便利で美味しい! 簡単威圧クッキング
次の日、家にやってきた執事さんが、僕がお嬢様に手料理をご馳走する日が決まったと教えてくれた。昨日の今日でもう許可を取れたとか、お嬢様マジ凄いな。料理人さんはまあ雇い主の意向に強くは逆らえないだろうけど、当主さんはどうやって説得したんだろうか……いや、深くは追求すまい。女の子の秘密を探って、良い事なんて絶対無さそうだしね。
うーん。素材はともかく、料理なんて作り手の技術が如実に表れるものを貴族のお嬢様にご馳走して大丈夫なのかと心配だったけど、これだけ積極的に動いたってことは、お世辞とかじゃなく本当に楽しみにしてくれてるのかな? だったら、期待には応えたい。といっても、たかだか数日で調理技術があがるわけじゃないので、僕が勝負するのは勿論発想と『威圧感』だ。ちゃんと構想もあるし、お嬢様の方は依頼扱いにして貰ったので……表向きには料理人さんへの技術指導としておかないと、色々と問題があるしね……思わぬ臨時収入により、懐に余裕も出来た。さっそく思い描いた料理を作ってみて、味の確認と明日への仕込みを始めよう。
作る予定の料理はいくつかあるが、まず最初に手を着けるのは、サラダだ。まずは木のボウルの縁に沿ってレタスを敷き詰め、器とする。そこにダイスカットしたキュウリ、ダンシングラディッシュ、ニンジンをたっぷりと入れる。本当はアボカドが欲しかったけど、流石にそれは無かった。で、角切り野菜で器を半分ほど満たしたところで、スライスしたトマトを円形に敷き詰める。中央は空けておくのがポイントだ。
その後全体にキャッツオブシ……かつお節じゃないのは、多分材料が鰹じゃないからだろう……を敷き詰めて、ミャルレントさんの茶色い毛並みを表現。細長く切ったダンシングラディッシュを「髭」に見立てて左右に配置し、最後に空けておいた中央に、とろとろの温泉卵をセットすれば……「とろとろ温玉の猫髭サラダ」の完成だ。
このサラダのポイントは、見た目を除けば言うまでも無く「温泉卵」だ。『威圧感:野菜』に「鮮度を維持する」という一文があったのを思い出し、「威圧したらお湯の温度を保持できないだろうか?」と思ってやってみたら、結構いけるっぽいという事実が判明したことによってできあがった、まさに僕だけの珠玉の一品である。鼻の部分なので本当は黒くしたかったけど、何処かの観光地に黒い温泉卵があった、というぼんやりした知識だけで再現は不可能だったので、今回は諦めた。
ちなみに、『威圧感』による温度の保持は、あくまで保持……というか下がりにくくなるだけで、そこから温めることはできなかった。それが出来れば電子レンジ的な使い方ができたんだけど、流石にそこまで万能では無いらしい……ひょっとしたら成長したらできるようになるのかも知れないけどね。
さて、サラダは完成したので、次はメインだ。下ごしらえならぬ下威圧を済ませてあるステーキ用の肉と、3枚におろした魚を用意する。「素材」として用意するならこれが限界だったけど、今の僕は料理人。料理の過程があるのなら、ここからさらに手を加えられるのだ。
まずは肉。ステーキは叩くと美味しくなるというのが、僕の中にある知識だ。たぶん叩くことで筋というか繊維というか、そういう固い感じの物が潰れたりして柔らかくなるんだろう。なのでここで出番なのが『威圧の剣』である。固い筋の部分だけに威圧をかけ、剣の腹の部分で軽くペちぺち叩いてやる。すると、強烈な威圧の力で限界まで固くなっていた筋が剣の力を加えられたことでプチッと細切れになり、結果として固い筋が粉々になってくれるのだ。これにより、肉の内部はその全てが柔らかいという最高の状態になる。
そして、焼く前に更に一工夫。肉の周囲を薄皮一枚分だけ威圧することで、肉に固い鎧を纏わせる。それから焼くことによって、表面は固くぱりっとして内部の肉汁を一切漏らさず、それでいて中は柔らかいという絶品ステーキができあがるのだ。あ、勿論レアでも大丈夫なように、『威圧感:病魔』による処理は念入りに行っている。
魚の方も、基本は同じだ。と言っても魚の方は筋では無く小骨なので、威圧のかけ方と剣での叩き加減には注意が必要になる。こちらは完全に粉々にするより、少しだけ固さを残す方が良い。そうすると「口の中でプチプチはじける小骨」という世にも珍しい食感を産み出すことができる。表面の処理は皮の部分にだけ行い、パリッと香ばしい皮に、ふんわり優しい味の身と、その内部に残る不思議な食感の小骨という、これまた僕ならではの焼き魚の完成だ。
肉も野菜も、味付けは塩胡椒のみだ。意外なことに、ちょっとお高めだけど胡椒は普通に売っていた。お嬢様からの臨時収入があったので、味を引き締めるために急遽導入を決定したけど、やっぱりこれがあるとひと味違うよね。
レモンみたいなものを添えなかったのは、口の中の脂っこさは、一緒に出したサラダのダイスカット野菜を食べて口内をリフレッシュすることを前提としているからだ。好みの量を匙で掬って口に入れ、素材の味と多彩な食感を楽しみながら脂を洗い流し、再び肉と魚に戻るという夢の永久機関を生み出せないかと考えた結果であって、自分で食べてみてもかなり良い感じだったから、これはイケるだろう。
最後は、ドリンクとしてのミックスジュースだ。いくつかの野菜をすり潰し、丁寧に裏ごししたものに加水して、僅かに柑橘を入れてさっぱりさせたものとなった。加水したのは、100%だとちょっと濃すぎて重いと感じたからだね。そもそも生野菜はサラダでたっぷり食べてるから、ジュースは甘酸っぱくてサラッと飲めるのを重視したので、こんな感じになったのだ。
本当ならワインを用意したかったけど、ブドウを足で踏んで搾るくらいの知識しか無かったので、これも断念。ワイン自体は普通に売ってるから、お酒を造ってる人に聞けば教えてくれるかも知れないけど、流石にそっちまでは手が回らなかったのと、できれば可能な限り自家製に拘りたかったからね。
ということで、できあがった物を見てみると……サラダにステーキ、焼き魚にジュース……僕の心づくしではあるけど、何となく寂しい気はする。酒場とかだと、もっとドカッと豪快に焼いた肉とか炒め物とか、山盛りのジャガイモとかが出てくるからね。そう言うのと比較しちゃうとインパクトに欠ける感じだけど……いや、でも、味の方は負けてないと思うし、ここから見た目に走ったり、品数を増やすために適当な料理を追加する方が駄目な気がする。ここには無い隠し球もあるし、女性が普通に食事する量としては必要十分だよね。実際僕が食べたって、普通にお腹いっぱいになるし。
うん。大丈夫。ここまで来たら案ずるより産むが易しだ。あとは家具とか食器とかの方を頑張ろう。絹の光沢を出すのは無理でも、威圧クリーニングをすれば真っ白なテーブルクロスを用意することはできる。銀食器には及ばなくても、威圧で汚れや錆を落として磨き上げれば鉄製のステーキナイフだって光り輝く。お金があれば大抵の問題は問題になる前に解決できちゃうけど、お金が無く立って努力と創意工夫があればそれなりの場所には届く。そう、僕と『威圧感』ならね。
さあ、頑張っておもてなしの準備をするぞ! 明日は遂にデートだ!





