エルフとキノコ
「お、おいファル!? そいつは……」
明らかに腰が引けているジェイクさんを無視して、ファルさんが平然と僕の手の中のキノコをつつく。
「へぇ。綺麗に取ったのね。柄の部分に全然傷が無いし……というか、中身は食べちゃったのね。残念。ご相伴にあずかれるかと思ったのに」
「あ、やっぱりこれ食べるんですね」
「食べる!? 何言ってるんだファル!?」
「あの臭いのを食べるのでござるか!? 勇者でござるな……」
「何言ってるの二人とも? 臭いのは……っていうか、なんで二人ともそんなに離れてるの?」
「いや、だってそれ、ブルートファンガスだろ?」
「ぶる……? あー! そう、そうね。こっちの言葉だとそうよね。エルフ語だと『悪戯キノコ』って言うんだけど。懐かしいなぁ」
「懐かしいでござるか……今ひとつ話が見えないでござる……」
イチタカさんの発言に同意するように、その場に居る人達の視線がファルさんに集まる。勿論僕もその一人だ。
「え、何? 何でこんなに注目されてるの?」
「そりゃお前さんが常識外れな……いや、違うか。あのな。俺たちにとって、そのキノコは厄介者なんだよ。何せ近づいただけで大量の胞子を撒き散らすし、それが馬鹿みたいに臭ぇと来てる。そんなものを美味いなんて言うから、みんなビックリしてるんだよ」
「ええっ!? 臭い胞子を放出するのは、採取に失敗してるからでしょ? このキノコは胞子を飛ばす時に、自身の体で熱を発して作った水蒸気を胞子嚢の中にタップリ溜めて、それと一緒に勢いよく飛ばすの。で、胞子が臭いのはこの時に熱を加えられるからだから、飛ばす前の胞子は全然臭くないし、凄く濃厚で美味しいのよ」
「そうなのか?」
「そうなのよ! だからエルフの子供は、森でこのキノコを見つけると精霊魔法で上手に採取するの。成功すれば美味しいおやつになるけど、失敗すると凄ーく臭くなっちゃって、魔法の腕が未熟だって一発でばれるから恥ずかしいの。
あと、それを利用してあえて他人に胞子を浴びせる悪い子とかもいて、だから付いた名前が『悪戯キノコ』なのよ」
「ほほぅ。エルフの独自文化でござるか。何とも微笑ましいでござるな」
「いや、あの悪臭を悪戯で使うとかあり得ねぇだろ。あんなの浴びたらまともに生活できないだろ……?」
「あはは……そこはほら、精霊魔法で空気の流れを変えるとか、色々あるから……」
ジト目のジェイクさんに、ファルさんが乾いた笑いを返す。どうやらエルフのお子様達は、なかなかに過激な生活を送っているようだ。
「ま、まあエルフのことはいいじゃない! それよりトール、良くこれを採取できたわね。こう言ったら悪いけど、貴方の実力でこのキノコが採取できるとは思わなかったわ」
「ははは。でーやんが採り方を教えてくれたんですよ。もっとも、その美味しい中身も全部スライム達にあげちゃいましたけどね」
ファルさんの言葉には一片の悪意も無く、僕自身も『威圧感』と、何よりでーやんのアドバイスがあったからこそ採取できたのは良くわかっているので、笑ってそう答えられる。
「あら、そうなの。でーやんってこの子? 随分汚れて……ああ、そういうことね」
未だに泥だらけの土まみれな、それ故に少しだけ離れた位置にいたでーやんを見て、何やら一人納得したファルさんが側によって、二人でこそこそプニプニと密談している。それはすぐに終了して、良い笑顔のファルさんが僕たちの方へと戻ってきた。
「じゃ、交渉は成立したから、楽しみにしてるわね」
「はい……はい? えっと、何の話ですか?」
「フフッ。秘密よ秘密! それじゃ、できたら教えてね!」
そう言って僕の肩をポンと叩くと、ファルさんはご機嫌な足取りでギルドから出て行った。
「おい、ファル!? 報告はどうすんだ!? ったく、アイツは何でこう……」
「行ってくだされジェイク殿。報告は拙者がやっておきます故」
「そうか? 悪いなイチタカ。おいファル! ちょっと待てコラ!」
イチタカさんに軽く頭を下げて、ジェイクさんがファルさんの後を追ってギルドを出て行く。そして残されたイチタカさんは……
「ふぅ……拙者も可愛い女子と仲良くなりたいでござる……」
「イチタカさん……」
その口から漏れ出たあまりに切ない呟きに、僕は声をかけようとしたけど、何と言っていいのかわからなくて口ごもる。
「良いのでござるトール殿。『ブシは食わねどタカヨージ』、拙者もニャポーンの剣士であり、それ即ちブシでござるから、あとは食事を我慢してタカヨージという極意さえ会得できれば、きっと女子にもモテモテになれるでござる。精進せねば……」
「そ、そうですか。頑張って下さい……」
何だろう、凄く色々間違っている気がするけど、それを突っ込んだらきっと駄目なんだろう。僕に出来るのは、そっとイチタカさんを応援することだけだ。
「では、拙者はギルドマスターに依頼の報告に行ってくるでござる。トール殿は未だ病み上がりと聞いております故、ご自愛下され」
「ありがとうございます。それじゃ、また」
お互いに頭を下げ合い、イチタカさんがギルドの奥へと入っていく。それを見届けてから、僕もまたミャルレントさんに挨拶をして冒険者ギルドを後にした。今度こそ知りたいことは全部わかったので、後は畑で実戦あるのみだ。
と言うことで、家に帰れば息つく暇もなく、僕は畑に採ってきた赤棘草を植えて育成を試みる。土壌はこれでいいので、後はひたすら威圧するだけだ。対象が野菜ではないので効果は多少落ちるけど、それでも『威圧感◎』になった僕の威圧をもってすれば、赤棘草はグングンと成長して……成長して?
「あれ? 赤くならない?」
でゅぷるーん!
「でーやん? あ、そうか!」
指摘されて思い出した。赤棘草は、冬の寒さで葉を赤くして薬効を発揮するのだ。つまり、今は成長が足りないというよりは、寒さが足りないということになり……要は、何らかの手段で赤棘草の周辺の温度をガッツリ下げない限り、これが本当に赤棘草かどうかを確認することすらできないのだ。
「うーん。単に冬の時期に咲く花とか冬に実を付ける野菜ってことならいけるけど、寒さそのものがトリガーだとどうしようもないな……どうしようか?」
ここが日本だったら、冷凍庫から氷を大量に持ってきてばらまいてやれば、一時的に寒くするには十分だっただろう。でもこの世界では氷はなかなか手に入らない。物を冷やすなら冷やすための魔法道具を使えばいいだけで、それで氷を作ってから、その氷で冷やすなんて回りくどいことをする人はまずいない。
冷やすだけでなく凍結までさせられる魔法道具ともなればそれなりに高価なので、氷はわざわざ頼まないと手に入らない、なかなかの高級品なのである。
「山にでも登れば寒くなるけど、これから冬になるって言うのに山登りとか自殺行為だしなぁ。あとは……洞窟? スライム遺跡ならちょっと寒いけど、それでも冬の雪の中ほど冷えるわけじゃないしなぁ」
一つ問題が解決すれば、新たに一つ問題が生じる。人生のままならなさに嘆息しつつも、それすら一歩一歩前に進んでいる証のように思えて、高く澄んだ秋の空を見上げながら、僕はのんびりと頭を捻るのだった。





