飛ばねぇ斬撃はただの通常攻撃だ
「真空っていうのは、空気が無い状態のことで……」
「空気が無い? それって水の中ってこと?」
「いや、そうじゃなくてですね。空中なのに空気が無いというか……」
「空気から空気が無くなるの?」
「それは……いや、それも間違ってないのか? 気体の存在しない空間と言うか……」
「期待が無いの? 凄く悲しい感じの場所とか?」
「その期待ではなくて……おぉぅ、どう説明すれば……」
改めてこの状況になってみると、真空を説明するのが凄く難しい。一体どうやって説明すれば……あっ!
「ほら! あれです! ピッタリと密閉した箱の中から、全ての空気を抜きだした状態! それが真空です!」
「箱から空気を……うーん。何となくわかる、かな?」
難しそうに眉根を寄せながらも、微妙な納得をファルさんが示してくれた。正直これ以上には説明する方法が思いつかないので、何とかニュアンスだけでも掴んでくれたら有り難い。
「で、その真空……空気が無い空間? があると、何で物が切れるの?」
「何でって……何で?」
ぷるるーん!
思わず足下に居たえっちゃんに視線を落とすと、「俺に聞かれても知らんがな」と震えている。それは別にいいんだけど……あれ? 真空だと何で切れるんだ?
風を操って真空の刃を作る、というのは少なくとも僕の中では定番の風系攻撃魔法のイメージだ。他には剣をシュバッと素早く振るうことで、その軌跡にある空気を切り裂いて真空の刃を作る、というのも良くある感じの必殺技だろう。
が、言われてみれば真空が真空のまま飛んでいくのはどうやってるんだろうか? と言うか、そもそも真空の場所が体に当たると何で切れるんだろうか? 今までずっと当たり前のようにそういうものだと思っていたけど、言われてみると理屈が全くわからない。
あれ? でも、剣を振るって真空を作るみたいなのはファンタジーでも、真空で切れること自体は科学的な理屈があるんだよね? それとも、そこから創作なのか? いやでもかまいたち現象とかは実際にあるんだよね? でも僕自身は勿論、実際に突然切り傷が出来た人なんて見たこと無いけど……あれれ?
「まさか……まさか全部ファンタジーだったのか!? 何てこった、真空の刃なんて存在しなかったのか……」
僕の中にあった斬撃を飛ばす数多のファンタジー剣士のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。そうか、飛ばせないのか……格好いいのに……
「えーっと、良くわからないけど、元気出してトール?」
「そうですよ。何だか全然わからないですけど、元気出してください先輩」
「ああ、うん。ありがとう二人とも……」
思わずガックリとその場に崩れ落ちてしまった僕に、二人が励ましの言葉をかけてくれた。大きな浪漫の一角に甚大なダメージを受けたけど、ここでいつまでもうなだれているわけにはいかない。本筋と全然関係ないダメージだしね。
「それで、えっと……ああ、決め手が無いって話よね。じゃあ、今はどうしてるの? この春から冒険者になったってことは、少なくともひと月くらいは活動してるのよね?」
「それは、その……じ、実はまだ採取とかばっかりで、戦闘は……」
ファルさんの問いに、シシルは言いづらそうに顔を伏せつつもそう答える。
「いや、でも、一回薬草採取をしてるときにゴブリンに出会ったことはあるのよ!? ただ、その、その時は怖くて逃げちゃったっていうか……」
「ああ。本当の意味で『初心者』なのね」
「な、何よ!? 悪い!? って、え……?」
ムキになって言い返そうとしたシシルの頭を、ファルさんが撫でる。その顔はとても懐かしそうで、その手はとても優しい。
「悪くなんてないわ。誰だって初めてはあるし、最初から強いわけじゃないもの。私だって、初めての狩りは怖かったわ……相手は魔物ではない普通のイノシシで、周囲に大人も沢山いたけど、それでも血を流しながら自分に向かってくる相手の殺意を目の当たりにして、凄く怖いと思ったもの。トールだって、そういうのあるでしょ?」
「僕ですか? そうですね……」
突然話を振られたけど、僕の場合きちんと戦闘として成り立っていたのはオークライオット戦だけだし、獲物を殺すことが出来たのは釣った魚だけだ。ひょっとしたら魚は僕に恨みを言っていたのかも知れないけど、流石にそれは感じたことが無い。
けどなぁ。流石にそれを正直に言うのはなぁ……
「フフッ。男の子だから忘れちゃうのかしら? まあトールは歴戦の勇士ですものね?」
「うっ、ま、まあそういうことで……」
流し目のファルさんが、パチリとウィンクをする。助かったけど、話を振ったのもファルさんだと考えれば……まあそれでシシルへの励ましになるならいいか。
「と言うことで、今のシシルに必要なのは火の魔法より実戦経験よ。一度近くの森辺りで戦ってみるのがいいと思うわ」
「で、でも!? アタシ一人じゃ魔物を倒せなくて……」
「そうね。だからとりあえず、私と一緒に行ってみましょう? 自分で言うのも何だけど、私ならこの辺の魔物程度ならどうとでもなるし。そうね……三日後くらいでどう?」
「えっ、あの……いいんですか? アタシ、そんなお金とか」
「フフッ。新人の育成にお金なんて取らないわよ。いや、ちゃんとした依頼だったら貰うこともあるけど、今回はまあ、私の趣味みたいなものだから。いいでしょ?」
「はい! 宜しくお願いします! ファル先輩!」
「先輩……っ!」
おお、ファルさんが感動に打ち震えておられる。ちょっと前に僕も通った道だから気持ちはわかるけど、でもファルさんは僕と違って本当に優秀な冒険者なんだから、先輩呼びくらい幾らでもされてると思ったけど……?
「将来有望そうな可愛い子に言われるのは、何回だっていいのよ! 何処かの誰かさんみたいに呼んでくれない人も多いしね」
言われてみれば、ファルさん以外にもジェイクさんにしろイチタカさんにしろ、先輩だと思って尊敬してるけど、先輩と呼んだことは無い。
「特に他意は無いですし、お望みなら僕もファル先輩って呼びましょうか?」
「嫌よ。今更そんな呼び方されたら、耳が痒くなっちゃうわ」
「あ、あの! ひとつお願いがあるんですが!」
冗談を言い合う僕とファルさんに、シシルが力の籠もった声で割り込んでくる。
「ん? 何?」
「あの……あーちゃん。あーちゃんを一緒に連れて行ったら駄目ですか?」
「あーちゃんを……?」
言われて、僕はファルさんに視線を向ける。
「トールがいいなら、私は平気よ? あーちゃんの動きならゴブリンやグレイウルフ程度なら十分逃げられるでしょうし」
ファルさんの答えに迷いは無い。実際町の近隣の弱い魔物程度なら、護衛対象が一人増えたくらいじゃどうってことないんだろう。
「あーちゃんはどう? シシルと一緒に行ってみるかい?」
ぷるぷるーん!
僕の問いかけに、あーちゃんは「フフフ。遂に俺の実力を見せるときだな……」と乗り気な震えをする。それを見て、不安そうだったシシルの顔がパッと輝く。が、すぐに神妙な顔になって、僕の方を伺う。
「トール先輩……」
「そんな顔しなくても、あーちゃん本人と引率のファルさんが良いと言ってるなら、勿論いいさ。二人で頑張ってくるといい」
「やったぁ! 頑張ろうねあーちゃん!」
ぷるぷるーん!
嬉しそうに震えるあーちゃんを抱きしめ、シシルがその場でクルクルと回り始める。こうしてこの世界に来て初の……スライム遺跡はノーカンってことで……本格的な魔物狩りの遠征が決定した。
僕抜きで。





