ましてや破ってしまったりすれば目も当てられないからだ。


 実際、こうして出来たいくつかの穴はおが屑をギュウギュウに詰めてからヤスリで削って整えている。それで机としての問題は無くなるが、ここは仮にもギルドの顔たる自分の部屋。そこにある机がみすぼらしい補修だらけというのは体面的に良くないため、これ以上補修跡が増えるようなら机ごと交換しなければと思っていた矢先のこれだ。まだ買い換えてそれ程経っていないというのに、完全に無駄な出費である。


「はぁ。これじゃあの娘達を笑えないねぇ」


 呟きながら視線を向けるのは、つい先ほどまで報告を受けていた受付嬢と、その護衛に雇った獣人のパーティからの報告をまとめた書類だ。そこにある「未知の神を祭ったと思われる石像にお供え物をしたら、女神が降臨して願いを叶えてくれた」というあまりにもあまりな報告にはいっそ仕事を辞めて隠居でもしようかと本気で悩んだところだが、とりあえず今重要なのはそこでは無い。


 通常の魔物に襲われた以外の、襲撃のような痕跡は一切なし。


 それが。それこそがアタシの頭を悩ませる。思わずチラリと視線を向けるのは、厳重に鍵のかけられた引き出し。その中身は、百獣王国からの問い合わせの手紙だ。


 届いたのは時期をずらして二通。その内容はいずれも襲撃犯を見つけたか否かの問い合わせで、そのどちらにもアタシは「鋭意捜査中。もうしばらく待たれたし」と返事をしている。


 アタシの勘違いだったのかねぇ? だとしたら本当に耄碌したものだけど……


 向こう十年遡っても、町中で魔物が暴れた事件は三件しかない。そしてその三件全てが、この一年で起きている。


 一度目は、魔物の氾濫に乗じて。

 二度目は、獣王陛下の来訪を狙って。

 三度目は、国外の貴族の思惑によって。


 そしてその全てに、トールという人物が関わっていた。ガオール陛下やリチャードと話したとおり彼自身が事件を起こしたとは到底思えないが、かといってトールが完全に巻き込まれただけの人物だと考えるほど、自分はおめでたい頭はしていなかった。


 だからこそ、今回彼に「長期にわたって町の外に出る」仕事を依頼したのだ。実際にはその直前にも同じ程度の期間町から離れていたようだが、その際にはジェイクやイチタカといった腕利きの冒険者が同行している。あの二人が一緒に居て襲ってくるような相手であれば、とっくに尻尾を出していただろう。


 故に、今回は余所の町から適当な・・・実力の冒険者を雇った。一回目と二回目は獣人も関わっていたということで、あえて獣人のみで構成されたパーティを護衛につけ、そのうえで三つの事件どれにも一切何の関わりも持っていないリタを同行させた。近隣の資源調査そのものは普通に必要な調査ではあったが、それでも今回の依頼の本質は「トールを襲いやすい状況を整えることで、相手の尻尾を掴む」ことであった。


 それは危険な賭けだ。余所の町の冒険者に思うところなど何も無いし、口は悪いが仲間思いの受付嬢のことも、娘のように可愛がっている。そんな相手に何も告げず、命すら危険にさらすような行為。それがわかっていても尚、そうせざるを得なかった。


 ギルドマスターの地位は、決して軽いものではない。時には冷酷な判断をしてでも優先しなければならないことがあり、今こそがまさにその時だと思っているからだ。


 何故だ? 何故尻尾を出さない? 奴らは一体何を考えている?


 領主リチャードによる捜査は勿論、アタシ自身が子飼いの冒険者にした調査依頼でも、一連の事件の犯人は如何なる目星もついていない。これは極めて異例であり、異常なことだ。


 犯人が見つからないということは、どんどん深くまで調査が進んでいくということだ。それで一番困るのは事件を起こした犯罪組織であり、だからこそこの手の事件ではある程度できっちり「犯人」が見つかるようになっている。勿論それは見え見えのトカゲの尻尾だが、同時にお互いにとっての妥協点でもある。犯罪組織の根絶などという金も人員も時間もかかることを本気では望まない役人側と、最終的には軍を相手に事を構えることになるなんて馬鹿なことをする気のない犯罪組織との暗黙の了解。


 だが、今回はそれが無い。何処まで調べても尻尾が無い。どうしようも無くてそのまま調査を続けているが、たかだか一地方の衛兵程度では真っ暗闇の中で敵の本体なんて見つけられるはずも無く、ずるずると時間だけが過ぎていっているのが現状だ。


 まずい。まずいねぇ。早く何とかしないと……


 ガオール陛下の意向により、先日の襲撃は「無かったこと」になっている。そのおかげで王都の軍に町を荒らされる心配こそ無いが、逆に言えば町の外から人手を借りることも出来なくなっている。そう言う事情を踏まえているからこそ陛下も待ってくださってはいるが、それも永遠では無いだろう。このまま行けば、いずれこの町に陛下の手の物が入ってくる可能性は高い。


 だが、それは嫌だ。つまらないこだわりと言われればそれまでだが、この町は自分が、自分とリチャードが長い時間をかけて守り、作り上げてきた物だ。たとえそれがどんな相手であれ、そこに横やりを入れられるのはいかにも不快であり、決して易々と容認できるようなものではない。


 そして、それはガオール陛下も同じ。自分の家族を傷つけられた怒りは、とてもでは無いが笑って水に流せるようなものではない。自分程度のところには情報は降りてきていないが、もし諸国王会議にて国王陛下と内々に話が通じていれば、最悪軍隊を率いてくることすらあるかも知れない。いくら何でもそこまではあり得ないとは思うが、見積もるならば常に最悪。でなければ足下をすくわれることになる。


 せめてあの国外の貴族が確保できていれば……


 何度繰り返したかわからない後悔の念。だが、貴族自身が死亡している状況で従者だけを町に留め置くことなどできない。そんなことをしたらその貴族の死にこの町の人間が関わっていると喧伝しているようなものだ。ましてや相手が上級貴族ともなれば、それこそ宣戦布告のきっかけにすらなり得る。そんな危ない橋を独断で渡れば、結果がどうであっても自分の首は宙を舞うことになっていただろう。


「まったく、世の中面倒くさいことばっかりだよ。誰か代わってくれないかねぇ」


 ぼやきながら、すっかり冷めてしまったお茶を一口飲む。


 代わりなどいない。代わってくれる人などいるはずがない。そして何よりこの町を、この町の人々を愛すればこそ、投げ出すことなど出来るはずも無い。


「ふっ。あの時の告白の通り、チャー坊が侯爵にでもなってくれてたらもっと楽だったろうにねぇ」


 頭によぎるのは、若い頃の思い出。幼さの残る少年が、「オレは将来もっと出世して伯爵……いや、侯爵になる! だからオレと結婚しろ!」と真っ赤な顔で宣言してきた、在りし日の幻想。既に世を知る大人だった自分はそれを笑い飛ばしたし、事実時の流れで現実を知った二人の袂は分かたれたが、それでも尚離れることのなかった友人には、その時の面影がしっかりと残っている。


「んっ、うーん! 仕方ないねぇ。もうひと頑張りするとしようかね」


 両手を挙げて大きく背筋を伸ばしたら、アタシは気を取り直して書類の束に意識を戻した。時間も手段も限られている。でも、出来ることを出来るだけやるしか無い。それで駄目なら――


「ふふっ。アタシの首の塩漬けで何とかしてくれりゃいいんだけどねぇ」


 物騒なことを口にしながらも、その口からは何故か小さな笑みがこぼれていた。

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