教会に行こう
「わふー。お腹がポンポンですぞー」
「ありがとうトール。美味しかったわよ」
「こちらこそ、片付けまで手伝って貰って、ありがとうございました。ミャルレントさんもありがとう」
「いいんですよ。お食事美味しかったです」
「ミャルレントは、随分この家の調理場に慣れてたわよね? 食器の置き場所とかもトールに聞かないでサッサと片付けてたし」
「ニャッ!? それは、最近はトールさんは体を壊すことが多かったので、お手伝いしていたら自然に覚えちゃったというか……もうっ! ファルさん!」
「あはは。ごめんごめん」
使った食器の片付けを終えたところで、ファルさんとミャルレントさんがじゃれ合いを始めてしまった。ちょっとだけ楽しそうだけど、あそこに入っていくには僕の恋愛レベルはまだ足りない。なので、ここは隣でお腹をさすっているパッピー君に話しかけることにする。
「どう? パッピー君、美味しかった?」
「はいですぞ! あの肉団子は、とっても美味しかったですぞ! 特にトマトの赤いタレを付けると、甘さと酸っぱさが肉の味を引き出して、まさに……えーっと……凄く美味しかったですぞ!」
「そっか。喜んで貰えたなら良かったよ」
耳をピクピク、尻尾をパタパタさせて力一杯喜びを表現してくれるパッピー君に、僕も思わず笑みがこぼれる。これだけ喜んで貰えたら、作った僕としても実に嬉しい。
と、そんなところで調理場の方で話していたミャルレントさんとファルさんがこっちに戻ってきて、全員で再びテーブルに着く。それぞれの前にお茶を置いたら、食事会もそろそろ終了だ。
「それで、皆さんはこれからどうするんですか?」
「私はギルドに戻ってマスターに報告してから、後はいつも通りに受付の業務ですね」
「私は……ジェイク達は外に出ちゃってるから、家で弓の手入れでもしようかしら? いつもは冒険の合間とかだから、こう言うときにしっかりやっておかないといざという時に困っちゃうもの」
「パッピー君は特に用事はありません。なのでトールさんの畑で仲良くなったスライム達と遊びたいですぞ!」
ミャルレントさんは予想通り、ファルさんは何だかんだで熟練の冒険者って感じの回答で、パッピー君は、まあ見たまんまな答えだ。
「そっか。じゃあ僕は……どうしようかな? と言うか、僕は報告に行かなくても大丈夫なんですか?」
「ええ、それは平気です。何か異常があったならともかく、『問題なし』と報告するだけですからね」
「そうですか。わかりました」
「することが無いなら、トールさんもパッピー君と一緒に遊びますか? みんなで穴を掘るのは楽しいですぞ?」
「いや、流石にそれは……というか、穴を掘るのは程々にね?」
「わかりましたぞー!」
さっきの話が頭を過ぎり、その元気な返事にそこはかとない不安を感じなくも無いけど、まあマモル君やタモツ君が一緒ならいい具合に抑えてくれるだろう。パッピー君だって、友達の大切な場所を無闇に荒らしたりする子じゃないだろうしね。
「そうだな。このところずっと家に居て誰にも会えなかったから、挨拶もかねて町に出て色んな人に会いに行ってみようかなぁ……あ、そう言えば」
なかなか会えていなかった人達の顔が頭の中を巡るうち、その中でも一際長いこと会っていない人物のことが浮かんでくる。
「あの、リリンのこと知ってる人っています? もうかなり前からずっと会ってないんですけど……」
「リリン君ですか? あの子は……」
「リリンって、教会の子でしょ? あの子がどうかしたの?」
僕の問いにミャルレントさんが言いよどみ、でもそれに被せるようにしてファルさんが答えてくれた。でも、その言葉に僕の胸には不安が湧き上がる。
「教会の子、ですか?」
教会の子と言われて、真っ先に思い浮かんだのは「孤児」という単語だ。でも、以前にリリンとの会話で「父親が手を繋いでくれない」と言われたのを思い出す。あれが「手を繋いでくれなかった」ならわかるけど、「繋いでくれない」なら少なくともあの時点では父親が居たはずだ。あ、それとも神父さんが父親代わりとか……
「ああ、別に孤児とかじゃ無いわよ? むしろあの子の家って偉いんじゃないかしら? 確か教会長の息子さんでしょ?」
「あ、そうなんですね」
ぬぅ、早とちりで恥ずかしい妄想をしてしまった……まあリリンにちゃんと家族が居てくれたことが良かったのでいいんだけど。
「で、あの子がどうしたの?」
「いえ、以前は良く家に来ていたのに、最近は全然顔を見せなくなっちゃったんで、どうしたのかなぁと思いまして。教会かぁ……あ、でも僕この町で教会って見たことないんですけど」
「そうなの? あー、確かにこの家からだと、教会って町の中心を挟んだ反対側だものね。途中で用事を済ませて帰るなら、教会に行こうとしない限り辿り着かないかも。とは言え建物自体は目立つから、初めて行くにしても迷ったりはしないはずよ」
「わかりました。ありがとうございます」
ファルさんの言葉に、僕はリリンに会いに行ってみようと内心で決めた。その後は暫し雑談をして、みんなそれぞれの場所へと帰っていく。最後までミャルレントさんが何だかスッキリしない感じの表情でヒゲをみょんみょんさせていたけど、その理由は結局教えて貰えなかった。何か気になることがあるなら、言ってくれたらいいんだけど……もし今夜もあーちゃんとさっちゃんが行くなら、夜にまた話してみようかな?
「それじゃ僕も出かけてくるから、みんなパッピー君のこと宜しくね」
「わふぅ。トールさん、パッピー君は宜しくされる方なのですか?」
僕の半分くらいの高さから見上げてくるパッピー君の瞳には、やや不満げな色が見える。スライムに面倒をみられるというのは、獣人的にはプライドが許さないとかなんだろうか? それとも単に子供扱いされるのが駄目なのかな? どっちにしろ、この程度なら可愛い我が儘だ。
「ははっ。パッピー君も、みんなのこと宜しくね。全員僕の大事な眷属だから」
「わふー! わかりました! パッピー君にお任せですぞ! さあみんな! 一緒に穴を掘るですぞー!」
頭を撫でてお願いしたら、尻尾を振ったパッピー君がスライム達に声をかけ始めた。のけ者にしたり馬鹿にしたりしてる感じは無いので、やっぱり単にお兄さんぶりたいだけだったのだろう。これなら何の心配も無いな。
「っと、二人は残るの? あ、でーやんは来るの? わかった。それじゃお願いね」
さっちゃんとあーちゃんは、どうやらここに残るらしい。「ぼくもあそぶー!」とか「フフフ。新たな種族に俺の偉大さを見せつける時が来たようだな……」などと呟いている辺り、二人とも乗り気らしい。
ということで、今日の僕のお供はえっちゃんとでーやんだ。えっちゃんはいつも一緒だとして、でーやんはリリンとは仲良しだったから、彼もリリンのことが気になっていたようだ。なら断る理由も無いので、今は僕の鞄の中で大人しくしている。肩に載せても良かったんだけど、冬目前の寒さが体に堪えるらしい。
「……でーやんって何歳なんだろう?」
ぷるるーん!
「だよね……」
頭の上から返ってきた「見当も付かないな」という震えには、同意しかない。一定期間で分裂して増えるって生態なだけに、老化も寿命もあるとは思えない。厳密には分裂を一切せずに生活していたらそういうことが起こるのかも知れないけど、それは人間で言うなら死ぬまで断食しろ、みたいなことなので、実行するスライムは居ない。
「本当に謎が一杯だよね。えっちゃんたちって」
ぷるるーん!
「ふふっ。だね」
えっちゃんの「浪漫のある生き物だろ?」という震えに笑顔を浮かべながら、僕は久しぶりの町をゆっくりと歩き進んでいった。





