見習い漁師 レベル1
「よっ! ほっ! ははっ、こりゃいいな」
「ふんっ! ふふ、正に入れ食いと言う奴でござるな」
僕の横から、楽しそうに魚を捕りまくるジェイクさんとイチタカさんの声が聞こえてくる。素手で魚をつかみ取るとか漫画の中だけの話だと思ってたけど、実際に出来るんだなぁ……いや、日本でもそんなイベントがあったかな? でもあれは逃げないように狭い場所を作って、そこに放流したのを掴むとかだったような……少なくとも魔物がいて魔法があるようなこの世界では、この程度のことは驚くには値しないんだろう。
そんな楽しそうな二人の横……正確には川の中心からやや左寄りの位置で、僕は一人ぼーっと突っ立っていた。別に何もしないわけではない。単に何も出来ないだけである。理由は今更言うまでも無く、僕の『威圧感』のせいだ。
僕が立っている場所の円周上を、まるで見えない岩でもあるかのように魚達はさけて泳いでいく。そのため僕の手の届くところには一匹だって泳いでは来ないし、逆に僕から離れようとする結果、川の右端側……ジェイクさん達が居るところに魚が集中し、その結果としてそちらでは常時フィーバータイムが発動しているのだ。
「あー、何て言うか、あれだ。悪いな」
「気にしないでください。役に立ててるだけでも十分ですから」
申し訳なさそうな顔をするジェイクさんに、僕は煤けた笑顔で答える。野営時の羽虫の件もそうだけど、今回の旅で最も何も出来ていない僕がきちんと役立てていると言うこと自体は嬉しいのだ。嬉しいけど……でもやっぱりこう、僕も魚を捕まえる側に回りたかったという思いは消えない。せっかくの夏の思い出が「川の中で立っていただけ」というのは流石に寂しすぎる。
「ふむ。ならこういうのはどうでござるか?」
不意に、イチタカさんがバチャバチャと大きな音を立てて足を踏みならし始めた。その音と振動に当然そちら側に集まっていた魚がイチタカさんから離れるように……つまりは僕の方へと逃げてくる。
「さあトール殿。捕まえてみるでござる」
「えっ、いきなり!? あっ、わっ、えっと……それっ!」
結構な勢いで何匹かの魚が向かってきて、慌ててそれを掴もうと僕は川の中に手を突っ込む。が、そんなことで簡単に捕まえられるほど魚たちの動きは単純では無く、右に左に曲がりながらスルリと僕の手を抜けて、結局こっちにやってきた全ての魚が悠々と下流へと逃げ延びていった。
「ぬぅ、それだけ行けば一匹くらいは捕まえられると思ったのでござるが……」
「ったく、相変わらずトロい奴だな。まあお前さんらしいが」
「も、もう一回! もう一回お願いします!」
「いいでござるよ。では行くでござる!」
再びイチタカさんがバチャンとやって、さっきよりは少ないものの三匹ほどの魚がこっちにやってきた。よし、今度こそ――
「トール! お前さんの動きじゃ魚の居る場所に手を突っ込んでも掴めねぇだろ。なら魚の動きを読んで、逃げる先に手を入れろ! 奴らは前にしか進めねぇんだからそれで捕まえられるはずだ」
「やってみます!」
確かに、ジェイクさん達の身体能力なら魚が逃げる前につかめるんだろうけど、僕にはとても無理だ。だからこそ動きを読んでその先に……動きを、読んで……読んで……
「ふんっ!」
「あぁ、惜しいでござる!」
「ちっ、まだまだ読みが甘いな」
またしても空を……いや、何も無い水中を切った僕の手を見て、二人が残念そうな声を出す。
いやだって、無理だろこれ。そりゃ魚は前にしか進まないだろうけど、前ってことは前方百八十度の何処かになら進めるわけで、しかもその速さは僕の腕の動きより速い。これを読んで掴めって言われても、正直全く出来る気がしない。
うーん。せめて魚がまっすぐこっちに来てくれれば……あ、そうだ!
「あの、もう一回! もう一回だけお願いします!」
「お、何か掴んだでござるか? じゃ、いくでござるよ……それっ!」
三度踏みならされた音に、今度は一匹だけ魚がこっちにやってくる。流石にバチャバチャやり過ぎたせいで、もうあんまり魚が残ってなかったんだろう。が、それはそれで好都合だ。これがラストチャンスであり、だからこそ僕は――全力を尽くす!
こっちに向かってくる魚は、今までと同じく右に左にゆらゆらと曲がろうとする。が、今度はそれを許さない。
「ふんっ!」
僕は魚の左右にある川底の石に、『残留威圧』を乗せた『収束威圧』を発動する。突如発生した左右からの『威圧感』に、魚の動きが直線になる。
そう。曲がられたら困るなら、曲がれないようにしてやればいいのだ。その後も小刻みに魚の左右に『残留威圧』を撒いていくことで、まるで見えない壁に挟まれたかのように一度も曲がること無く、速度すら変えずに魚がこっちにやってくる。でも、まだだ。たとえ直進しかしなくても、この速度は僕にとっては驚異。だからそれも――ここで止める!
「やっ!」
急速に近づいてきた魚の前方……僕の足下に向けて、ダメ押しの『収束威圧』を発動。ずっと立ったまま動かない僕は「川の中にある見えない岩」くらいの存在だっただろうけど、突然現れたそれはいきなり目の前に岩が現れたようなものだ。左右に加え前方まで塞がれて、ほんの一瞬だけど魚の動きが止まる。やっとの事で作り上げたそのチャンスを、僕は見逃さない。
「ここだっ!」
乾坤一擲。集中力の全てを込めて水中へと突き出した手が、ぬるりとした感触を掴む。それを放さないように、慎重にかつ大胆に川の中から引き抜けば――
「捕ったどー!」
「おお! やったでござるな!」
「ガッハッハ! やりゃできるじゃねぇか」
ビチビチと元気に跳ねる魚を逃がさないように必死に両手で掴みながら、天高く掲げる。二人からの賞賛の声を背に受けながら、僕は素早く川の端まで行って、岩で囲った簡易生け簀に捕った魚を放り込んだ。他の二人の場所と違ってその一匹しか泳いでいないけれど、だからこそそいつが「してやられたぜ」と言っているようで何とも胸が熱くなる。いや、この後焼いて食べるんだから絶対そんな気楽な感じではないだろうけど、そこはまあ気分という奴だ。
「あら、随分大量じゃない! これは腕の振るい甲斐があるわぁ」
「おうミランダ。トールのおかげで偉く楽に捕れたぜ」
「そうでござるな。拙者達だけでは、この半分くらいが精々だったでござろう」
「そうなの? トールちゃんったら凄いのねぇ」
「ええ、まあ。いや、それよりもほら! 僕も一匹! 一匹捕まえられたんですよ!」
「ウフフ。トールちゃんったら随分はしゃいでるのね。まるで小さな子供みたい」
「うぐっ……す、すいません。嬉しかったので、つい……」
「いいのよ。そう言う可愛い男の子、ワタシ大好きだもの。ならそのトールちゃんが捕った魚は、開いて塩焼きにしようかしら? 凝った料理も美味しいけど、新鮮な魚はそれが一番よね。きっと美味しいわよ?」
バチンとウィンクするミランダさんの言葉に、僕の口に唾液が溢れる。これはあれだ。何かもう絶対に美味しい奴だ。
「是非お願いします!」
「んっふ。いいわよー。ジェイク達もそれでいい?」
「おぅ。料理に関しちゃミランダに全部任せる。俺たちが作るよりよっぽど美味いものを食わせてくれるだろうしな」
「期待しているでござる」
「ありがと。じゃ、ワタシの分は沢山あるジェイクちゃんから分けて貰うとして、まずはみんなで塩焼きを食べましょうか」
「おー!」
三人で返事をして、それぞれが自分の捕った魚をミランダさんのところに持って行くと、近くにあった平たい石の上でミランダさんのナイフが踊り、見惚れてしまうほどの鮮やかな手つきにてあっという間に魚がさばかれていく。塩を振られ、ぐねぐねした感じで串を刺され、きちんと火起こしされている石かまどの側にそれを立てれば……テレビや漫画でよく見た、川辺のキャンプの定番である光景の完成だ。
「さ、後は焦らずじっくり焼くだけよ。焼き加減はワタシが見てるから、貴方達は手を洗ってきなさい」
「はい! じゃ、行ってきます!」
「おいおいトール。張り切りすぎて転ぶなよ?」
「はは。良いではござらぬかジェイク殿。さ、拙者達も行くでござる」
そんな声かけにちょっとだけ恥ずかしくなったけど、それでもこのワクワクする気持ちは抑えようが無い。即行で手を洗ったら、魚が焼けるのをじっくり見よう。ミランダさんから魚のさばき方を聞くのもいいかな? そしたら今度はえっちゃん達とみんなで来るんだ。美味しい魚をみんなで食べたい。
ああ、楽しいな。楽しいなぁ。
手を洗うために川をのぞき込めば、そこにはちょっと引くくらいに緩みきった、全開の笑顔を浮かべる自分の顔が写っていた。





