薔薇の妖精
旅行から帰宅して数日後。僕はミャルレントさんと一緒にミランダさんに「薔薇の妖精」亭へと呼び出されたいた。理由は勿論、新作料理のお披露目である。
「お魚……お魚の料理……」
「ふふ。楽しみですね、ミャルレントさん」
「あ!? は、はい。そうですね……」
ものすごく浮かれているミャルレントさんが可愛い。そんな浮かれている自分を見られて照れている姿も可愛いし、それでも尻尾はフリフリしてしまっているのが可愛い。つまりミャルレントさんは最高に可愛い。異論は認めない。
「いらっしゃーい! 良く来てくれたわねトールちゃん。ミャルレントちゃんも、いらっしゃい。ほら、入って入って!」
「お招きありがとうございます……あ、ジェイクさん達も来てるんですね」
ミランダさんに招き入れられた店内には、ジェイクさんとファルさんの姿があった。本来はお店を開けていない隙間時間なので、他のお客さんの姿は無い。
「おう、トールにミャルレントか。お前らも呼ばれたんだな」
「はい。ジェイクさん達もですよね?」
「そうよぉ! お酒を飲む人と飲まない人の両方の意見を聞きたかったの。と言うことでトールちゃん達はいつもの果実水とかだけど、いいのよね?」
「ええ。僕はそれで……ミャルレントさんもいいですか?」
「はい。大丈夫です」
ミャルレントさんはお酒を飲まない訳じゃ無いけど、特別好んで飲むわけでも無いらしい。いずれ二人でお酒を飲むのも良さそうだけど、とりあえず今日はノンアルコールだ。
「ハッハー! なら俺達は遠慮無く飲ませて貰うぜ」
「ジェイクったら……飲み過ぎちゃ駄目よ?」
「お前もな。俺はまだしも、トールやミャルレントを串刺しにしたら洒落にならねぇぞ?」
「し、しないわよそんなこと……お酒は控えめにするわ……」
「イチタカさんはどうしたんですか?」
しゅんとするファルさんを横目に、僕はジェイクさんに問う。
「ああ、アイツはちょっと遅れてくるとかでな。何か問題があったわけじゃねぇから、気にしなくていいぞ」
「せっかくだから、この前知り合った女の子を誘いたいとか……本当にイチタカはイチタカよねぇ」
「ははは……」
「相変わらず賑やかねぇ。さ、座って。すぐに料理を出すわね」
バチンと音のするようなウィンクをして、ミランダさんが店の奥へと戻っていく。すぐに戻ってきて席に着いた僕達の前に出されたのは、見た目はあの時とほとんど変わらないブイヤベースっぽい魚の煮込み鍋。が、一口食べると味の深みが全然違う。
「うみゃー……トールさん、これ凄く美味しいですよ!?」
「そうですね。川で食べたときも美味しかったけど、これは更に……」
あの時はこれ単体だとややくどい感じだったけど、今はこのスープ単体でも問題ない味になっている。つまり単品料理として完成させたということだろう。
「んっふ! どうかしら? あの時は持って行けなかった香辛料とかを色々使ってるから、大分味が引き締まったと思うんだけど」
「ああ、確かにな。こりゃ美味ぇや」
「本当に凄く美味しい! 見た目は真っ赤で辛そうなのに意外と優しい口当たりで、でもしっかり辛味があるのもいいわ」
「好評みたいで良かったわぁ!」
みんなからの大絶賛を受けて、ミランダさんが嬉しそうにお尻を振りながら厨房の方へと戻っていった。その後は焼きたてのフラムクッペを持ってきてくれて、勿論それに大きめな具材を乗せたりスープに浸したりして食べるのも最高だったし、その後に旅先では用意出来なかったと言っていたデザート……ゼリーというか寒天というか、そういう感じのプルプルした何かに果実が入ったもの……もさっぱりとして凄く美味しかった。流石に口の匂いを嗅いだりはしなかったけど、きっとこれを食べれば気にならなくなる奴なんだろう。
「あ、そうだミランダさん。ちょっと聞いてもいいですか?」
結局イチタカさんが来ないうちに全員が料理を食べ終わり、味の感想なんかを一通り話し終わってまったりとしてきたところで、僕はふと頭に浮かんだ疑問を聞いてみることにした。
「ワタシに? 何かしら? あ、料理の味の秘密は駄目よ?」
ニヤリと笑うミランダさんに、僕は思わず苦笑する。冒険者の能力を根掘り葉掘り聞かないのと同じで、料理人にそれを聞くのは御法度だ。まあ僕が聞いても再現できるとは思えないけど、勿論今聞きたいことはそれじゃない。
「いえ。この前の旅行の時、このお店を買ったって言ってたじゃないですか。ならこの『薔薇の妖精』って名前、ミランダさんが考えたんですよね? 何か由来とかあるのかなぁと思って」
お店を引き継いだというなら同じ名前を使うだろうけど、買ったというなら売りに出されていたということで、ならばこの名付けはミランダさんによるもののはずだ。となると何故この名前をつけたのか? それにちょっとだけ興味があったのだ。
「ああ、それ? そうねぇ……じゃ、ちょっと待ってて」
そう言うと、ミランダさんが再びお店の奥へと消えていき、戻ってきたときには一冊の本を持っていた。
「それって、絵本ですか?」
「そうよぉ。妻が……アリンダが好きだった『薔薇の妖精』ってお話。何年か前に古物市で見つけてね。奮発して買っちゃったの! 読んでみる?」
「はい、是非」
僕の隣でミャルレントさんとファルさんが「ミランダ(さん)って結婚してたの!?」と叫ぶのを聞き流しつつ、僕は絵本に目を落とす。そこにはこんなお話が書かれていた。
******
赤い薔薇は妖精の王子 真っ赤な髪は情熱の証。ツンツン緑の服を着て、今日も姫様に思いを告げる。
青い薔薇は妖精の姫 真っ青な髪は慈愛の証。ツンツン緑のドレスを纏い、今日も王子の告白をかわす。
ある日、王子が言いました。「姫よ、何故いつも私の告白をかわすんだい? 私はこんなにも姫のことが大好きなのに」
すると、姫が答えました。「王子様。それは私がお受けすると、抱き合う二人が怪我をしてしまうからです。大好きな王子様が怪我をするなど耐えられません」
姫の言葉に、王子は「そんなことか」と笑って答えると、腰の剣をすらりと引き抜き、ツンツンのトゲを次々とそぎ落としていきました。
「いけません、王子様! そんなことをしたら血が流れてしまいますわ!」
「構わないさ。私の流す血はこの赤い髪が隠してくれる。さあ、これで姫が怪我をすることはありません」
そう言って手を広げる王子様を見て、姫も「そういうことなら」とニッコリ笑うと、手にしたハサミでツンツンのトゲを次々と切り落としていきます。
「いけない姫よ! そんなことをしたら痛くてたまらないだろう?」
「構いませんわ。私の流す涙はこの青い髪に隠れてしまいますもの。さあ、これで王子様が怪我をすることもありませんわ」
互いを思い合う気持ちでトゲを落とした王子と姫は、二人で優しく抱き合い、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
******
「へぇ」
「どう? なかなかいい話でしょ?」
「はい。ありがとうございました」
僕が返した絵本を、ミランダさんが大事そうに胸に抱える。まるで僕がミャルレントさんを抱きしめるときのような、優しい手つきだ。
「ちなみに、ワタシが紫を服を着るのは、王子と姫を兼ねてるからなのよ?」
「えっ!? そうなんですか?」
「んっふ。冗談よ。ただのこじつけだわ」
笑って手を振りながら、ミランダさんが本を持って店の奥へと戻る。きっと大事にしまわれるのだろう。にしても……そうか。本当に後付けのこじつけなのか、それともやっぱりそれを気にしていたのかはわからないけど、どちらにしてもあの紫はミランダさんの気持ちを表しているんだろう。
死は二人を分かたない。今もミランダさんは、奥さんと一緒にいるのだ。あれ? でもそうすると息子さんは……?
「遅れて申し訳ないでござる!」
と、そこに輝くような笑顔を浮かべたイチタカさんがやってきた。その傍らにはまるでモデルさんみたいな背の高い女性が立っている。
「遅ぇぞイチタカ。もう食い終わっちまったぞ?」
「いやはや、本当に申し訳ないでござる。誘おうと思っていた御仁に、やんわりと断られた感じで……でござるが、意気消沈していた拙者の前にこちらのご婦人が現れ、この店に行きたいということで案内して来たのでござる! いやぁ、縁というのはわからないものでござるなぁ」
「ほぅ。そういうことか。やるじぇねぇかイチタカ」
「あれ? でもその人……んん?」
その女性を見て、ファルさんが首をひねる。鮮やかな紫色のドレスを纏った女性は、そんな僕達を見てニッコリと笑い――
「あら、アルフじゃない!」
「父さん!」
本をしまって戻ってきたミランダさんを見て、その女性……っぽい人が飛びつき、二人が熱い抱擁を交わす。
「え? え? な、何でござるか? 拙者、凄く嫌な予感がするのでござるが……」
「みんな、紹介するわ。この子はワタシの息子で、アルフレッドよ。ほら、アルフ。ご挨拶して」
「皆さん初めまして。ミランダの息子のアルフレッドです。これからここで暮らすことになりますので、どうか宜しくお願いします」
まるで貴族のような優雅なお辞儀をして、アルフさんが挨拶をする。確かに女性にしては肩幅が広いし、顔の彫りも深い感じだったけど……そうか。まあ、うん。ミランダさんの息子だもんね。
「待ってたわ、アルフ」
「おお、フローラ!」
むきゅるーん!
衝撃の事態に追い打ちをかけるように、店の奥から更にもう一人、今度は間違いなく女性な人がムッシュ君に先導されて出てきた。女性だと言い切ったのは、そのお腹がふっくら膨らんでいたからだ。
「紹介します。彼女は私の妻で、フローラです」
「フローラです。先日からこちらにお世話になっております。どうぞ宜しくお願い致します」
「フローラが身重で大変だから、それならしばらくこっちで一緒に暮らさないかって提案したのよ。新メニューの開発もその一環ね。んっふ。アルフも父親になるんだから、頑張ってね」
「はい! 父さんに負けないよう、私も立派な父親になってみせます!」
「頼りにしてるわ、アナタ……いえ、パパ」
「ぱ、パパ……任せてくれ! フローラも子供も、オレが最高に幸せにしてみせるさ!」
なし崩し的に幸せ一杯な空気を醸し出すミランダさん一家に、その場にいるほぼ全員が祝福を贈る。そしてただ一人、お店の入り口の辺りで黄昏れているイチタカさんを、僕はそっと背中を叩いて励ますのだった。





