オトナでコドモなハンドレッドエイジャー
「行きましょトール! べーっだ!」
子供のように舌を出したファルさんと一緒に、僕は町を歩いて行く。僕とでーやんだけをピンポイントで包み込む結界というのは結構な高等技術らしいので、できるだけファルさんに負担をかけないように歩く速度を一定に心がけているんだけど、変に意識すると右手と右足が一緒に出たりしそうになるのが困る。
「あの……前から思っていたんですけど、ファルさんとジェイクさんって凄く仲が良いんですね」
「あら、そう? 私は別に普通だと思うんだけど……」
僕の問いかけに、ファルさんは首を傾げる。この表情には覚えがある。とぼけてるんじゃなく、本気でそう思っている時の顔だ。
「いや、でも、スラリンピックの時とか、あと魔物が大挙して責めてきた時とかのファルさんって、そんな砕けた口調じゃなかったですよね?」
「あら、それはそうよ。私だって時と場所くらいわきまえるわ。それともトール……いえ、トールさんは、こういう話し方がお好みなのかしら? でしたら、言ってくれればこちらの口調で話しますわよ?」
「あー、いえ、砕けた方でお願いします」
丁寧口調というか、お嬢様口調? のファルさんもそれはそれで絵になるんだけど、今の話し方に慣れてしまってからそっちに切り替えられると違和感が半端ない。まあ、一番口調を変えてるのは僕なので人の事は絶対に言えないけど……
「ふふっ。了解。それにしてもトールも変なことを気にするのね。そう言えば、イチタカにも同じ事を言われた気がするわ……人間って変なことを気にするのね」
うーん。変なのはファルさんの距離感の取り方だと思うんだけど……とは言え、最近やっと恋愛経験値が少しだけプラスになった程度の僕では、女の人のアレコレを語るなんてのは100年早い。自分の恋路もまだなんだから、他人のこと……それもうまくいってる感じのところに口を出しても良い事は何も無いだろう。
「はぁ。それにしても大失敗だったわ……ごめんねトール。私のせいで酷い目に遭わせちゃって……」
「あー、いえ、とりあえず大丈夫ですから、あまり気にしないで下さい。というか、冒険者ギルドの床の修繕費まで払って貰っちゃって……」
「それは気にしないで。元々私が払うべきものだったし、結局ジェイクが払ってくれたしね! あー、ジェイクへの借りも溜まる一方だし、何とかしないと……ねえトール、ジェイクみたいな人がされて喜ぶコトって、どんなことがあるかしら?」
立てた人差し指を顎に当て、可愛く首を傾げるファルさんに、全く可愛くは無いけれども僕もまた首を傾げる。
「ジェイクさんの喜ぶこと……美味しいお酒とか?」
「お酒かぁ。お金で迷惑かけてるから、高いお酒を買って差し入れするのは逆効果よね。かといって安酒じゃ嫌がらせみたいになっちゃうし……里に帰れば果実酒とかはあるけど、あれも別にエルフ秘伝のお酒、とかじゃないしなぁ」
「うーん、じゃあ、手料理とか?」
「野営の時は私も料理するわよ? それとは違うの?」
「そこはほら、もうちょっと手の込んだ料理というか、愛情を込めた料理とか……」
「愛情ねぇ……って、何よその顔」
「あ、いや、すいません。てっきり笑って流されるかと思ったので……」
ちょっとだけ予想を外したファルさんの行動に、どうやら驚きが顔に出てしまったようだ。でも、そんな僕にファルさんが優しく微笑む。
「ふふっ。何だかんだでジェイクにはお世話になってるんだもの。愛情……は微妙にしても、信頼とか尊敬とか、そう言う思いはちゃんとあるわよ。でも、それで手料理って言うと……」
「何か問題があります? あんまり料理が得意じゃ無いとか?」
「そういうのじゃないわ。何て言うかこう……今言ったようなことをしても、ジェイクは『予想通り』って感じで笑って流しそうなのよ。喜んではくれるだろうけど、頑張った子供を褒めるみたいな……だから、もっと凄いことがしたいの! ジェイクが思わずビックリしちゃうような、そんなお礼がしたいわね!」
「それは……気持ちはわかるんですけど、そうなると僕じゃ荷が重いですね。僕よりファルさんの方がジェイクさんの事はよっぽど詳しいでしょうし、そのうえで男性目線の意見をと言うなら、イチタカさんに聞く方が良いでしょうし」
僕とジェイクさんはそれなりに仲良くしてるとは思うけど、苦楽どころか生死すら共にしているであろうファルさんとイチタカさんに比べれば、当然関係性は薄い。少なくとも、僕が知っている情報でその二人が知らないことというのはちょっと思い当たらない。
「それもそうね。まあ急ぐことじゃないし、ゆっくり考えてみるわよ……っと、いつの間にか到着ね」
そう言ってファルさんが足を止めれば、すぐそこに僕の家がある。であれば当然その手前には畑があり、畑の守護者達のみんなが今日も元気に畑仕事に勤しんでいる。
「何度見ても凄い畑よねぇ。大地の力が凄い勢いで集まってるのに、それでいて周囲の土地に影響が無いなんて……どうやったらこんなことが出来るのか、未だに検討も付かないわ」
「いやぁ、ははは……スライムのみんなが頑張ってくれているからですよ」
適当に笑って誤魔化す僕に、ファルさんは以前と同じく「ふぅん」と笑って答えるだけだ。今までも何となく『威圧感』の説明はしてこなかったけど、フラウさんがわざわざ人を遠ざけて固有技能の説明をしたくらいだから、今となっては人に話さない方がいいんじゃないかと思っている。まあ結果やることは同じだし、ファルさんも冒険者として他人の技術を無闇に詮索してきたりはしないので、その辺の心配は無い。
「さて、それじゃトールが家に入ったら、結界の魔法を解除しておしまいね。トールが匂いを出してるわけじゃなくて、トールに匂いの元が付着してるだけだから、後は家で匂いが抜けるまで大人しくしてれば大丈夫よ。
ただ、外を出歩くのは駄目よ? 今のトールが町を歩いたら匂いで周囲が大変なことになるし、後はその……きっと嫌な目にも遭うだろうから」
「はい。しっかり肝に銘じておきます」
ファルさんの忠告に、僕は神妙な顔で頷く。ミャルレントさんにすら嫌な顔をさせたのだから、今の僕が出歩けば相当に嫌悪されるのは十分理解出来る。ましてやそこに悪意を持った人がいれば……そんなリスクを背負うくらいなら、1週間くらい家に閉じこもっている方がよっぽど楽だ。
「はぁ……不幸中の幸いは、何故かトールが自分の匂いを全然平気だって思ってることくらいね。もしそれが駄目だったら、最悪強制的に眠らせるくらいしか手が無かったわ」
「ええ、それは本当に良かったです」
そう、あれだけ直接胞子を浴びたにも関わらず、僕はみんなが臭い臭いという匂いを一切感じていない。これが臭すぎたせいで嗅覚が一時的に麻痺しているのか、あるいは『威圧感』の影響下で育ったキノコだったからなのか、理由の方は全く以てわからない。けど、そのおかげでこうして平然と過ごせるのだから、それはまさに僥倖だ。まあこのまま一生嗅覚が死んじゃうとかだったら困るけど……いや困るどころじゃすまないけど、少なくとも今嗅覚が戻ったらとても酷いことになるだろうから、今のところは感謝しておくことにする。
「それじゃ、魔法を解除するけど……その前に。今回は本当に迷惑をかけちゃったわね。あの一瞬でのトールの機転と自己犠牲の精神が無かったら、今頃もっと大変なことになっていたわ。だから……ごめんなさい」
そう言って、ファルさんが深く深く頭を下げる。小指の髪の毛が切れてしまうと話が出来なくなってしまうのでやや不格好ではあるけど、それは心のこもった謝罪だ。
「この埋め合わせは、私に出来る範囲のことなら必ずするわ。何か困ったことがあったら遠慮無く言ってね。あ、でも、体で払ってとかは駄目よ? そんな要求したら、ミャルレントに言いつけちゃうんだから!」
「しませんよそんなお願い!?」
「ふふっ。冗談よ。トールはそんなお願いする根性は無さそうだしね! じゃ、またね!」
ファルさんがそう言うと、僕の周囲に少しずつ空気の流れが戻り始める。それを確認する前にファルさんが走り去ろうとして……指に髪の毛を結んでいたことを忘れていたのか、その場でコテンと転ぶ。その拍子に指を繋いでいた髪の毛が切れて……ファルさんのスカートが何故かまくれ上がり、パンツが丸出しになっていた。
「…………っ! …………からね! トールのえっち!」
顔を真っ赤にしてお尻を押さえたファルさんの言葉は、最初の方こそ聞こえなかったんだけど、一番聞こえなくても良さそうな最後の台詞はバッチリ聞こえた。
「…………はぁ」
走り去るファルさんの後ろ姿を見送ってから、僕は何となくため息をついて家に入ると、その扉を閉めた。さあ、これから1週間ほど、引きこもり生活の開始だ。





