エルフの考察(後編)
今回もファルファリューシカ視点です。
「…………ああ、やっぱり無いわ。だって彼、精霊の存在に全然気づいてなかったもの」
精霊使いは精霊の存在を感じ取る。だから精霊使い同士なら精霊魔法の発動は予兆がわかるし、側で精霊が動いていれば最低でも何となくその動きを感じるくらいはする。
でも、トールにその様子は一切無い。精霊は彼を好きみたいだけど、彼は精霊に気づくことはない。それは一種のセンスであり、生まれながらの才能だ。後天的に鍛えて身につくものじゃないし、そもそも鍛える方法すらない。一応精霊が自分の意思で顕在すれば誰にでも見える状態にはなるけど、それを頼める時点で精霊とは意思疎通できているということになるから、つまりは無理ということだ。誰も居ないところに向かって頼み事をし続けるとか精霊視点でも怖いだろうから、トールが精霊使いになることはまずあり得ないだろう。
勝手に深読みして、勝手に相手を大きくして、勝手に脅威のように思ってしまった。トールはあんなに穏やかで優しくて、それでいてちょっと間抜けだったりエッチだったりする普通の男の子なのに。
「続けましょ。次はジェイクの番!」
「お、おう? 何だ急に?」
「いいから! ジェイクの番!」
つまらないことを考えちゃった頭の中を切り替えたくて、私は思わずちょっとだけ強い声を出してしまった。その様子に、ジェイクが「仕方ねぇなぁ」の方の顔をする。不本意だけど、確かに仕方ないので仕方ない。トールと……あとついでにジェイクにも、心の中で謝っておいた。口に出して謝ると、凄くニヤついた顔で頭を撫でてくるのでそれは絶対にしない。
「まあいいか……じゃあ、そうだな。トールがこの事件の黒幕で、町に害を為そうとしている可能性はあるか?」
「トールが黒幕……ぷっ」
「おい、笑うこたねぇだろ?」
「だって、トールが! あのトールが黒幕よ? 確かに真っ黒な服だけど、頭の上にスライムを乗せて、黒い外套をバッサバッサやりながら『フハハハー』とか笑ってるトールの姿を想像したら……ぷくくっ……」
面白い。面白すぎる。凄く無理した感じで偉そうにふんぞり返ったトールが、ミャルレントに見られて顔を真っ赤にする姿が頭に思い浮かぶ。駄目だ、面白い……ある意味凄く似合う……
「チッ。まあ俺だって本気でそんなことがあるとは思ってないがな。あの性格や今日までの行動が全部演技だったって言うなら話は別だが……そこまで俺の目が節穴だって言うなら、冒険者なんぞ今日で引退だ。その時は……実家に帰って畑でも耕すか?」
「あら、ジェイクに畑仕事なんて出来るの?」
額に汗して必死に鍬を振り下ろすジェイクの姿は……意外と様になってる気がする。けど、やっぱりジェイクに似合うのは冒険者だ。きっとお爺ちゃんになっても、ジェイクは剣を振るっている気がする。その横にはやっぱりお爺ちゃんになって、達人みたいな雰囲気になってるイチタカと、そして……
「畑仕事なぁ。トールに出来るなら、俺にも出来そうな気がするんだが……どうした?」
「ううん。何でもない」
一人だけ姿の変わらない自分を思い浮かべて、少しだけ寂しくなった。将来ジェイク達がどうしているかは解らないけど、私の姿が変わらないことだけは動かない事実だ。それは当然覚悟していたことだけど、たった数十年先の確定した未来であるそれには、時を追うごとに胸を揺すられる度合いが大きくなる気がする。
「と言うか、トールの畑はかなり特殊よ? ジェイクなら体は確かに丈夫でしょうけど、農業は知識や経験も大切だから、実際にやろうと思ったら何年もかけて勉強しないとね」
エルフの尺度だとあっという間だけど、基人族の尺度ならずっと先だ。だから私も今だけ「ずっと先」だと思い込むことにして、頭に沸いた思いを振り払うように畑の話題に乗っかった。勉強と聞いてジェイクが嫌そうな顔をしているけど、実際には冒険に出るときだって向かう先の事を調べたりするのだから、そんなに違いはないと思うんだけどなぁ。
「ガキの頃に親父の手伝いで色々聞いたが、そんなのすっかり忘れちまったからなぁ。まあ引退する気は無いからいいんだが。さて、じゃあ次で最後くらいだろ。ファル?」
「ああ、そうね。それじゃ……トールはこの先どうするのか?」
「ふーむ。明らかに関わりがあり、何かを隠してる……隠してるのは原因、手段、目的のどれだ? あるいは全部ってこともあるが……何もしないって可能性は無いな。となると、アイツは何をしたいんだ? 俺たちに頼れない理由は何だ?」
「私達に頼れない理由……知られると犯罪者になるとか? だから自分の力だけで、秘密裏に解決しようとしてる?」
「話としては無くは無いが、アイツはちゃんと自分の力を理解してるからな。そのうえで自力で解決出来ると判断してるんだったら、いっそ放置でも構わないんだが……」
確かに、何か失敗しちゃって精霊が暴走、知られたら怒られるから自力で解決、とできるなら、それはそれでいいと思う。私達としても、町や人に被害が出たら困るってだけで、別にトールを犯罪者にしたいわけじゃない。結果として被害無しで終わったなら、よほど悪質なことでもなければジェイクが拳骨を落として終わりにすることだってやぶさかじゃ無いのだ。
「とはいえ、何も解らない状況でそんな選択肢は選べないわな。他に考えられる理由……トールが精霊を捕らえたいとか、自分の手で殺したいと考えているとかか? 何らかの理由で森で暴れてる精霊に恨みがあったり、捕まえて一儲け企んでたり…………無さそうだなぁ」
自分で言っておきながら、ジェイクが疲れた顔で肩を落とした。精霊を恨むというのは、自然災害を恨むようなものだ。あり得ないとは言わないけど、正直不毛だとしか言い様がない。今までの様子からしても、トールがそんな妄執にとらわれていることは無いだろう。
精霊を捕まえたいというのは、更に論外だ。精霊を捕まえる手段自体はかつて存在していたけど、捕まえた精霊を使う方法は昔も今も存在しない。精々お金持ちに売りつけるくらいだけど……無いな。スライム達とあれだけ仲良くしているような人が、精霊を捕まえてお金持ちに売るなんて行為をするとは思えない。そんなつもりがあるなら、そもそもスライムをもっと高額で売りつけているはずだ。領主家のお嬢様にも気に入られていたんだから、貴族を相手にすれば大もうけ出来ただろう。
「うーん。じゃああとは、手段? 私達が精霊に対処するなら、討伐か封印になるけど……それを嫌った? つまり……精霊を助けたいと思ってる?」
ストンと、私の中に納得が落ちてきた。今まで長々と話してきたどんな理由よりも、その答えが自然に思える。トールの行動に理由を求めるなら、それこそが最も「トールらしい」答えだ。
「……あー、なるほど。そう言う観点があるのか……それは確かにあるかも知れん。トールの性格に一致するし、町や人に被害が出ないことを最優先にする俺たちの判断とは真っ向から対立する。それなら俺たちに頼らない理由にもなるし……だがそうなると、トールは精霊を助ける算段があるってことか? つまりそれが奴が俺に隠した秘密?」
普通に考えれば、一番肝心な部分が謎なこの結論は、とても受け入れられないものだ。でも、その謎もひっくるめた「トール」という人物の事を考えると、何だかうまく行きそうな気がする。少なくとも、私の目には視界の端でプルプル震えているだけだったスライムと友達になった人だ。彼なら見えない、感じない、それでも確かに存在している精霊と、友達になったりするかも知れない。
「そうかそうか。ならまあ、仕方ねぇな。俺たちは準備しつつ様子見か」
「準備って、何の?」
「決まってるだろ。トールが失敗したときには、誰かが尻拭いしなきゃならねぇ。そういうのに備えとくのこそ、俺たちみたいな先輩冒険者の役目だろ?」
ジェイクの顔が、ニヤリと笑った。困っているような、面倒くさそうな、でも実はちょっと嬉しそうな、そんないつものジェイクの顔だ。
「ふふっ。ジェイク何だか嬉しそう」
「んなこたぁねぇよ。ガキのおもりってのは、いつだって大変なもんさ」
そう言って肩をすくめるけど、顔はずっと笑ったままだ。少年のように輝いていて、父親のように力強い。私の一番好きなジェイクの顔だ。
「結局憶測を重ねただけで何の確証も無かったが、まあ悪くない結論が出た。これならいいだろう。おーい! 誰か! 酒を持ってきてくれ!」
鍵をはずして扉を開けると、ジェイクが大声で店員さんを呼んだ。お酒を飲むってことは、この話は終わりってことだ。確かにこれ以上話しても新たな事実が見つかるとは思えないし、それに……
「お酒ばっかりじゃ駄目よ? 店員さん。ナッツか何かと……あと、焼き菓子のお代わりをお願いします」
酔っ払ったジェイクを連れて行くのは、私の仕事だ。フフン。年上のお姉さんっぷりをタップリと見せつけてあげるんだから!





