当主様とご対面
「お、終わったのか? 見た目にゃあ変化が無いが……」
「私が持ってきた野菜だって、別に光ってたりするわけじゃないだろう?」
「ハッ、そりゃそうだ。なら、試してみるか」
そう言って、料理人さんが肉をほんの一切れ薄く切ると、塩だけ振って軽くあぶって口にする。臭み消しのハーブすら入れてない、本当にただの肉の味がわかる方法だ。
「……美味ぇ。何だこりゃ!? お前さん何やったんだ!?」
驚愕の表情を浮かべる料理人さんに、僕は「企業秘密だ」とニヤリと笑う。「キギョーが何だかわからんが、秘密はまあ、そうだろうな」としたり顔で納得した料理人さんが、腕をまくって目を輝かせる。ここまでが僕に出来る仕事で、ここからは彼の仕事だ。僕が最高の素材を用意したと理解したなら、彼の気合いの入り方は尋常では無いだろう。
ちなみに、以前考えてた「煮込み料理を威圧したら美味しくなるかも?」というのは、あくまで何もしてない素材を使った料理だったら、だ。既に限界まで威圧で美味しくしてあるものに、加熱や流動なんて変動要素が大量にある状況で更に威圧するとか、失敗するフラグしか見えない。なので、ここからは本当に僕の出番は無い。
ということで、僕がここにいても無意味に威圧してしまうだけだからとキッチンを出て行こうとしたら、料理人さんに止められた。曰く「お前さんがいると、何だか身も心も引き締まる感じがする」からだそうだ。うん、間違いなく『威圧感』のせいだよね。でもまあ、最初みたいに怯えるんじゃなく、そういう感じで『威圧感』を受けてくれるなら、それはそれでいいのかな? ということで、僕はその後も調理場に残り、彼が料理を作り上げていく様を、じっと見守り続けた。
その後、様子を見に来た執事さんに料理人さんが会心の笑みを浮かべて答えたり、見ず知らずの僕が関わっているということで、いつもより念入りに毒味の人が味見をしたらしく、その美味しさで涙を流して、すわ毒入りかと屋敷の警備の人に囲まれたりと紆余曲折あったりしたものの、夕食は無事に完成し、やがて食事の時間が終わって……
「旦那様も奥様も、そして何よりお嬢様も、非常に美味しかったと申しておりました」
執事さんのこの言葉に、料理人さんとガッチリ手を取り合って喜びを分かち合った。毒味を終えた時点で帰っても良かったんだけど、やっぱり最後まで確認したかったっていうか、生産者として「美味しかった」の一言は欲しかったんだよね。それが貰えたんだから、僕としてはこれで大満足だ。
「つきましては、旦那様が是非ともトール様にお会いして、話を伺いたいと仰っているのですが……」
執事さんの言葉に、思わず僕の動きが止まる。
「いや、光栄ではあるが……朝も話した通り、私がお会いするのは、難しいのではないか?」
「いえ、今回は旦那様からのお招きですし、トール様の事情も説明してございます。勿論、暴言を吐かれたり乱暴を働こうとすれば即刻切り捨てられるでしょうが、人としての礼節を守ってくだされば……そうですね、口調が崩れたとしても、敬う気持ちを忘れないこと、あとは握手などの直接接触を求めないことくらいを気遣っていただければ、問題ないかと」
執事さんの言葉からは、こちらに最大限配慮しているという感じがうかがえる。貴族的にはこのくらいが限界なんだろうし、僕としても、別にフレンドリーに肩を叩き合いたい訳じゃ無いので、それで問題ない。というか、貴族側としての可能な限りの譲歩をしてきたなら、これは断る方が駄目なんだろうなぁ……ちょっと気は重いけど、仕方が無いよね。まさか走って逃げる訳にもいかないし。
「わかった。そこまで言ってくださるなら、招待を受けよう。この服装で問題ないだろうか?」
「そうですね。その服はかなり上質な物と見受けられますし、靴の泥だけ落としていただければ、問題ないかと」
僕の格好を上から下まで見回して、執事さんから太鼓判を貰う。まあ、この服は固有技能で具現化してるものだから、ある意味神造物だしね。うーん、こうなると、やっぱり靴まで『威圧の服』で出せたらなぁと思っちゃう。次に固有技能が成長したら、そんな風にならないかな?
そんなことを考えつつ、執事さんの言うとおりに靴の泥を落として、身だしなみを整える。「農夫とは思えないほど清潔だ」と褒められたけど、土を掘り返すのは『威圧の鍬』だし、やってることもほぼ威圧だから、普通の農夫よりよっぽど土はいじってないからね。日本の習慣もあって、毎日体を拭いたりしてるし。ああ、そういうことを考えると、お風呂に入りたくなるなぁ……威圧でお湯が沸いたりしないかな? そりゃ無理だよなぁ……いや違う。そもそも農夫じゃないよ? 僕冒険者だよ? 森で釣りとかしてるし、紛う事なき冒険者だって! くすん……
何となく落ち込みつつ、すれ違う護衛の人を威圧しまくって怯えられたり凄い形相でにらまれたりしながら執事さんについて歩き、程なくして一際大きくて立派な扉の前にたどり着く。これがいわゆる謁見の間……それは王様とかだけだっけ? とにかく、面会の場所なんだろう。執事さんがノックして声をかけ、促されて中に入ると、そこには中肉中背な感じの、これと言って特徴も貫禄も無い感じのオッサンがいた。そのオーラのなさに軽く戸惑う僕に、執事さんが「こちらがハイアット家当主である、リチャード様です」と紹介してくれる。そう言われればそうなんだろうから、僕はその場に跪いて挨拶をする。
「お初にお目にかかります。冒険者のトールといいます」
「冒険者? 農夫ではないのか?」
ぐぅ……いや、育てた野菜を持ってきたんだし、装備はぱっと見布の服だけだし、畑にいる時間が一番長いけど……うん、反論の余地が無い……でも、一応冒険者だ。
「確かに野菜は育てておりますが、生活の基盤と出来るほどの量ではありません。私はあくまでも冒険者です」
「そうなのか……いや、これは失礼した。あれほど美味い野菜を育てるのであれば、と思ってな。あ、いや、肉の味も改善したのだったか? であれば、料理人なのか?」
「いえ、その……冒険者です……」
当主さんが、軽く困惑の表情を浮かべる。が、正直僕の方が困ってると思う。冒険者だけど、冒険してないのは自分が一番わかってるしね。
というか、この人普通に話してるけど、大丈夫なのかな? と思ってちょっと聞いてみたら、貴族間でのやりとりで慣れてるから、この程度は何でも無いらしい。上位貴族から遠回しにネチネチ嫌みを言われるのに比べれば、何の悪意も無いただの威圧なんて涼しい物なんだそうな。うわ、貴族すげぇ。どう見ても普通のオッサンなのに。そして貴族社会怖い。逆らえない相手に遠回しに嫌みとか超めんどくさい。もし万が一テンプレ展開をして爵位とか貰いそうになったら、絶対断ろう。腹の出た悪徳貴族に威張れることより、ぼけっと畑で作物育てられる環境の方が絶対貴重だよ。これは心に刻んでおこう。
その後も当たり障りの無い会話をいくらかして、「良ければまた来てくれないか?」と請われて、僕はそれを了承した。「料理が美味しかった」という感想と、「娘が喜んで食べた」ということだけは本当にそう思ったのだと感じられたからだ。貴族だけあって報酬も良かったし、何より自分が頑張ったことが食べた本人から認められるのは、格別に嬉しい。
貰える報酬がやや減額するのを承知で「依頼は冒険者ギルドを通して欲しい」というお願いだけして、僕はハイアット家を後にした。直接受けても別にいいんだけど、こうしておけば「冒険者としての」僕の評価があがるし、何かトラブルがあったときに、冒険者ギルドが助けてくれたりする。過度な期待は出来ないにしても、少しくらいは安心が欲しい。あとミャルレントさんに「お貴族様から指名依頼なんて凄い!」とか思われたい。それなりに稼げたら、デートとかにも誘えるかも知れないし……おお、未だかつて無いほどやる気が湧いてきた気がする。
よし、病弱なお嬢様のためにも、ミャルレントさんとのデートのためにも、お仕事頑張ろう!





