素敵な固有技能の使い方
「む? 私がお嬢様と……か?」
それからさらに暫しの後。結局何が変わるでもなく粛々と美味しい野菜を届け、肉や魚の品質を上げ続ける日々の中で、不意に執事の人から「お嬢様が会いたがっている」という話を持ちかけられた。が、当然すぐに頷くことはできない。病弱なお嬢様にうっかり会って威圧しちゃうとか、バッドコミュニケーションどころか一発アウトで首が飛ぶ(物理)な未来しか見えてこない。
「勿論、旦那様のご許可は頂いておりますし、動けないお嬢様の自室での面会となりますので、私やお世話係、その他警備の者も同場しての、些か物々しいものとなってはしまうのですが……」
それなりの付き合いになり、僕の人柄や「威圧を止められない」という事情を理解してくれている執事さんが、申し訳なさそうな顔でそう言うけど、正直僕としては、その方がよっぽどありがたい。信頼されて二人っきりとかにされて、そのままお嬢様に体調を崩されたりしたら(以下略
「そういうことであれば、私としては会うのは構わないが……それなら、もしお嬢様の体調が崩れるようだったら、問答無用で私を部屋から連れ出すことを確約して貰うぞ?」
僕の言葉に、執事さんが微妙な笑顔になる。「それをトール様ご自身が要求される人柄が、旦那様方の琴線に触れたのでしょう」なんて言われたけど、それは流石に買いかぶりだ。お嬢様のことが心配なのは間違いないけど、やっぱり根底にあるのは、何かあったらヤバイっていう自己保身だと思うしね。
とりあえず、面会は明日ということになったので、僕は早めに町に帰された。病気の人の所に行くなら清潔は心がけたいし、何か手土産とかもあった方がいいかも知れない。そう言う準備は、日が落ちてからじゃ難しいことも多いからだ。
うーん。服は『威圧の服』だからいいとして、靴は明日の朝、野菜の収穫が終わったら少し念入りに泥を落とすことにしよう。本当はお風呂に入れればいいけど、それは無理だからなぁ。せめて全身綺麗に拭き上げよう。成り上がり系な話だと石鹸とか自作してることが多かったから、たぶん自作できるんだろうけど、肝心の作り方が全然わからない……そもそも、「わからないことはネットで検索。一瞬で解答が出る」のが当たり前だったから、僕の中にある知識って、驚くほど上辺ばっかりで中身が無いことが多いんだよな。こんなことなら、真面目に異世界転生に役立つ基礎知識を学んでおくんだった……マヨネーズが卵で出来てるとか、石鹸に油を使うとかは覚えてるけど、そこから試行錯誤はちょっと遠いよね……
あとは、手土産か。採れたて野菜は……どうなんだろう? 医者いらずとまで言われたトマトは是非とも差し入れたいけど、毒味が必須だったら食べ物は辞めた方がいいだろうし……とすると、女の子ならやっぱり花かな? でも、花屋ってのは見たことないんだよな。まあ、この世界でお金を出して花を買う人が、お店が成立するほど日常的に存在するとは思えないから当然か……ミャルレントさんに相談する? でもなぁ……別にやましいことをしているわけじゃないんだけど、何となく他の女の子にプレゼントする花を見繕って欲しい、と頼むのはなぁ……
「ということで、何か良い花は無いだろうか?」
「相変わらず突然な人ですね……」
こういう時に頼れるのは、やっぱりレンデルさんだろう。商業ギルドのマスターともなれば、お貴族様とも交流があるかも知れないし、プレゼントの知識というなら、おそらく一番間違いが無い。
「そうですね。ハイアット家のご令嬢であれば、なかなかピッタリな花はありますが……咲いている場所はここから遠いですし、そもそも時期が違います。一応種ならありますが。そこで……」
「種があるならそれでいい。幾らだ?」
レンデルさんの言葉を切って、僕はそう問いかける。何か他のものを進めてくれるつもりだったっぽいけど、ピッタリな花があるならそれを選ばない理由は無い。
「あの……種ですよ? 冬の花ですから、今蒔いても咲くのは半年以上先ですが……ああ、先を見ておられるのであれば、勿論種はお売りします。ですが、明日のお見舞いには……」
「いや、種があるなら問題ない。それだけで十分だ」
「……一応確認しますが、種をそのままお贈りするのは、流石に失礼……とまでは言いませんが、あまり喜ばれないと思いますよ? 特に珍しいという物でも無いですし」
「問題ない。確実とは言えないが、解決する手段はあるからな」
色々と念を押されつつも、それを押し切った僕を見て、いつもは感情を表に出さないようにしているっぽいレンデルさんの顔が、珍しくゆがむ。うん、まっとうな反応だ。せっかく親切にしてくれたのを無視するようで、正直ちょっと心が痛む。でも、僕が思いついた、僕だけができる解決法が、一番喜ばれる気がするんだから仕方ない。
その後種を持ってきてくれたレンデルさんに、花の名前やら何やらを説明して貰い、お礼を言ってお金を払うと、僕はすぐさま自宅に帰った。勿論、途中で植木鉢を買うのも忘れない。庭に直接植えるのは心配な、ちょっと貴重な薬草とかを育てるのに需要があるくらいなので、土を焼いただけっぽいのに割と高かったけど、お金は十分に持ち合わせがあるので余裕だ。お貴族様の仕事の報酬は、やっぱり凄いね。
家に着くと、さっそく畑から威圧済みの土を植木鉢に移し、種を植えて『収束威圧』を全力で使う。数時間かけて、土から小さな芽が顔を覗かせた。花一輪くらいならいけるだろうと踏んでやってみたけど、成功して良かった……
このまま徹夜で朝まで威圧し続ければ、おそらく花が咲くだろうけど、そこまではしない。あえてここで止めておくことが、今回のポイントなのだ。
最も困難で不安だったミッションを終えたので、後は特に心配することはない。いつも通りに畑を威圧し、身ぎれいにしてその日は就寝。次の日の朝は、ちょっと気合いを入れて美味しいトマトを収穫した後、いつもと違ってもう一度体を拭いたり靴を綺麗にしたりして、準備万端となった辺りで、執事さんが迎えに来てくれた。今日はいつもの野菜を卸す日とは違うので手荷物は少なく、僕一人でも屋敷に向かうことはできたんだけど、時間の指定や門での手続きなんかの関係上、迎えに来た方がむしろ楽だということだったので、そうして貰ったのだ。
今日は荷馬車は無いので、執事さんと連れだって歩く。当然手持ちの鉢植えに気づかれ、色々と聞かれることになった。「プレゼントだから秘密です」なんてのは当然通じない。変な物渡されたら困るだろうしね。僕がこの花の事や、今回のプレゼントのコンセプトなんかを説明したら、執事さんも「それは大変良いアイディアだと思います」と太鼓判を押してくれたので、知らずに失礼な物を贈って失敗する、というフラグも無事回避。あとはお嬢様本人に渡すだけだ。そこで「好みじゃありません」とか言われたらへこむけど……それはまあ、その時だ。
いつも通りの執事さんの案内で屋敷の庭に入り、いつもと違って入念に靴の泥や服の汚れを落とし、僕のほうからの発言で、かなり気合いを入れて両手を洗って……執事さんと警備の人に付き添われ、僕は今、扉の前。執事さんのノックと「トール様をお連れしました」の言葉に、「どうぞ」という……お嬢様と呼ばれるにしては、何かこう、年季の入った感じの声が返ってくる。
あれ? と思う僕の目の前で、ガチャリと扉が開き……そこにいたのは、青空をその身に纏う、白と金の天使だった。





