新しい可能性
「む? 体調を崩されたのか?」
お嬢様との面会から3日後。最早いつも通りとなった野菜を持ってやってきた僕に、執事さんがそう話してくれた。何でも、僕が帰った日の夜辺りから熱を出し、次の日1日は寝込んでいたらしい。今はもう目覚めて元気になっているとのことだけど、体調を崩す原因がどう考えても僕にしかなさそうなので、今日の面会は当然見合わせだ。ならスノウベルの鉢植えだけでもと思ったけど、それも断られた。
そっちも悪影響と判断されて処分されてしまったのかとションボリと肩を落とした僕を見て、執事さんが慌てて訂正する。曰く、お嬢様はせっかくならスノウベルが成長する様は全て自分の目で見たいので、次に会ったときにまたお願いしますとのこと。確かに、部屋から出して戻ってきたら大きくなっていた、より自分の目の前で成長してくれた方が楽しいよね。元々威圧で育てた花なので、よっぽど放置でもしなければ枯れたりはしないから、僕はそういうことならと、二つ返事で了承した。
ということで、その日は野菜を卸し、その他の肉や魚にもひと威圧加えて美味しくしてから帰宅。その後もまたいつもの日常として、ミャルレントのさんや冒険者ギルドのみんなに野菜や干物を差し入れしたり、気分転換にダンシングラディッシュを狩ってみたりして過ごして、次の卸し日。今度は大丈夫ということで、再びお嬢様と面会することになった。
「お久しぶりですトール様。おかわりはありませんか?」
「私の方は、特に何も。フルール様の方は、お体の調子はいかがですか?」
「少し熱を出してしまいましたけど、その後は何だか調子がいいんです。きっとトール様のお野菜を食べているからですね」
そう言って楽しげに笑うお嬢様は、やっぱり天使のようだ。心なしか前回に会った時より顔色が良い気がするので、その言葉も完全に社交辞令というわけでは無いのかも知れない。まあ、お嬢様の元気に一役買えているなら、僕としても嬉しい限りだ。その日は約束通りスノウベルを少しだけ育てて、その後は同じ轍を踏まないように、10分ほどで会話を打ち切って、夕食の仕込みの手伝いをして帰宅。そして3日後にまた訪れると……執事さんから、今度もお嬢様が熱を出して寝込んだと言われた。
うん。これはもう疑う余地もなく、僕のせい……と言うか、僕の『威圧感』のせいだよね。本人がいくら大丈夫って言ったとしても、やっぱり体の弱い人に威圧を受けさせるとか、どだい無理な話だったんだよ。きっともうお嬢様には会えないし、会わない方が良い。でもせめて、スノウベルの鉢植えだけは……そう思っていた僕に対して、執事さんが、とても意外な言葉を口にした。
「お嬢様が熱から冷める度、体調がほんの少し良くなっているようなのです。ひょっとしてトール様は、お嬢様を治療してくださっているのでしょうか?」
その言葉に僕は頭が真っ白になってしまって、「現段階では何も言えないが、少し考えを整理したい」と言って、その日は野菜を卸すだけで帰宅した。
家について、僕は考える。僕がお嬢様を治療した? そんなことがあり得るんだろうか?
僕の固有技能は『威圧感』だ。農業やら干物作りやらで随分と細かく制御できるようになってきたけど、あくまで特定の対処に対して、威圧を与える強弱を調整出来るようになった程度だ。つまり、何処まで行っても「威圧する」ことだけしかできてない。威圧以外の力どころか、「威圧しない」という選択肢すら選べない。それが今の僕の限界であって、そこから治療という行為に結びつく発想が思い浮かばない。
でも、結果としてお嬢様が健康になっているなら、つまり僕が「何か」を威圧した結果として、お嬢様が熱を出し、健康になったってことだ。なら、僕は何を威圧したんだろう? 何が威圧されれば、病気の人が健康になる?
病気と言われて、僕が真っ先に思いつくのは風邪だ。ずっと調子が悪いお嬢様が風邪だとは思えないけど、僕の中にある病気のイメージで浮かぶものと言えば、やっぱり風邪だ。「正確には風邪という病気は無い」とかどや顔で言ってる奴の顔も一緒に浮かんだけど、そっちは完全に無視だ。
では、風邪とは何か? ウィルスとか細菌とか、そう言う悪い感じの物が喉とかの患部にくっついて炎症を起こし、それを白血球が退治する。その際に熱が出て、熱はできれば下げない方がいい。全体的にふんわりしてるけど、概ね間違ってない感じだと思う。もうネットも何も無いから、調べようが無いけど。
とすると……ウィルスかな? 日本人の高校生だった僕には、それが病気の原因の1つとして存在することは、当然のこととして理解できている。「お嬢様の体にある悪いところ」みたいな威圧はできないけど、「お嬢様の体の中にいる悪いウィルス」なら多分威圧できる。肉眼では見えないほど小さいってだけで、物理的に存在する生命(?)だしね。
そして、部屋で話している時、僕は当然お嬢様に意識を向けていたし、「元気になるといいな」とずっと思っていた。つまり、体調不良の原因として「毒」とか「ウィルス」みたいな外的な要因が存在することを認識していて、「元気になって欲しい」という思いから、無意識に威圧していた? うーん。何かそんな気がする……ということは、これウィルスに対して明確に『収束威圧』でもかけたら、お嬢様の病気が治るんじゃないだろうか?
そうとわかれば、まずは相談だ。人の命がかかってることを、僕の独断で実行したりはできない。次の卸し日を待たずにお屋敷に行って、執事さんと連絡を取り、僕は当主さんも交えてお嬢様の病気治療に対する説明の機会を設けて貰えないかと頼んでみた。その後日程を調整して、5日後。僕は以前に当主さんに会った面会用の部屋ではなく、執務室の方に通された。当然、背後には警備の人や、執事さんも一緒だ。
僕は、治療の内容を語る。と言っても、それほど難しい話じゃない。お嬢様の体に巣くう病魔(ウィルスじゃ通じないからね)を、僕の力で弱らせることができる。そうするとお嬢様の体内で病魔と「健康になろうとする力」の戦闘が激しくなって、その際に発熱する。でも、それを乗り越えて「健康になろうとする力」が病魔を駆逐できたなら、お嬢様は元気な体になれる。という、ただそれだけのことだ。
「ふむ。娘の体が弱いのは、病魔と快復力のせめぎ合いの結果、拮抗もしくは病魔の方が勝っているからで、病魔の力を弱めれば戦いに勝利し、健康になれる、か……どう思う?」
当主さんの言葉に、その横にいた初対面の人……お医者さんらしい……が、難しい顔をする。
「発想というか、着想そのものは問題ないと思われます。が、そもそも私には、病魔のみを弱らせる力というのが理解できませんので、何とも……
そもそも、回復魔法や回復薬で病を癒やせないのは、それらが「癒やす」ことしか出来ないからです。病に癒しを与えたら、症状が重くなるだけで改善することはありません。特定の病にのみ作用する特殊な毒を用いて病を治す、という手段があるというのは知っておりますが、それもまた副作用が大きいものがほとんどで、よほどの場合でなければ使われません。
そして、「殺す」とか「滅ぼす」の様な力を持つ魔法は、病などという目に見えないものに対してのみ作用させる、ということができません。ですので、私の提案は、ひとつです。
私に、その力を使ってみては貰えませんか?」
最初は軽く腰が引けていたお医者さんが、今は真っ直ぐに僕を見ている。うーん、これは『威圧感』の力を見せないわけにはいかないかな……





