暖かさ◎
「毛布ですか?」
結局の所、僕は恥を忍んでミャルレントさんに毛布を借りることにした。意地を張って体を壊したら馬鹿みたいだし、かといって他に頼れそうな人がいない。あ、一応レンデルさんには最初に聞いたけど、元々そんなに需要があるものでもない……よほど悪くならなければ買い換えないので、基本は受注生産らしい……ので気まぐれな貴族に売る用の在庫くらいしかないし、ギルド員に貸し出すものならあるけど、それを貸したり売ったりは無理だと言われたので納得して引き下がった。
そんなわけで冒険者ギルドで仕事を終えたミャルレントさんに声をかけ、思い切って頼んでみたというわけだ。
「ええ。何か毛布って注文しておかないと手に入らないみたいで、準備してなかったんです」
「ああ、そうですね。布地が大きい分作るのに手間も材料も入りますから、その分値段もそれなりになりますし、そのくせ買い換えはあまりされないですからね。冬の手仕事は基本的に売り先を決めてから作るものですから、今だともう来年の注文すら受けてないでしょう」
「そうなんですか? てことは、来年の冬も寒いのが確定なのか……」
ぬぅ、なんたる誤算。まさか毛布の入手がそんなに難しいとは思わなかった。と言うか難易度高すぎないか? 不慮の事故で破けちゃったりしたらどうしてるんだろう?
「あはは。そう言う場合は、普通は端布なんかを袋状に縫い合わせて藁を詰めるとか、お金があるならいっそ綿を詰めるというのもありですね」
「……ああ!」
言われてみればそうだ。何故僕は毛布に拘っていたんだろうか? 寒さを防げればいいんだから、適当に布を袋状に縫い合わせて、後は中に保温効果のありそうなものを詰めればそれでいいじゃないか! そもそも僕が今使ってる布団だって、ちょっとだけ端が破れたときに中を見てみたら、端布が一杯詰まっているだけだった。
夏は薄手のタオルケット、春と秋は布団で、冬場はそこに毛布をプラスという日本での常識に囚われすぎていて、当たり前のことに目が向いていなかった。目から鱗という言葉を今ほど実感したことは無い。
「そもそも毛布は作るのに凄く手間がかかりますからね。魔物や動物の毛を使って厚く織るのはかなり大変ですから、一度買えば10年でも20年でも買い換えはしません。ほつれて来たら補修して使いますから、金額的にも普通の家で予備があることは極めて稀だと思いますよ」
「すいません。自分で頼んでおいて何ですけど、完全に見識が足りませんでした。さっきの頼みは忘れて下さい」
そうか。毛布は高級品なのか。そりゃレンデルさんも貸してくれないよなぁ。あれギルドの規約的なことだとばっかり思ってたんだけど、単純に高いってのもあったのか。というか、じゃあリリンはどれだけの物を僕に贈ってくれようとしたんだろうか? リリンの罪の意識が想定していたより数段重い。きちんと断っておいた良かったと、心の底から安堵した。
「気にしないで下さい。もっとも、私達猫人族は毛布は使わないんで、頼まれてもお貸し出来ないんですけどね」
「あ、そうなんですか?」
「ええ。自分の毛皮があるのに、他の動物やら魔物やらの毛に身を包むというのは、どうにも抵抗があるので……」
「ああ、なるほど」
それは確かにありそうだ。猫人族のことはわからないけど、少なくとも日本の猫のように匂いで縄張りを主張するような生態があるなら、他の動物の匂いに包まれたりしたら、ストレスでとても安眠出来ないだろう。
「その……それでですね。毛布はお貸し出来ないですけど、トールさんがその、そういうのを気にしないのであればですね。お貸し出来る布団があるというか……」
「ん? 何でしょう?」
ミャルレントさんが、何故か下を向いてモジモジしている。ユラユラと揺れる尻尾も、何処か落ち着かない様子だ。
「あの……毛を。毛を詰めた布団があるんです。凄く軽くて暖かいんですけど、でもちょっと匂いがするというか……や、やっぱり駄目ですよね?」
「匂いですか? 実際に嗅いでみないとわからないですけど、よほどで無い限り大丈夫だと思いますけど?」
「か、嗅ぐ!? いえ、そうですよね。そりゃ嗅いじゃいますよね……ウニャー……」
うーん。ミャルレントさんがこんなに躊躇うとか、一体何の毛なんだろうか? 日本で毛の布団と言えば羽毛か羊毛くらいしか思い当たらないけど、ここはファンタジーな世界だしなぁ。
あ、でも、だからこそでっかいダチョウみたいなのとかがいるのかな? だとすれば確かにそれは軽くて暖かそうで、かつ微妙に臭そうだ。鳥は独特の匂いがするもんね。
「えっと、それじゃあ三日……五日……一週間! 一週間後くらいまでには用意しておきますから、取りに来て貰えますか?」
「一週間ですか? それは良いんですけど、用意するってわざわざ作ってくれるとかでしょうか? だったらそこまでして貰う訳には……」
「いえ! その、普段は使わないので……そう! 奥! 物置の奥の方に仕舞ってあるので、出すのに少し手間がかかるだけです! お貸しするなら日干しくらいはしたいですし、そう言う意味での時間が必要なだけなんで、全然大丈夫ですニャ!」
「そ、そうですか? それじゃ、まあ、お願いします」
何故か凄く必死な感じで進められたので、思わず勢いのまま応じてしまった。あんまり手間を取らせてしまうのは不本意なんだけど、ここまで言われたらやっぱりいいですと遠慮するのも返って悪い気がするしなぁ。
「あの、出すのに手間がかかるってことなら、僕も荷物整理を手伝いましょうか?」
「駄目です! えっと、駄目というか、駄目じゃなくて……その、ほら。私も女ですから、あんまり男性に見られたくない物もあるというか……」
「……あ、すいません」
そうだよね。女性の荷物の整理とか、男が絶対やったら駄目な奴だ。まあ結婚して十年とかたつと、平気でパンツを畳ませたりする感じになったりもするんだろうけど、それはそこに至るまでの過程があったうえでのことだろうし。
「えっと、じゃあお手数ですけどお願い出来ますか?」
「わかりました。最高の物を用意するので、楽しみにしていてくださいね!」
僕の言葉にとてもいい笑顔で了承してくれたミャルレントさんと別れて、その日はそのまま家に帰った。そして一週間後――
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます。これで冬も暖かく過ごせます」
お礼を言って受け取った布団は、とても軽くて暖かかった。布地がピンクなのがちょっと照れるけど、それはミャルレントさんの物なのだから普通であり、彼女が使っているのを想像すれば、可愛いと……
あれ? 猫人族は自分以外の毛に包まれるのは駄目なんだよね? ということは、この布団の中に入っている毛って……
「あの、ミャルレントさん? この布団の中身って――」
「じゃ、じゃあトールさん! それで暖かくして寝てくださいね! それじゃ、また後で!」
「おおぅ? あ、えっと、失礼しました!?」
多少強引に背中を押され、家から出されてしまった。天気は良いけど、借り物の布団を汚したり濡らしたりしたら困るので、寄り道せずに帰宅する。
家に帰って、暫し手にした布団を見つめる。夜どころかまだ昼前なんだけど、何となくベッドに横になって、借りてきたばかりの布団を被る。日本でちょっとだけ使ったことのある羽毛布団に比べればやや重いけど、今まで使っていた端布の詰まった布団に比べれば十分に軽く、そして格段に暖かい。
……ちょっとだけ、匂いを嗅いでみた。日向で寝ている猫のお腹に顔を突っ込んだような匂いがした。
うん。これなら今夜から実に快適に過ごせそうで……そして、眠れない夜が続きそうだ。





