謎の箱
甲斐性が……甲斐性が欲しい。具体的には、好きな人を養う……とまではいかずとも、せめて支え合えるくらいの収入が欲しい。
甲斐性とは、何処に行けば手に入るんだろうか? 意外とお店に売ってたりするのかな? いやでも、甲斐性を買えるくらいの収入があるなら、それは「甲斐性がある」と言えるんじゃないだろうか? となれば、やっぱり甲斐性は買える? でも甲斐性を買えるだけの甲斐性が無いというか、甲斐性を手に入れるために必要な甲斐性を得るために甲斐性が必要で……
ぷるるーん!
「……はっ!? ああ、ごめんえっちゃん。ちょっとボーッとしてた」
一心不乱に鍬を振るいながら甲斐性という言葉をゲシュタルト崩壊させていた僕の頭で、えっちゃんがしっかりしろと震えてくれた。そうとも、今こうして鍬を振るうことこそが甲斐性を手に入れるための第一歩なんだから、しっかり集中して甲斐性を……いやもうそれはいいや。
とにかく、今僕は畑を耕している。理由は2つで、1つは当然赤棘草を植えるためだ。実験用に少しだけ植えたところでは上手くいったので、今はその範囲を少しずつ広げているところなのだ。
そしてもう1つの理由は、畑が穴だらけだからだ。何で穴だらけかと言えば、当然先日パッピー君がスライム達と遊んだからである。マモル君とタモツ君がしっかり見ていてくれたからか、穴があるのは今年最後の収穫を終えてどっちみち掘り返す予定だった場所だけなので問題は無いんだけど、そこを畑として使うには当然もう一度耕さないといけない。
と言うことで、考え事をしつつも体はしっかりと畑を耕していたんだけど……
「お?」
鍬の先に、何やら固い物がコツンと当たる。まあ、それ自体は別に珍しいことじゃない。地面に石が埋まってるなんて当たり前すぎるし、それが一端耕した畑の中だったとしても、パッピー君が掘り返して遊んだ時に混じったのだと考えれば不自然でも何でもない。サクサクと土を掘り出して、邪魔な石を取り出そうとして……
「おおお?」
果たして土の中に埋まっていたのは、石では無かった。勿論岩だったとか言う微妙なボケでもないし、ましてや骨とかでもない。
「板……じゃない。箱?」
傷を付けないように丁寧に地面から掘り出すと、それはサイドテーブルみたいに四つ足のついた、縦10センチ横20センチ、厚さ10センチ程の木製の箱だった。
箱の周囲や足の部分には精緻な彫刻が施され、見るからに高級品だ。しかも土の中に埋まっていたのに、傷どころか汚れすら無い。軽く手ではたいただけで土が落ちて光沢のある表面が現れ、水染みとか腐食とか、そういうものが一切無い。
明らかに、ただの箱じゃない。土の中に埋まっていたのに一切劣化してないとか、どう考えても魔法か何かの効果のはずだ。僕は畑のスライム達を呼び寄せ、一応これがパッピー君が埋めた物ではないかと聞いてみたけど、返ってきた答えは当然「そんなことはしていない」というものだった。まあそりゃそうだろう。こんな高そうな物を無断で埋めるとは思えない。
「ん? これ上が蓋になってるのか。留め金がここで……おぉぉ!?」
この手の箱を見つけたとき、とりあえず振って中身を確かめるというのがお約束だけど、僕はそんなことはしない。というか、中身がデリケートな物だったら振ったりしたら破損する可能性があるんだから、普通振らないと思うんだけど、何故みんな振るんだろうか?
そんな疑問を浮かべつつもそっと蓋を開いてみると、その中には部屋があった。正確には、部屋のミニチュアだ。椅子や机、ベッドにクローゼットと、人が一人快適にすごせるような家具が一式揃えられている。壊さないように指でそっと触ってみると、それらは固定されているわけじゃないらしく、ちゃんと移動する。
良かった、これ初手で振ってたら家具が全壊してたかも……
ホッと胸を撫で下ろしつつ、小さな机を指で摘まんで持ち上げてみる。が、最初は何の抵抗も無くヒョイと持ち上がったのに、箱から取り出そうとすると途端に強い抵抗を感じた。蓋は開いているのに、蓋がある部分に見えない天井があるかのようだ。無理矢理引っ張ると机を壊してしまいそうだったので、そっと元の位置に戻した。
「何だろうこれ? えっちゃん知ってる?」
ぷるるーん
聞いては見たけど、返ってきたのは予想通り「知らない。見たことも無い」という答え。まあ明らかにスライムに縁があるとは思えないアイテムなので、妥当なところではある。
うーん。可能性として考えられるのは、貴族とか王様が一時避難するような魔法の部屋とか? 特定の条件を満たすと小さくなって中に入れるとか……いや、でもこの作りだと、むしろそういう人達を監禁しておく場所とか? 大穴で僕がまだ知らないだけで、この箱に住めるようなミニチュアサイズの種族がいて、その人達の家とか……
色々と予想というか、妄想の類いは浮かぶけど、当然答えには繋がらない。解らないなら誰かに聞けばいいんだけど……
何となく。本当に何となくなんだけど、これを不特定多数の人に見せて聞くのは駄目な気がする。これが何処かの趣味人が作った単なる模型とかじゃなく、もっと大切なものではないかという思いが、そこはかとなく感じられる。
これが何なのか解らない。でもミャルレントさんとかに聞いてみるのは憚られる。となれば、情報を得られそうな相手はたった一人だ。その日はとりあえず予定していた畑での作業を終えて、そして次の日……
「……………………」
「あの、フラウさん?」
僕の目の前には、ほっぺたをパンパンに膨らませてそっぽを向く女神様がいた。
「…………キノコ」
「は?」
「みんなで、美味しいキノコを食べたそうですね?」
「キノコを食べた……この前の食事会のことですか? いや、でもあれはその場で決めたことですから……」
「そっちじゃありません! 冒険者ギルドの人達と、キノコの胞子を食べたでしょう!?」
「あ、ああ! ブルートファンガスの胞子を食べたときのことですね。それが何か?」
「何故私を誘ってくれなかったんですか?」
「へ? それはまあ、安全性が確認出来なかったから、自己責任で食べたい人だけって話だったんで……」
流石の僕も、神様相手に自己責任なんて言葉が通るとは思わない。次があったなら他の人達と一緒にご馳走した可能性はあるけど、あの場に呼ぼうとは思わなかった。フラウさんは冒険者とか全然関係ないしね。
「女神の私が、キノコ如きでどうにかなるわけないじゃないですか! ベニテングダケを食べたって、数日お腹を壊すだけですむんですよ!?」
「体壊してるじゃないですか!」
「知っていますか? 実はベニテングダケは致死性は非常に低くて、よっぽど大量に食べなければ死んだりしないんですよ?」
「なら尚更駄目でしょ! 毒キノコ効きまくりじゃないですか!」
「むぅー!」
目の前の女神様が、より一層頬を膨らませて不満を露わにする。この人に頼って大丈夫なんだろうか……? いや、今までだって散々お世話になってるし、ここぞって所では頼りになるし、間違いなく凄い神様のはずなんだけど……まあでも、他に頼れそうな人というか、神様はいない。まあ頼れる神様がいる時点で相当ではあるけど……
「それで? 美味しい物を独占したトールさんが、仲間はずれにされた可哀相な女神である私に何のご用ですかー?」
「うぐぅ……あの、こんな物を見つけたんですけど……」
あくまで顔はそっぽを向けたまま、視線だけこっちに送ってきたフラウさんを前に、僕は懐から例の箱を取り出す。
「……これを何処で見つけたんですか?」
瞬間。僕の体を威圧感が襲う。僕の借り物の『威圧感』じゃなく、本物の神威だ。これはどうやら、僕が思っていた以上にこの箱は重要な物らしい……





