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【Web版】威圧感◎  作者: 日之浦 拓
本編(完結済)

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スライムヌクモリティ

 ジェイクさんの訪問……あるいは尋問……から数日。彼の言葉通り、それまではゆっくりだった冬の到来が、ここに来て急速に進みつつある。身を切るほどに冷たいと感じ始めた外の空気は『威圧の旅装』の微妙な保温機能ではとても防ぎきれなくて、僕は思わず寒さに身を震わせた。


「ふぅ。寒いね」


ぷるるーん!


 頭の上で、えっちゃんもまた「そうだな」とその身を震わせる。まあえっちゃんが震えてるのは寒いからじゃないんだけど。


 かじかむ手に息を吐きかけ、気休め程度に温めては『威圧の鍬』を振るって畑を耕す。その作業をしながらも、僕は先日のことを思い出していた。





「心当たりですか? そう言われても……」


 胸をドキドキさせつつも、僕は首を傾げてみせる。精霊が現れた原因というなら、あの箱だろうけど……でも、あの箱が何で僕の畑にあったのかとか、いつから中身が無かったのかとか、肝心な部分は全く知らないので答えようが無い。


 精霊が暴れている原因というなら、それは全く解らない。というか、むしろ僕が知りたい。だって、その精霊は僕を訪ねてくるはずなのだ。てっきりフレンドリーな感じで「ちょっと道に迷っちゃったー」みたいに来るんだとばっかり思っていたから、吹雪を撒き散らしながら訪ねてくるとか話が違う。何が原因でそうなったのかは、ジェイクさんより僕の方がよっぽど知りたいことだ。


 そして最後。精霊を倒したり封印したりする心当たりとなると……部屋の引き出しの隅に仕舞ってある『精霊箱』が思い当たる。でも、あれは改造済みであり、精霊が任意に出たり入ったりはできるけど、ジェイクさんの望む「封印」にはもう使えないはずだ。となれば「今この場で使える封印道具」としては役に立たない。


 ただ、それをジェイクさんが知っているかどうかはわからない。全部把握していて聞いているのか、予想程度で鎌をかけているのか、あるいは全然知らなくてただ僕が深読みしているだけか……どれにせよ、あの箱を見せることはできない。あの時のフラウさんの態度を鑑みれば、例えジェイクさんだろうと安易に見せるべきじゃない。


 となれば、僕にできるのはとぼけることだけだ。いや、正確には箱の事以外はとぼけるどころか本当に知らないんだけど、とにかくそう言う対応しかできない。

 そして、僕は役者でもなければ心臓に毛が生えていたりもしない。そこに僅かな動揺が現れるのは必然で……それ故に、ジェイクさんの僕を見る目が少しだけ鋭くなった。


「なあトール。このままあの精霊を放置すると、町や人に被害が出るかも知れない。それでも何も思い当たらないか?」


「被害ですか!? いや、でも……」


 町や人への被害。そう言われても、やっぱり僕は口ごもるしか無い。実際の所、話せることが無いのだ。


 フラウさんからは「放置しても問題ない」と言われている。これが単なる精霊研究家の人の話とかだったら別だけど、彼女は女神様だ。嘘は言わないだろうし、仮に僕が気に病むような被害が出るのであれば、のんびり待てなんて言わずに早くした方がいいと教えてくれただろう。


 それが無かったということは、つまり被害は出ないか、もしくは僕の努力で防げる類いのもののはずだ。だから、いたずらに精霊を刺激するとか、あるいは僕が完全に仕事を放棄してしまうとかしない限り、その暴れる精霊とやらで被害が出ることは無いと判断出来る。


 でも、それをジェイクさんに言えるかと言えば別だ。「知り合いの女神様に教えて貰ったから大丈夫」なんて説明で納得するわけないし、もし納得されたらむしろそっちの方が心配だ。そしてフラウさんを女神様だと証明することも出来ない。神の降臨を証明するなんて、暴れる精霊とは比較にならないくらい大事になるのが目に見えてるし、フラウさんも決してそんなことに協力はしないだろう。というか、無理にそんなことをしようとしたらきっと居なくなってしまう。それでフラウさんに会えなくなるのは、とてもとても寂しいことだ。


「……多分、大丈夫じゃないですか? 精霊って良くは知らないですけど、自然現象みたいなものなんですよね? だったら変に刺激したり深入りしたりしようとしなければ、そのうち収まるんじゃ無いでしょうか」


 故に、僕が言えることはそのくらいだ。無責任な気休めの台詞でもあるし、当たり障りの無い常識的な台詞でもある。でも、それ以上のことを言えるほどの力も知識も僕には無いのだから、正しくこれが今の精一杯の言葉でもある。


「……そうか。お前はそう思うんだな?」


「ええ。そうです。一般論で申し訳ないですけど」


 ジェイクさんが真っ直ぐに僕を見つめてくる。その迫力に思わず目を逸らしそうになるけど、そこは必死に我慢した。ただでさえ不審に思われてるのに、そんなことをしてこれ以上突っ込まれても、答えられることが本当に何も無いのだ。


 ああ、ラノベとかで「事情は説明できないが俺を信じてくれ!」とか言うキャラに、「いや、事情ぐらい説明したらいいじゃないか」といつも内心突っ込んでいたけど、あれはこういう心境だったのか……確かに何の情報も明かせてないのに、説明出来ることも何も無い。これは「いいから信じてくれ」と言うしか無いよなぁ……


「………………わかった。邪魔して悪かったな」


 長いような短いような沈黙の後、ジェイクさんの全身からフッと力が抜けて、そのままグッとお茶を一息に飲んだ。合わせて僕も飲んだけど、すっかりぬるくなってしまっていて、味はまだしもせっかくの香りが台無しだ。勿体ないことをしてしまった。


 去り際に「困ったことがあったら、何でも言ってこいよ?」とだけ残して、ジェイクさんはそのまま家から去って行った。その背中が少し寂しそうで何とも心が痛んだけども、だからといって追いすがることもできない。そのまま彼を見送って……





「はーっ! はーっ! ふぅ……寒いなぁ」


 そして今、ここに至る。それからジェイクさんには会っていない。まあ元々忙しい人だから、会いたいと思ってもタイミングが悪ければすぐには会えない人なんだけど、それでもやっぱり気になる。


 でも、じゃあ会ったらどうするのかと言われたら、それもまた困る。状況は何も変わってないし、情報も何も増えてない。仮に今目の前にジェイクさんが現れたとしても、あの日と同じ事を言うことしかできないのだから、それなら状況が動くまでは会わない方が良いんじゃないかとも思う。


ぷるるーん!


「ん? いいの? ありがとう……ああ、えっちゃんは温かいなぁ」


 頭の上からぷるりと促され、僕は両手をえっちゃんに添える。優しい温かさがじんわりと掌に広がって、心まで温かくなってくる。


「にしても、今でこれだけ寒いなら、もっとちゃんとした防寒対策をしないとかもね。また出費がかさむなぁ……」


 風邪に関しては『威圧感:病魔』があれば何とかなる気がするけど、単純に寒いことはどうしようもない。家の中ならまだ平気だけど、外で仕事をするとなると我慢するにも限界がある。この世界に来て初めての冬だけに、何処まで寒くなるのかの限界がわからないのだから、余裕を持った対策を取らないと、自分の家の畑で凍死とか笑えない冗談が現実になりかねない。


「って、どうしたのみんな!? お!? おおお!?」


 それまで畑でプルプルしていたスライム達が、何故か一斉に僕の周りに集まってきた。足先から首までを、大量のスライムが埋め尽くしていく。全く知らない人が見たら、世界初のスライムに襲われる人に見えるかも知れない。


「温めてくれるの? いや、温かいけど…………ああ、うん。そうだね。凄く温かいよ。みんなありがとう」


 僕とスライム達は眷属ともだちだ。だから、僕の心の些細な動きも伝わるのかも知れない。沢山の眷属ともだちが、僕を温めようとしてくれる……その気持ちが嬉しくて、僕はしばし、その温もりに身を委ねる。ああ、温泉に入ってるみたいだ……


「こんにちはー! って、師匠!?」


 懸念通りに誤解したリリンが血相を変えてこちらに走ってきたのは、それからほんの10分もしない後のことだった。

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