森の恵み
その後、本日最後の調査スポットでの作業も無事に終わり、そのまま一旦森を出て近くの平原にて野営することになった。明日以降はどうしても保存食が増えてくるので今日くらいはとみんなの期待が集まる中、僕の提供したダンシングラディッシュのトマト煮は大好評だった。
なお、その際約束通りリタさんには僕の分を半分ほど奪われ……ゲフン。進呈することになった。まさか初日から食べることになるとは思わなかった保存食の味は、いつもより少しだけしょっぱかった気がする。まあ猛烈に喜んでくれてたからいいけどさ。
その日は当然その場で野宿。今回は荷物になるうえに森の中では使えないため天幕の類いは持ってきていないということで、全員が外套に包まってその辺で雑魚寝という形になった。異性が手の届くような距離で寝ているという嬉し恥ずかしなシチュエーションではあるけど、護衛の契約でここにいるファロム達が交代で不寝番をしている状況で何かあろうはずもない。実際リタさんは全く気にする様子も無くすぐに僕の側で寝入ってしまった。
それでも聞こえてくる寝息にちょっとだけドキドキしないこともなかったけど、自分が思ったよりも心身共に疲れていたのか、横になって目を閉じれば何かを妄想する暇も無く、気づいた次の瞬間には朝になっていた。そのまま朝食やら朝の身支度やらをすませれば、あっという間に出発の時間だ。昨日通った獣道を、今日は更に奥までまっすぐに進んでいく。
「うーん。それにしても本当に魔物に出会わないニャー」
「フッ。そんなことは無いぞ? 少し前からチラチラと邪悪な影が見えているからな」
「ニャッ!?」
クロードのその言葉に、ファロムが焦った様子で周囲を見回す。つられて僕も一緒に周囲を見てみるけど、鬱蒼と生い茂る木々に阻まれ、何も見つけることが出来ない。
「お、おいクロ。ホントに魔物がいたニャ?」
「今はいないがな。少し前にゴブリンが三、その次はグレイウルフが二、後はレプルボアも見かけたな。ゴブリンとウルフはこちらを見てすぐに逃げていったので気にしなかったが、レプルボアはこっちに向かってくる様子があった。幸いにして他の餌を見つけたのか違う方向に走っていったが……本当に気づかなかったのか?」
「そ、そんなこと無いニャ!? オレサマが魔物の影に気づかないとか、そんなことあるわけが無いのニャ!」
「ファロム君……」
「うぅ、悪かったのニャ。でも、もうちょっと近づいてくればオレサマだって――」
「当たり前だ。前衛のお前が攻撃を受け止めてくれなかったら、俺達だけじゃ戦いようが無い」
「そうだよ! ファロム君が僕達の要なんだから、気合いを入れ直して頑張ろうよ!」
「そ、そうだニャ! オレサマがみんなをバッチリ守るから、安心して任せるのニャ!」
「流石ファロム君! 頼りになるね!」
「ニャハハー!」
ふむ。一連のやりとりを聞いた限りだと、やっぱり木々で視線が遮られる分『威圧感』の効果が発揮されづらくなっているんだろう。幸いにしてクロードが気づいてくれていたようなのでいきなり襲われたりはしなそうだけど、それでも僕も気をつけておいた方がいいだろうね。
「少し警戒度を上げた方が良さそうだな。リタさんは大丈夫か?」
「大丈夫ではありません」
リタさんから返ってきた予想外の答えに、僕は思わずそちらを振り向く。
「ど、どうしたのだ? 何か問題が?」
「レプルボアがこちらに来なかったというのは大問題です。仕留められれば今夜は美味しいモツが食べられたでしょうに……」
「……ああ。それはまあ、残念だったな」
うむ。リタさんは平常運転であった。
「ちなみに、そのレプルボアというのがこっちに来ていたら、倒せていたのか?」
「ん? ああ、アイツらは突進しかしてこないニャ。だからこういう入り組んだ場所ならむしろ倒しやすいニャ」
「そうだな。数匹集まって連携するような動きでも取られれば辛いが、レプルボアは基本単独行動だ。この地形なら不意を突かれでもしなければ問題無いだろう」
「でも、口に生えてる牙をまともに食らうと大怪我をしちゃいますから、油断したら駄目ですけどね。ボクの魔法じゃお腹に空いた大穴なんて塞げないですし」
「そうか……ならばまあ、美味い飯が手に入らなかったことより、危険を冒さずにすんだ幸運を喜ぶことにしよう」
「だニャ」
「……無念です」
隣から聞こえた小さな呟きは、気にしないことにしておく。まあリタさんがこんな態度であるからには、ファロム達なら十分にそのレプルボアとやらを倒せるってことだろう。そもそも彼らが怪我をしたり、あるいは死んだりして戦闘不能になれば、その後襲われるのは僕達なのだ。流石のリタさんも、命を賭けてまで美味しい物は狙わないだろう……そうであってくれると嬉しい。
そのまま歩き続けることしばし。結局今回も魔物に出会うことは無いまま……僕が気づかないだけで、ニアミスはしてるのかも知れないけど……本日最初の調査スポットへとたどり着いた。この辺に来ると見たことの無い草花やキノコなんかも生えていて、邪魔にならない程度にリタさんやポッチーに話を聞いたりして時間を潰す。
「あ、草イチゴが生えてる」
「む……いい色だが、食えるのか?」
「ふふ。食べてみますか?」
何やら意味深に笑うポッチーに、僕は真っ赤に熟した親指の爪ほどの大きさの実をひとつもぎ、兜の面当てを上げてそれを口に運ぶと……
「すっ!?」
「あはっ! どうです? 凄く酸っぱいでしょ?」
「ふぉぉぉ……これはクるな……」
「その味なんで、魔物も動物もほとんど食べないんです。でも食べ慣れると不思議と癖になる感じで……うーん、酸っぱい!」
ポッチーもまたその赤い実を口に入れると、つぶらな瞳をしょぼしょぼさせながらもその味を楽しんでいる。実際かなり酸味がきついけど、その奥にしっかり甘みもあって決して不味いわけじゃない。ふむ、これなら……
「ぬーん……」
「……あの、黒騎士さん? 何を?」
突然草イチゴの実を優しくつまみながら唸りだした僕の行動が理解できず、ポッチーが首をかしげている。が、今はあえてそれを無視し、今まで培ってきた経験と技術の粋を尽くして草イチゴを威圧していく。
そうして納得いくまで威圧できたと思えるものを、ひょいとつまんで再び口へ。
「うむ。これはなかなか……さ、ポッチーも食べてみるといい」
「え? ええ……えええっ!?」
最適な威圧の施された草イチゴを口にして、ポッチーから驚きの声があがる。
「な、何で!? 甘い? いや、酸っぱいけど、甘酸っぱい!? どうして!?」
「ポッチー? そんなに騒いでどうしたニャ?」
「何か問題が生じたのか?」
「美味しい物が出来たときに私に食べさせないのはあり得ないと思われますが」
ポッチーの声を聞きつけて集まってきた全員に威圧済みの草イチゴを振る舞うと、みんなの顔に笑顔が溢れる。
「ほほぅ。これはなかなか」
「甘い草イチゴなんて初めてニャ! 何か特別な種類とかなのかニャ?」
「フッ。俺の見た限りでは通常種と違いはなさそうだが……」
「黒騎士さんだよ! 黒騎士さんがこれを美味しくしちゃったんだよ! あの、あの、これどうやったんですか!?」
「それはまあ……秘密だな」
ここで『威圧感』のことを説明するわけにもいかないのでそう言ってニヤリと笑ってみると、ファロム達が羨望のまなざしを向けてくる。
「何だかわからないけど、黒騎士は凄いニャー」
「ホント、凄いです! 憧れちゃいます!」
「フッ。まさに神秘の騎士だな」
「とりあえずもう一個……すっぱ!?」
「ああ、さっき渡した奴以外は手を加えてないぞ?」
「…………早く言ってください」
こんな時でも無表情を貫いているのに、声だけで酸っぱさを表現するリタさんに思わず笑ってしまい、結局その後リタさんが満足するまで、僕はひたすら草イチゴを威圧する作業に追われるのだった。





