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【Web版】威圧感◎  作者: 日之浦 拓
本編(完結済)

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とろける冬支度

「うーん。こんな所かな?」


 手を握ったり開いたり、あるいは軽い屈伸運動などをしてみても、もう違和感は感じない。これならば、ごく普通の日常生活を送る分には何の問題も無いだろう。


 布団の中で身もだえた日から、さらに1週間。僕の体はおおよそ元の状態を取り戻していた。となれば、これ以上寝ているわけにもいかない。何せ僕のメイン収入は畑の野菜なのだ。もう秋も深まってきているし、冬になればおそらく収穫出来なくなる……はずだ。僕の乏しい農業知識やかつて遊んだ牧場経営ゲームでも、冬の畑は雪に埋もれて使えなかったしね。


 そして、今の僕は金銭的にはカツカツだ。畑の守護者達ガーディアンファーマーズのみんなが自分たちに出来る範囲で頑張ってくれていたようで、それなりの量の野菜は自力で収穫してお金に換えたりしてくれたんだけど、当然スライムの体はトマトを茎から捻り切るとか、じゃがいもを掘り起こすような行為には向いていない。駄目になった野菜はそのまま畑の肥料になるのだから無駄になるわけじゃないけど、現金化できなかったというのは事実だ。ミャルレントさんにお世話になった分をお返しする必要もあるし、冬越しの蓄えとしては相当に心許ない。


 勿論、頑張ってくれたみんなには感謝の一念しか無い。感謝の言葉と共に、みんなの好物を少しずつ日替わりで料理しようと思っている。そう言う意味でも、やっぱりお金は必要だ。


 うーん。冬の金策はどうしようか? と言うか、この辺の冬ってどうなんだろう? 今までの感じからして豪雪になったりはしなそうだけど、ここは日本ではなくファンタジーな世界なので、安易に油断することもできない。メール1つでおむつから戦車まで翌日に届けてくれる通販などという物は無いのだ。冬は流通がほぼ止まるのを前提くらいにして、早め早めで準備しなければならない。


「冬支度ですか? うーん。私はあんまり意識したことないですね」


 わからない事は、人に聞けばいい。早速その晩、僕はミャルレントさんとの食事中に話題を切り出してみた。


「大昔だったら大量の薪を集めたり保存用の塩漬け肉を大量に作ったりと大忙しだったみたいですけど、今の時代なら暖を取るなら炎熱石を利用した暖炉の方がかえってお金がかからないですし、保存用の食材は冬でも普通に市場で買えますから、戦時中でも無い限り一冬分を買い込むというのはしません。

 お仕事に関しては、そもそも冒険者ギルドの受付は、冬だからって休みになるわけじゃないですからいつもと変わらないですしね」


「はぁ。そんなものなんですか」


 何というか、ちょっと拍子抜けな感じだ。でも言われてみれば「熱を発する魔法の石」なんて便利な物が日常の料理に使えるくらい普及してるなら、大量の木材を薪に加工して使うよりよっぽど楽だろう。

 それに、市場が冬もやっているというのも僥倖だ。これに関しては商業ギルドに「食材の保存に適するように作られた倉庫」があるらしく、個人で商売するならお金を払ってそこを借りることもできるし、そうでないならそもそもギルドに売ってしまえば、ギルドの所属商人達がお店を出して売ってくれる。当然保存量も保存の質も個人が自宅で保存するより圧倒的に上なので、流通そのものが滞るのは間違いないけど、それが問題にならない程度には在庫の確保が出来るのだそうだ。


 ああ、当然だけどいざという時の多少の蓄えは各家庭でもするらしいし、冒険者ギルドでも非常食としての備蓄はそこそこあるらしい。まあそういう兼ね合いもあって、少なくともこの町の冬はガッチガチに対策しなくちゃ乗り切れないような厳しいものではないようだ。


「となると、やっぱり問題は仕事ですね。冬だと畑は無理だと思うんで……」


 硝子の温室どころかビニールハウスすら僕には作れない。こっちの世界の技術だとどっちの方が作成難易度が高いのかわからないけど、とにかく冬の寒さを遮って作物を作れる気温を保つ方法は僕には無い。


 …………まさか特定範囲内の「気温」を威圧するとかは出来ないよね? と言うか、威圧できても寒くなりそうなだけで暖かくはならないだろうしなぁ。


「うーん。内職系の仕事を何処かから貰う、というのは難しいでしょうね。そういうのは決まった相手との契約でずーっと成り立ってるものですから、引き継ぎとして紹介でもされない限り無理だと思います。

 となれば自分でお金になるような物を作るくらいですけど……私が貰ったスライムジュエルを量産するとかは無理なんですよね?」


「あれは作成自体は家の中で出来るんですけど、材料が川で拾った石ですからね。雪の降る中で川辺で石拾いは、流石に怖いです」


「うぅ、下手をしなくても死んじゃいそうですもんね……」


 そう言いながら、ミャルレントさんのヒゲと尻尾がショボンと垂れ下がる。うん、想像するだけでもヤバいのがわかる。かじかんだ足を滑らせて川で転ぶくらいでも、全身ずぶ濡れで凍死が確定しそうだ。


「それに、あれはそもそも量産できるような物でもないので、売り物にしてお金を儲ける、というのは難しいんですよ」


 僕が『威圧感』を発動する程度の消耗はともかく、細かい作業には神経を使うし、そもそもスライム達の粘液だって無償で無限に湧き出る訳じゃない。出し続けて貰えば疲れちゃうし、無理をさせれば体調を崩すことだってあると思う。


 そう考えるなら、発想を逆転させて少数のゴージャスな奴を作ってプレミア感を煽るなんて手段はあるけど、本物の宝石をスライムの粘液で包んだりしたら返って価値が下がりそうだし、ジュエルの枠に金細工を使うとかになれば僕以外の人の生活にも影響してしまうし、何よりもそんな元手は存在しないのでそもそも無理だ。


「うーーーーーーん。難しいですね……冒険者として考えるなら、一応冬にも討伐や採取の依頼はありますけど、トールさんにそれをお願いするのは正直怖いです。受付嬢としてはそんな事言っちゃ駄目なんですけど……」


「あぁ、いえ、わかるんで平気です。うーん……あ、冬場にしか育たない薬草、みたいなのがあったら、それを1株だけ取ってきて畑で増やすとかどうですかね?」


「薬草ですか? 確かに冬場にしか採取できない物はありますけど、それが畑で増やせるかは……と言うか、そんなに簡単に増やせるものなんですか?」


「それこそやってみないとわからないですけど……でも、そうだな。その方向で考えてみようかと思いますので、色々教えて貰ってもいいですか?」


 まん丸に目を見開くミャルレントさんにそう答え、薬草の名前や種類なんかの情報を教えて貰う。植物なら、おそらく行けるはずだ。


「――と、こんな感じでしょうか。あ、でもトールさん?」


「はい? 何でしょう?」


「もしも無理そうだったら、遠慮無く家に来て下さいね。『大家族』のみんなも歓迎しますから」


 そう言って誘ってくれるミャルレントさんの顔は笑顔一色だけど、それでも僕の中には遠慮の気持ちが強く湧いてくる。


「いえ、今の食事だってお世話になってるのに、これ以上迷惑をかけるのは……」


「迷惑なんて事はないですよ! 勿論これがトールさんが遊びほうけてた結果だって言うなら怒るでしょうけど、トールさんが大変な思いをしたってことは、みんなわかってますから」


 椅子から立ち上がり、こちらに歩いてきたミャルレントさんの腕が、そっと僕の体を抱き寄せる。


「冒険者ギルドの受付嬢として、色んな人を見てきました。二度と戦えない大怪我を負った人、仲間と死に別れた人、酷い裏切りにあった人、恐怖に心を折られた人……笑って仕事の成果を報告する人達の陰にいた、少なくない人数のそういう人達のことを……私は決して忘れられないと思います」


 ギュッと、僕を抱く腕に力が入る。その顔は僕の横にあり、表情を見ることは出来ない。でもその温もりは、確かに僕の隣にある。


「だから、トールさんが戻ってきてくれたことが、本当に嬉しいんです。生きて、笑顔でここに居てくれることが、何よりも幸せです。

 だから、迷惑なんかじゃ無いんです。こうして言葉を交わせることは、決して当たり前じゃないんだと、私は知っていますから」


「ミャルレントさん……ありがとう。本当に困ったら、その時はお願いするよ」


 真摯な気持ちが伝わってきたからこそ、僕はあえて少し軽めにそう言った。彼女の背中をポンポンと叩けば、愛おしい温もりが離れていく代わりに、彼女の顔が目に映る。


「絶対ですよ? 変な意地を張って、無理しちゃ駄目ですからね?」


 笑う彼女に笑顔で返し、そうして今日も夜は更けていく。別れ際には恒例行事のように鼻をツンと押し当てられ、そして僕は今夜も、持っていき場の無い感情にベッドで一人もだえるのであった。

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