女神プレゼンツ
「あの、フラウさん。それって……?」
名前から想像が付くけど、それでもその効果を確かめずにはいられない。期待に胸を高鳴らせる僕を見て、機嫌を直したフラウさんが青い玉を高々と掲げる。
「これは『経験値玉』と言って、使うと経験値が……トールさんの場合だと、魂の力が手に入っちゃうのです! 色んな世界、設定に合わせてちゃんと『使う人にとっての経験値』に自動変換してくれるという優れものなんですよー!」
「おお、それは凄いですね。じゃあそれを使えば……」
「これを使えばぁー…………」
食い入るように玉を見つめる僕に気をよくして、フラウさんが言葉に溜めを作る。
「トールさんのレベルがぁー…………」
更に溜める。僕が小さかった頃にやっていた正解し続けると1000万円貰えるクイズ並に溜められて、正直ちょっとウザい。
「ぐぅ、ウザい……な、なんとぉ! 2にあがるのですー!」
「おおおぉぉー!!!」
多分「何と」の部分でもう一回溜めようとしていたのを端折ったのだろう。ちょっとテンポを崩しながらも発表されたその効果に、僕は思わず歓声をあげた。
「凄い! レベルが2に上がるとか、凄いじゃないですか!」
「あ、あれ? えっと、トールさん?」
「凄いなぁ。レベル2とか、まさに夢の世界じゃないですか! 本当にこんな良い物貰ってもいいんですか?」
「あ、あのあの、レベル2ですよ? その辺でゴブリンを倒すだけで、小一時間もかからずに達成出来るんですよ?」
「でも、倒さなくてもこれを使えば上がるんでしょ? うわぁ、こんな凄い物がこの世界に存在してたのか。いや、それとも神様謹製のアイテムだから、普通には出回ってないのかな? この世界でレベルの概念なんて聞いたこと無いし」
「え? 本当にこれでいいんですか? 本当にですか?」
心の底から喜んでいる僕に、何故かフラウさんが何度も確認してくる。何をそんなに必死に……あ、ひょっとして……
「あの、これって実は貴重品なんですか? 実は見せてくれただけとか……」
「いえ、まあ貴重は貴重ですけど、ゲーム序盤で手に入る能力アップの種くらいの貴重さなので、欲しいと思っても手に入れる手段は無いですけど、使っちゃっても別にどうってこともないというか……いえ、そういうことではなく!」
ポスンとフラウさんが手を打ち合わせる。玉を握っているので、パチンとは鳴らない。
「本当にこれでいいんですか? 私が言うのも何ですけど、これかなりしょぼいですよ? 実際断られるのを見越して別の報酬も用意していたんですが……」
「えっと……一応その内容を聞いてみても?」
興味を示した僕の顔に、フラウさんが楽しそうに笑う。
「勿論です! 私がトールさんに用意した報酬は……こちらです! じゃじゃーん! 日本のお菓子詰め合わせセットー!」
さっきの玉が何処かに消えて、今度はいつの間にか彼女の手の中に大きなバスケットが現れる。その中に詰まっているのは、言葉通り馴染み深い日本のお菓子だ。ポテチにチョコに……ああ、何か見たことの無い奴もあるな。きっと僕が日本で死んでから新発売された物なんだろう。
「どうです? この世界では絶対に手に入らない、まさに女神たる私だからこそ用意できる至高の報酬ですよ? その辺で何度か剣を振り回せば稼げる程度の経験値とは比較にならないでしょ?」
「あー……経験値玉でお願いします」
ドサリと、フラウさんの手からバスケットが落ちる。その目は信じられないものを見るかの如く丸く見開かれ、その唇は小刻みに震えている。
「……え? あの、私の聞き間違えですか? 経験値玉の方が良いと聞こえたんですけど……」
「いえ、あってます。経験値玉でお願いします」
「り、理由を聞いても?」
「いや、だってお菓子を貰っても出所を説明できないなら僕とスライム達しか食べられないですし、それならレベルが上がった方がいいなって」
「で、でも、レベル2ですよ? 今からちょっと町の外まで出て戦ってきたら、遅くとも夕方までには、場合によってはお昼になる前になれるようなレベルですよ?」
「そうなんでしょうけど……ほら、僕『威圧感』があるじゃないですか。固有技能のレベルばっかりあがっちゃったせいで、僕が実力で倒せそうな魔物って、今はもう僕の視界にすら入ってきてくれないんですよ……」
「あぁ、そういう……」
途端にフラウさんの目が優しくなり、全身に漲っていた「こいつマジか?」みたいな気配が一瞬にして霧散する。まあ、うん。確かに普通に戦えるんだったら、経験値玉は選ばないってのはわかるけどね。もっとこう、メタルなアイツを倒したときみたいに稼げるならともかく、ゴブリン数匹分の経験値……魂の力なんて、子供のお駄賃レベルの報酬だ。
もっとも、その「子供のお駄賃」こそが僕が求めてやまないものでもあるんだけど。
「わかりました。じゃ、お仕事の報酬はこの経験値玉を差し上げます。お仕事が完了してからお渡しすることになりますけど、それで問題ないですか?」
「はい。大丈夫です」
報酬の先渡しをされてもし失敗したら責任が取れないし、フラウさんなら逃げられたり誤魔化されたりすることは無い。なら全部終わったあとですっきりレベルアップというのが、ゲーム的な感じでも納得だ。いや、これは現実だからゲームとは違うとわかってるんだけど、何かこう、経験値とかレベルアップとか言われると、思考がそっちの方に引っ張られるというか……少なくとも、死んでも生き返れるなんて馬鹿な勘違いだけはしないように気をつけよう。失う痛みは、もう沢山だ。
「では、精霊の捜索をお願いします。報酬からも解るとおり、ぶっちゃけ放っておいてもそのうち勝手に帰るでしょうからどうということもないんですけど、あまり長いこと担当地区を離れられると自然環境に影響が出ますからね」
「わかりました。じゃあ、どうやって探したら? 外見の情報とか……」
「そういうのはありません。どの子がいなくなったのかわかりませんし、そもそも探す必要もありません」
「…………捜索の仕事ですよね?」
思わず首を傾げる僕に、フラウさんの言葉が続く。
「そうなんですけど、何処にいるかわからない、どんな姿かも解らない相手なんて探しようが無いですからね。それに、トールさんの場合はごく微弱ですけど神威……『威圧感』を常に周囲に放っていますから、おそらく精霊の方から勝手に寄ってくると思います。なので、それっぽい感じの子に会ったら、お話しして連れてきて下さい。よっぽど敵意や悪意を向けない限りは襲ってきたりはしないでしょうし、私の所に来るのも嫌がったりしないなずなので、特に危険や手間も無いはずです」
「えっと……それだと、僕は普通に生活してればいいって感じですかね?」
「そんな感じです。なのであの報酬なわけなのですよー!」
そう言われたら納得だ。単にこの辺で迷ってるだけの精霊がいて、しかも相手がこっちを見つけて勝手にやってくるから、話をして連れてくるだけ……正しく子供でも出来る仕事だけど、かといって『威圧感』無しで自分で探そうとすれば手がかりがまるで無くて難易度が跳ね上がる。
「わかりました。それじゃ、その仕事お引き受けします」
僕が差し出した手を、フラウさんがふんわりと握ってくる。お互い笑顔で握手を交わして、「精霊捜索」は正式に僕の仕事となった。





