マシンガントーク
「ほらトール、さっさと座れ」
「あ、はい。じゃあ失礼して……と言うか、いいんですか? ここミャルレントさんの家なんですよね?」
ごく自然に椅子に座り、更に僕にも座るように勧めるガラルドさんに、一応それを聞いておく。大丈夫そうに見える当たり前の事であっても、とりあえず確認を取っておくというのはトラブルを避ける有効な手段だからね。
「あぁ? 全然平気だから気に……あー、違うな。いくら『大家族』ったって、別に財産を全部共有してるとか何処でも出入り自由なんてことは無い。が、互いの家に気軽に呼び合うくらいはごく普通だし、俺らはともかく子供達なら大体どこでも好きに出入りしてる感じだな。だからお前があの空き家に住むことになるなら、入られたくない場所とか触ったら駄目なものとかはちゃんと明言しておけよ? 何も言わなくても察してくれなんて無茶を言う奴、たまにいるからな」
「わかりました。気をつけます」
そのまま流しがちなところをちゃんと説明してくれる辺り、やっぱりガラルドさんは面倒見が良いんだろうなぁ。こういう人が側に居てくれるのは、本当に有り難い。
「あらあらガー君、随分親切なのね? まるで大人ね。大人みたいだわ!」
と、そこに手伝いを終えたのかミャルガリタさんが戻ってきて、青を基調として白いヒラヒラのついたエプロンドレスの裾をふわっとさせて僕の正面の席に座る。
「大人みたいって義姉さん、俺ももう30過ぎてるんですし……というか、初対面の時だってそんなにガキだったわけじゃないんですから……」
「そうだったかしら? でもでもアタシには今も変わらずガー君は可愛い義弟よ? 思い出すなぁ。トルテを連れてパパの所に来た時、ガー君ったらいきなりドゲザしたのよ? 知ってるトール君? ドゲザよドゲザ。地面にこう手足をついて頭を下げるの。凄いでしょ? 凄いわよね?」
「ちょ、義姉さん!? その話は……」
「……ガラルドさんって、何かいつも土下座してるんですね」
「いつもはしてねぇよ!? いやまあ、確かにここ最近は何度かした気がするが……」
僕に対してお礼を言うときにしてくれた土下座は、本当に格好良かった。娘のために僕みたいな子供に頭を下げられるガラルドさんは、心から尊敬出来る大人だと思った。ただ、それ以外は……まあ、ね。
「あらあらガー君ったら、そんなにドゲザしてるの? 何をそんなにドゲザしてるの?」
「それは……くそっ、流れが悪すぎるぜ。おいトール、俺は他の家族を呼びに行くから、その間義姉さんの相手は頼むぞ。じゃあ義姉さん、また後で」
「はいはーい。また夕食の時にね!」
這々の体で逃げるように家を出るガラルドさんに、ミャルガリタさんが手を振って言う。そうしてバタンと扉が閉まれば、ミャルガリタさんのクリクリした目が僕の方だけに向けられる。
「さてさて、それじゃ改めまして。こんにちはトール君。いえいえ、それともそろそろこんばんはかしら? ああ、それとスライムの子たちも一緒なのね。こんにちはみんな。トール君に会えたのが嬉しくて舞い上がっちゃって、挨拶が遅れて御免なさいね」
ぷるるーん!
そう言って謝るミャルガリタさんに、えっちゃんたちも震えて挨拶を返す。テーブルの上には、緑のえっちゃん、黄色のさっちゃん、赤のあーちゃんと信号機のようなカラフルスライムがそろい踏みだ。
「あらあらあら! 色の違う子もいるのね! みんな綺麗だわ! 可愛いわぁ! こんにちは! はいこんにちは! こんにちはー!」
笑顔でえっちゃんたちを撫でていくミャルガリタさんに、えっちゃんたちもご機嫌で体を震わせる。
「色だけじゃなく、感触も違うのね。ウチのファーガストはもうちょっと固い感じなんだけど、この緑玉の王ちゃん……あら、アタシもえっちゃんって呼んでいいの? 嬉しいわぁ! えっちゃんの方がプニプニした感じね。
逆にさっちゃんって子は少し柔らかいのかしら? プニプニなのにトロンとした感触なんて素敵だわ。あーちゃんの方は、ファーガストと同じくらい固めなのに弾力が凄いのね。みんな違って面白いわぁ!」
ヒゲをピクピク、尻尾をフリフリさせながらミャルガリタさんがえっちゃんたちを思うさまに撫で回し、つつき回す。可愛いモノが可愛いモノと戯れるという素晴らしい光景に、僕の顔も幸せでニコニコしっぱなしだ。ニヤニヤにならないように細心の注意を払わなければならない。
「そう言えば、こちらでのファーガストの様子はどうですか? 何かご迷惑をお掛けしたりとかは……」
時々ミャルレントさんから話を聞くことはあっても、ファーガスト本人から直接話を聞いたことはよく考えるとほとんど無い。まあえっちゃん経由では聞いてるから問題はなさそうだけど、それでも一緒に暮らしてる人の話は聞いておいて損はないはずだ。
「ファーガスト? ファーガストは良い子よぉ! お掃除とかのお手伝いもしてくれるし、子供達とも遊んでくれるし、アタシの話し相手にもなってくれるし、ホントにもう可愛くて仕方ないの! 今日も今頃はミャリアちゃんたちと遊んでるはずよ。あら、でも、ガー君がさっき連れてこなかったってことは、庭にはいないのかしら? それだったらデリー君のところねきっと」
「デリー君、ですか?」
多分さっき聞いた名前のはずなんだけど、誰だったのかが出てこない。軽く焦る僕に、ミャルガリタさんは気にした様子も無く答えを返してくれる。
「そうよぉ、デリー君! あぁ、本名はファデリアスで、アタシのほどほどに血が繋がった弟っぽい子よ! あの子の家はねぇ……っと、これはまだ秘密よ。秘密だったわ! うふふっ。夕食の時には集まるはずだから、楽しみにしておいてね!」
「あ、はい。わかりました」
秘密……何だろう? 実は知り合いとか? いや、流石に猫人族の男性の知り合いはいないはず。なら何だろう? まあ楽しみにするようなことっぽいから悩むよりは待ってる方がいいか。
「あっと、ごめんなさい。お茶も出して無かったわね。今用意するから、ちょっと待っててね」
そう言って席を立つと、奥の調理場の方へ足を運び、すぐに水差しとカップを持ってミャルガリタさんが戻ってきた。
「ハイどうぞ。特製のネコムギ茶よ。知ってるかしら? ネコムギっていう茶色い実を付ける草があってね、それを煎ってから水出しすると香ばしい味のお茶になるの。栄養もあるし、猫人族の伝統的なお茶なのよ」
「へぇ。そうなんですね。あ、美味しい……」
見た目は茶色で、麦茶だった。一口飲んだら、麦茶だった。うん、麦茶だね。特に冷やされているとかじゃないので生ぬるい感じだけど、秋に差し掛かってきた今時分だとこのくらいが丁度良い気もする。すーっと体に入っていって、思わずホッと息を吐いてしまう、そんな安らぎと安心感のあるお茶だ。
「お口に合ったのなら良かったわ。うん、良かった! ところでトール君。他の家族がいるところじゃ聞きづらいし、今丁度二人きりだから、ちょっと質問してもいい? いいかしら?」
「え? ええ、いいですよ。何でしょうか?」
ミャルガリタさんが、グイッとその身を乗り出してくる。その圧力にちょっとだけ背をのけぞらせながらも、落ち着くためにネコムギ茶を一口。
「アタシの娘……レンとはもうえっちなことしたの? しちゃったの?」
「ブッフォォッ!? ゲフッ、エフッ、ゴホ、ゴホッ……」
「ニ゛ャー!?」
僕の盛大にお茶を吹き出す音と、奥の調理場からカエルを潰したような悲痛な叫びが見事なハーモニーを奏で、部屋一杯に溢れかえった。





