お宅訪問
「おはようございますトール様」
次の日の朝。畑で作物の収穫作業をしていた僕に、昨日の執事さんが声をかけてきた。見れば、背後には若干顔色の悪い男の人と、荷馬車が一台。何となく貴族的な馬車をイメージしていた僕としてはちょっとびっくりしたけど、普通に考えたら、野菜を運ぶならそりゃ荷馬車だよね。日本にいるときは買い物だって普通に父さんの運転する車だったから、お金持ちが軽トラでやってきたみたいな微妙な気分になったけど、これが合理的なのは間違いない。父さんたち、元気かな……?
「おはようポーツマス殿。今収穫している最中なので、もう少し待って貰ってもいいかな? 昨日収穫しておいても良かったのだが、どうせなら少しでも新鮮な、採れたての物が良いかと思ったのでな」
「これはこれは、お心遣い感謝致します。何かお手伝いすることはございますか?」
「いや、大丈夫だ。大した量ではないし、そもそも私の側に近づくのは、彼が辛いだろう?」
僕の言葉に、執事さんは苦笑いを浮かべ、手伝いと思われる男の人は、あからさまにホッとした顔をした。野菜を収穫する時は『収束威圧』を使ってるから普段よりはマシだと思うけど、それでも慣れない人には辛いだろうしね。
僕は手早く、でも手を抜くことなく野菜を収穫して大きめの背負い籠に詰めると、畑の外に置いて、その場を離れる。すぐに男の人が籠を回収し、執事さんが中身を確認してから、こっちにやってきた。
「確認致しました。それでは、こちらが代金になります。今回は無理を聞いていただいて、本当にありがとうございました」
僕に袋を手渡してから、改めて深くお辞儀をする執事さん。僕も礼を返してから、袋の中をキッチリ確認。お金に関することは、絶対に目の前でやらないと駄目だからね。
ということで、中身は……うん。間違いなく約束通りの枚数、銀貨が入っている。うーん。銀貨か……一度くらい金貨を見てみたいけど、流石に野菜一籠で金貨は無茶すぎるからなぁ。これでも十分高いし。
ともあれ、支払いは確認できたので、それじゃ、と言おうとしたところで、執事さんが声をかけてきた。
「話は変わるのですが、昨日頂いた干物も、トール様がお作りになったものなのでしょうか?」
「ん? ああ、そうだが?」
「実は、昨日お嬢様に干物を焼いた物をお出ししたところ、大変気に入られたようで、ほんの数口ではありますが、お口になされました。肉や魚の類いは本当にごく僅かしか召し上がらなくなって久しかったので、私共としても非常に喜ばしく……それで、そちらの方も、宜しければ売って頂けないでしょうか?」
おおぅ、執事さんのお土産に渡したのに、お嬢様に出したのか。チャレンジャーだなハイアット家の人……とはいえ、干物は釣りに行く手間が大きいから、在庫がほとんど無い。売ってあげたいと思っても、野菜ほど気軽には売れない。
ということを執事さんに説明すると、「材料である魚をこちらで調達すれば、美味しい干物にできるのか?」と聞かれたので、「私が一手間加えられれば、魚に限らず色々な物を美味しく出来る可能性はある」と答えた。体が弱くて食が細いなら、少ないからこそ美味しい物を食べて欲しいし、実際ハイアット家の方で色んな食材を調達してくれるなら、それぞれに対する最適な威圧の仕方を探るのにも役立つ。失敗作は不味くなることもあるだろうけど、トータルで考えるなら、どちらにとっても良い提案のはずだ。
「……そういうことでしたら、一度当家の方へ来ていただくことは可能でしょうか? 料理人と協力して、素材や、可能であれば料理そのものを美味しくしていただけるなら、相応の謝礼をお支払いしたいと思うのですが……」
「私がそちらの家に……か? 自分で言うのも何だが、やめておいた方が良いのではないか? この威圧は自分でも抑えきれる物ではないし、貴族の方と話せるような人間ではないぞ?」
執事さんの予想を超えた提案に、僕はびっくりして反論する。でも、「申し訳ないが最初から旦那様方と引き合わせるつもりは無い」と言われ、逆にホッとした。日本の礼儀作法はある程度通じるってのがテンプレだけど、あくまでも『威圧感』が無い場合の話だしね。
結局「とりあえず来てくれるだけでも謝礼は出す。料理が美味しくなったら追加報酬も出す」というこちらとしては得しかない提案を受けて、僕は執事さんと一緒にハイアット家へと行くことにした。テクテクとそれなりの距離を歩いて行くと、やがて僕の目の前に、大きな屋敷が見えてくる。
どうやら貴族街みたいなのがあって、沢山の貴族が住んでるとかじゃなく、ハイアット家という貴族家だけがあるみたいだ。正しくこの一帯を統べる領主様って奴なんだろう。漫画やアニメで知っているつもりになっていた豪邸と、実際に目の前にある豪邸の感じ方の違いに、思わず圧倒されて、立ち止まって上を見上げてしまう。
すぐに執事さんから声がかかり、門番の人(やっぱり顔色は悪いけど、涙もろくは無かった)に許可されて庭に入ると、そのまま屋敷の外周をぐるっと回って、裏口から調理場へ直行すると、料理人の人と引き合わされ、いよいよ料理の開始だ。
「それじゃ、えーと……どうするんだ?」
「うむ。まずは素材そのものの品質を引き上げるとしよう。野菜は私が持ってきた物だからいいとして、調理に使う予定の肉や魚はあるか?」
引きつった顔をしつつも、それでも意地で頑張っているっぽい料理人さんに、まずは素材を出して貰う。家族は旦那さんと奥さん、それに病弱なお嬢さんの3人だけということなので、量は大したことは無い。でも、貴族の人が食べるんだから、きっと高級な肉なんだろう。となれば、今回は最初だし、博打を打つより安定を取りたい。
「では、品質を上げる作業をしたい。そうだな……4時間くらい欲しいんだが、大丈夫か?」
「うん? 結構かかるんだな……それだと昼は無理だが、夕食の仕込みなら十分間に合うから、大丈夫だ」
「わかった。では、作業をするから、私を放っておいてくれ」
そう言って、僕は目の前にある肉や魚を威圧する作業に取りかかった。そう、以前のただぼーっと座っているだけとは違って、ちゃんとすることがあるのだ。
魚の干物をいくつも作ったからか、僕は威圧するものの内部の動きが、少しだけわかるようになっていた。それによって、魚にしろ肉にしろ、含まれている水分や構成する肉質なんかで、それぞれ最適な威圧のかかり方があるということを発見していたのだ。ましてや今回は初めての材料で、しかも肉と魚を同時にで、鮮度を保つとかいう魔法道具のお盆に乗っている。
未知の食材、未知の環境。それを経験と感覚を頼りに、細かく細かく威圧していく。組織に負荷がかかりすぎないように、水分を押し出しすぎないように、それでいて旨味が凝縮されるように。少しずつ少しずつ、時には『収束威圧』も併用して、自分に出来る最高のものを用意するために、精一杯努力する。
傍目にはただ座っているだけの僕を見て、最初こそ怪訝な表情を浮かべていた料理人さんも、僕の中にある真剣な感じに気づいてくれたのか、すぐに何も言わずに自分の仕事に戻っていった。それを意識の端で確認しつつも、僕はひたすら真剣に威圧を続け……そして4時間後。
「ふぅー…………よし、これでいいだろう」
額に大粒の汗を浮かべながら、僕は納得のいく威圧が出来たことに、大きく安堵の息を吐いた。





