タイムリミット・ツーカー
「あ、ジェイクさんにファルさん。どうしたんですか?」
「どうしたって、そりゃこっちの台詞だろ。どうしたんだこりゃ?」
「飛んでる!? えっちゃん飛んでるわよ!?」
「どうしたと言われると、ちょっと局地的な吹雪が吹き荒れたというか……」
「局地的な吹雪ねぇ……で、わざわざ俺に伝えてくれたそいつはもう収まったのか?」
「ええ。何とか無事に乗り越えられました」
「ねえ、えっちゃんが飛んでるのよ!? いえ、落ちてる? 回りながら落ちてるわ!」
「無事に、か。それはお前さんの望むとおりの結果が得られたってことでいいのか?」
「そうですね。概ね平和的な解決が出来たのでは無いかと……あ、ひょっとして心配して来てくれたんですか?」
「落ちてる! それに回ってる! 何で? 落ちてるのはわかるけど、何でわざわざクルクル回ってるの? あの回転にはどんな意味があるの!?」
「だーっ! うるせぇよファル! 少し黙れ!」
ハイテンションでえっちゃんにツッコミ続けるファルさんにしびれを切らして、遂にジェイクさんが強めの声で怒鳴る。が、当のファルさんはそんなこと何処吹く風だ。全くひるむこと無く、むしろジェイクさんにグイッと顔を近づけていく。
「何よジェイク! スライムよ!? スライムが飛んでるとか、謎現象にもほどがあるじゃない! 何か羽が生えてるし、あとクルクル回ってるし!」
おぉう、無自覚だろうけど容赦ないな……伝わってくるえっちゃんの羞恥心が、そろそろ限界に近い。まあ幸いにして地上もまた近かったので、僕はジェイクさんとファルさんが話している間にそっと落下地点へと行くと、ふんわり落ちてきたえっちゃんをそっと腕の中に抱き留めた。
「お疲れ様えっちゃん。空を飛ぶのはどうだった?」
ぷるるーん!
僕の腕にすっぽり収まったえっちゃんが、「二度と飛ばない」とちょっとむくれて震える。体のプニり具合がやや固めなので、どうやらなかなかにお冠のようだ。
と、そこで僕の頬を冷たい風が吹き抜けていった。うーん、これは喜んでいるのか、それとも笑っちゃったから怒っているのか……どっちだろう?
「うひょっ!?」
迷う僕の首筋に、冷たい雪が落ちてくる。正解はご機嫌斜めの方だったか。
「はは。ごめんごめん。楽しそうなユキちゃんを想像して、僕も楽しくなっちゃったんだよ。というか、実際の所何で回ってたの?」
ぷるるーん
まだちょっとむくれているえっちゃんが、それでも律儀に僕の言葉を伝えてくれると、腕の中にいるえっちゃんの頭の上で、小さな白いつむじ風が巻き起こる。
「んー? あ、そうか。こういう感じでしか風が起こせないのか!」
言われてみれば、ユキちゃんは雪の精霊であって、風の精霊じゃない。なので、風を吹かせる方向性に自由度があまり無いのではないだろうか? 確かに本人を中心として渦巻かせるとか、直線的に吹き飛ばすとかは吹雪的にもありがちな風の流れだけど、下から上に垂直に吹き上げる風というのは難易度が高そうだ。
その辺の細かい予想はともかく、操れる風の方向に制限があるというのは当たっていたのだろう。鼻の頭に雪の粒が落ちてくる。今までの流れからして、これは了承とか納得とか、要は肯定の合図だ。
「もう! ジェイクったらもう! で、トール! 今のはどういうことなの? トールったら、精霊使いになっちゃったの?」
「へ? 精霊使いですか?」
苦笑するジェイクさんを背に、頬を膨らませてズンズン大股歩きで迫ってきたファルさんに、僕は思わず間抜けな声で返答してしまう。
「だって、今のは精霊魔法でしょ? 暴れてた雪の精霊をトールが鎮めて契約したんじゃないの?」
「ああ。いえ、鎮めたというかなだめたというか、そういう感じの事はしましたけど、契約とかはしてないですよ? 今のはみんなで遊んでただけですし」
「遊ぶ? 精霊と!? どうやって?」
「どうって……何かえっちゃんの上が気に入ったみたいでそこにいるんですけど、えっちゃんを介すと話が出来るんで、それで仲良くなって遊んでるというか……」
僕の説明を聞いて、ファルさんがちょっとお茶の間ではお見せ出来ないような顔になる。綺麗に整ったエルフの顔がここまで歪むとか……え、何で?
「……あのねトール。精霊って、普段はこの世界にはいなくて、こことは薄皮一枚隔てた別の世界……私達が便宜上『精霊界』と呼んでいる場所に住んでるの。で、私達精霊使いは、言葉の波を魔力の波に変換してその精霊界に届けることで精霊に呼びかけ、それを聞いて精霊はこっちに現れるの」
「はぁ、そうなんですか」
そう言えばフラウさんからは精霊が普段何処にいるかとかは聞いてなかった。あの説明だけだとその辺に漂ってそうな感じだったけど、そうか、違う世界にいるのか。まあその辺はテンプレ的なので、理解はし易いけど。
そんな納得をこっそりしている僕を見て、ファルさんが更に頭を抱える。
「解ってないようだから言うけど、精霊は呼ばれたとき……というか、正確には力を行使する時しかこの世界にいないっていうのが定説なの……定説だったの。なのに、今ここにいるの? しかも、精霊使いの基本にして奥義である精霊との意思疎通を、スライムを介して簡単に行えるとか…………いえ、まあいいわ」
下を向いて首を振っていたファルさんが、暫しの沈黙の後ちょっと投げやりな感じで話題を終わらせた。ぬぅ、そんなに驚くことだったのか……
「ねえ、その精霊との意思疎通って、私のプレルにも出来るようになるのかしら?」
「あー、やってみないとわからないですけど、おそらく無理だと思います。僕の眷属のなかでもえっちゃんしかできないですし、それもここ一週間くらいの間だけですから」
精霊との意思疎通は、あくまでフラウさんの力の残滓の影響でしかない。フラウさんが力を貸してくれればどの子でも出来るかも知れないけど、逆に言えば僕の力だけでは不可能なはずだ。
まあ、何となく意思が伝わる方は僕の自前の『威圧感』の影響っぽいから、ファルさんが呼び出した精霊を瞬間的に威圧してやれば……いや、無理か。話を聞く限りだと、用が終わったらすぐ帰っちゃうみたいだから、ユキちゃんのようにこっちに留まって話をする機会を作るのは厳しいだろう。
「それって、一週間過ぎたらどうなるの? トールが望めばまたお話出来るようになるの?」
「おい、ファル――」
「ごめんジェイク。冒険者の能力を深く聞くのはマナー違反だってわかってるけど、でもこれはとても大切なことだから……ね、教えてトール」
止めるジェイクさんを言葉で振り払い、僕に真っ直ぐな視線を向けてくるファルさんの顔は、とても真剣だ。まあ今までの話からすると精霊と直接意思疎通できるというのはかなり凄いことらしいので、精霊使いのファルさんが気にする気持ちはわかる。わかるんだけど……
「すいません。この一週間限定で、過ぎたら多分二度と話せないと思います」
残念ながら、期間限定の能力だ。ファルさんには申し訳ないけど、この力を他人に分けることも教えることも、維持することすら僕にはできない。
「そう。良かった……」
だというのに、何故かファルさんは凄くホッとした感じの顔をした。てっきりガッカリされるかと思っていた僕としては、何だかちょっと拍子抜けだ。
「あれ? それでいいんですか? 僕はてっきり……」
「いいのよ。あー、ほら! 伝わりすぎたら困ることってあるでしょ? トールだって、自分の頭の中がミャルレントに全部筒抜けになったりしたら困っちゃわない?」
「あー、それは凄く困りますね……」
うん。適切な距離というのは大切だ。以心伝心、ツーカーの仲というのも憧れるけど、何でも筒抜けになればいいってわけじゃないよね。プライバシーは大切にしていきたい。
「そういうことよ! さて、じゃあ期間限定っていうなら、私がその精霊とお話してみてもいいかしら?」
「僕はいいですけど、えっちゃん? ……あ、いいそうです」
僕とファルさんの問いかけに、えっちゃんとユキちゃんの両者から了承の返答が返ってくる。それを受けて、瞳を輝かせたファルさんがえっちゃんの前に歩み出てきた。





