……からの逆転大勝利
ということで、美味しく威圧する方法を考えるわけだけど……そもそも、美味しく威圧するという考え方そのものがまともじゃないからなぁ……とはいえ、とっかかりが全く無いということでもない。野菜が良くて魚が駄目だったということから考えれば良いのだ。
野菜と魚の一番の違いは、そりゃ勿論動物か植物かの違いだろう。野菜には血が流れているわけでもなければ筋肉があるわけでもない。構成する物質の全てがギュッと引き締まっても、味が濃くなって美味しくなるだけだ。
でも、魚は違う。緊張すれば筋肉が引き締まるし、しすぎれば血が抜けづらくなり、味が落ちる。魚の「身が締まった」状態というのも、筋肉が固くなったわけではなく、水分が飛んで身の密度が上がった状態であるはずなので、固く引き締めるのは味を低下させるだけなのだ。
となれば、魚に……もしこれからやる機会があれば、動物というか肉にも……直接威圧をかけるのは悪手。でも、これが威圧の限界なのか、と膝を突くのはまだ早い。たった1度の失敗では、諦めるには早すぎる。
僕はグロさを我慢しながら魚をさばき、様々な威圧の仕方を試していく。塩の浸透が良くなるように、あえて『収束威圧』ではない普通の威圧で上から押しつけるように威圧してみたり、塩を良くすり込んでから威圧してみたり、視点を変えて「塩」を威圧してから、それを振ってみたり……だが、どれにしても望む結果とはほど遠い。
魚が無くなっては釣ってさばき、威圧の仕方を変えて、食べる。段々お腹がきつくなってきたので、1匹を3等分するなどして、更に実験を繰り返す。でも、それでも、魚は野菜のように美味しくなってはくれないまま、やがて日が暮れ、夜が訪れる。悔しさを胸に、僕はたき火の側に寝転がる。
本来なら野営の準備が必要なんだけど、たき火は既にあるし、お腹はいっぱいだから夕食の準備も必要無い。『威圧感』があるから魔物に襲われる心配も無いしで、夜は本当にただ寝るだけだ。
星空を見上げて、考える。当初の目的である「魚をさばいてみる」は、完全に達成されている。味の改良に夢中だったせいか、気づいたら普通のこととして内臓の処理とかも出来るようになっていた。そういう意味では、湖への遠征……言うほど遠くは無いけど……は、成功だったと言えるだろう。でも、どうしても僕は、魚を美味しくしたかった。こんなところで、僕の『威圧感』に敗北を与えたくは無かった。『威圧感』を過信しすぎだろとか、そもそも『威圧感』で食べ物の味を向上出来ることの方がおかしいだろとか、そういう常識的なツッコミはどうでも良かった。だって野菜は美味しくなったんだから、魚だって美味しくなりそうじゃないか! 神様のおやつ3日分が秘めてるポテンシャルは、こんなところで底を見せるようなものじゃないはずなんだ! 頑張れ『威圧感』! 負けるな『威圧感』! できるできる! やればできる! お前の凄いところをみんなに見せてやれ! ネバーギブアップ!
不屈の闘志を漲らせつつ、どうすればいいかを考えている間に、僕はいつの間にか眠りに落ちて、特に襲われたりすることもなく、普通に朝になって目覚めた。
結局一晩考えたところで、打開策は思いつかなかった。このままここで粘ってもいいアイディアが浮かぶとは思えなくて、僕は追加で数匹魚を釣ってから、さっさと森を出て町に帰ることにした。途中で行きがけの駄賃とばかりにダンシングラディッシュを1本だけ狩り、いつもの涙もろい門番の人に手渡す。本当なら美味しい魚を渡したいところだったから、悔しいけれどこれは妥協だ。まあ、門番の人はやっぱり感激して泣いていたので、魚は次の楽しみにしてもらうことにしよう。
その後は特にトラブルもなく、家に帰り着いた僕は、魚を干物にすることにした。急激な威圧が身を固くしてしまうなら、干す過程で弱くじっくり威圧したら、身を固くせずに美味しさを凝縮できるんじゃないかと思いついたからだ。
道具屋のおっちゃんに干物の作り方を聞きに行ったら「塩振って干すだけじゃねぇのか?」と言われ、微妙に不安だったので市場で干物を売っていた人に話を聞く。以前は『威圧感』のせいで会話にならなかったけど、前回で多少慣れてくれたのと、自作の採れたて野菜を手土産にすることで、会話に成功。塩を振って干すだけでも出来なくはないが、美味しく作るには干す前に塩水に漬けなければならないらしい。おぉ、聞いて良かった……そりゃ冒険者が出先で作るなら、塩水に漬けるなんてやるわけないもんなぁ。
教えられた手順を守って作った干物を籠に入れ、日が当たって風通しの良くて、何より『威圧感』の有効範囲ギリギリくらいのところに、そっと安置する。あとは野菜と一緒にゆっくり威圧して、味を熟成させるだけだ。
やっぱり野営では疲れが取りきれなかったのか、ぽかぽか陽気にうつらうつらしながら威圧すること数時間。素人目に見ても、表面にいい具合の照りのできた、美味しそうなシルバーフィッシュの干物が完成だ。
さっそく焼いて食べてみる。流石に炭火は用意できなかったので、普通にかまどに火をつけてあぶっただけだけど、パチパチという心地よい音と一緒に、素晴らしく良い香りが辺りに充満してきて……ああ、これは駄目だ。駄目なやつだ。もの凄くご飯が食べたい。でもご飯は無いのだ。かの有名なオートミールはあったけど、あれはご飯では無いのだ。ああご飯……いや、まずは干物だ。食べるまでも無く美味しいだろうけど、これを食べないのはあり得ない。
箸なんてものは当然無いので、フォークで刺して、端からパクリ。ふぉぉ……皮がパリっとして、身はちゃんとふっくらしてて、それでいてきちんと威圧が効いているのか、凝縮された旨味が口いっぱいに広がって……あかん。これはあかんでぇ。めっちゃうまいやん。ああ美味い。とにかく美味い。訳知り顔で100通りの「美味しい」を並べ立てる評論家ですら、これを食べたら「美味しい」としか言えないであろうと思えるくらい美味い。くっはぁ……ご飯が食べたい……
昨日から飽きるほど食べていたのと同じ魚なのに、僕はあっという間に干物を食べきってしまった。これはもう、文句なしの成功だ。また『威圧感』が勝利してしまった。ふっ。敗北を知りたいぜ……嘘です。常勝無敗が大好きです。
とにかく、干物は美味しく完成した。干す過程でじっくり威圧すればいいってことは、おそらく干し肉とかベーコンみたいなのも美味しく出来るはず。いや、あるいはこれ煮込み料理の最中に威圧し続けるとかで、味があがったりもするのか? うーん。夢が広がりまくるけど、流石にキッチンでぼーっと突っ立って威圧し続けるのは難しいよな。普通に料理人の人も威圧しちゃうし。かといって僕自身が本格的に料理を覚えるとかは、あまりにも迂遠すぎるしなぁ。
いや、だから違うって。この前「冒険しよう!」って決めたのに、何で料理を美味しくする方にばっかり意識がいくんだろうか……そこは仕切り直したい。農業も料理も何の知識も無いんだから、そこを目指すのは茨の道すぎる。
まあ、僕の未来と『威圧感』の多様性についてはまた考えることにして、今日はとりあえずミャルレントさんのところに行こう。日本の知識では、猫は別に魚が特別好きってことではないらしいけど、ミャルレントさんはどうなんだろう? 喜んでくれたら嬉しいなぁ。





