そうだ、釣りに行こう
商業ギルドにて種の入手に成功し、意気揚々と帰宅した僕が最初にするのは、勿論種まき……ではなく、毒草の処理だ。日本でも大麻をそれと知らずに育ててしまって大騒ぎになったなんて話があるし、レンデルさんにも「町の警備兵に見つかる前に処理した方がいい」とアドバイスを貰ったので、これを放置する気は無い。たぶんこの毒草が畑で一番高く売れる物だと思うけど、それは危ない橋どころか、牢屋への直通道路だ。
僕は『威圧の鍬』を使って、毒草を根から全て抜き去る。これでもう増えることは無いから、あとは現物の処理だけど、それこそが一番の困り事だ。普通の草なら土に埋めるなり燃やすなり、それどころかその辺に適当に捨ててくるだけだっていいんだけど、毒草を埋めたら土が毒になりそうだし、燃やせば煙が毒になるだろうし、放置はむしろ犯罪になりそうだ。商業ギルドで買い取ってくれたら良かったけど、そこでこそ捨てろって言われたわけだしなぁ……あ、冒険者ギルドなら大丈夫かな? もともと薬草も毒草もそっちに持っていってたんだし、せめて良い処分方法を教えて貰えれば何とかなる。よし、これは人目に触れないところに置いておいて、あとでまとめて持っていくことにしよう。
その辺の処理で1日が終わり、次の日からは、待望の種を蒔き始める。ニンジン、じゃがいも、キュウリにキャベツ……そう言えば、商業ギルドで聞いたところ、ダンシングラディッシュがあるからか、普通の大根っていうのは存在しなかった。他にもいくつか存在しない野菜があって、例えばサツマイモなんかは、スイートデビルという物騒な名前になっていた。理由としては、火を通すととっても甘くて美味しくなるけど、お腹の中で大量の空気を発生させるため、飲み込んで5分くらいでほぼ確実にオナラが出るから。そのため焼きたてのスイートデビルを差し出すのは、もの凄く甘くて美味しそうなのに、食べたら確実に恥をかく……ということで、酷いセクハラ行為だと教えられた。
うん、日本の知識だけだったら絶対やらかしてたね。ミャルレントさんの肉球ビンタはちょっとされてみたいけど、それで嫌われるのは流石に嫌だ。スイートデビルは生で渡す。これは絶対に覚えておこう。
そんなことを考えつつ、ようやく種が蒔き終わる。結局畑は、全体の3分の2くらいしか使わなかった。それ以上広くしても、僕の威圧の距離減衰を考えると、効率が悪くなっちゃうからだ。この状態で畑の真ん中に座り込み、何もしないでぼーっと過ごすのが、一番効率がいい……けど、流石にまたそれをやるのはなぁ。
というか、そうか。別に定期的にお店に卸すとかじゃないんだから、そもそも効率を重視する必要はないんだ。トマトの時は凄い頑張ったけど、そこまでしなくたって1ヶ月とか2ヶ月に1回収穫できるなら、普通の作物とは段違いの収穫率だし、味の方も収穫する時にしっかり威圧してやれば、最高品質とまではいかずとも十分美味しい物ができる自信がある。
なんだ、僕って自由じゃないか! ここでずっと「威圧するかかし」みたいな生活をしなくても、好きに生きていいんだ!
それに気づいて、目の前がパッと開けた。最初の頃、ゴブリンを殺して経験値を稼げないことに愕然とした僕の目の前に、野菜を育てるという光が差し込んだ。そして今、その光だけを見つめていた僕に、新しい世界が広がった。そうだよ、せっかくファンタジーな世界に来たのに、野菜だけ育てて生涯を終えるなんて勿体ないじゃないか! もっと冒険しよう! もっと探検しよう! 色んなところに行って、色んな人に会って、色んなものを見て回ろう! 世界は未知に溢れているんだから!
……まあ、先立つものも実力もないから、基本的には当分ここで野菜を作るんだけどね。ミャルレントさんと離れるのも嫌だし。
やりたいことを即座にやれるのは、お金持ちとチート持ちだけだ。僕みたいな一般人は、身の程をわきまえてコツコツやっていくのが一番いい。まずは、そうだな……やっぱり敵を倒して強くなれるようになるのが一番だから、最初は魚釣りでもして、魚をさばく訓練とかしてみようかな? その辺なら、手頃だよね?
「魚釣りに適した場所を知らないだろうか?」
というわけで、思い立ったが吉日。僕は毒草を山と抱えて冒険者ギルドに出向き、素材回収窓口のおばちゃんに毒草を渡すと、ミャルレントさんにそう聞いてみた。
「魚釣りですか? えっと、魔物の分布とかならわかるんですけど、釣りに良い場所と言われると……あ、勿論川や湖の位置はお教えできますけど」
少し困った顔をしながらも、ミャルレントさんが丁寧に教えてくれる。湖は半日も歩けば着けるけど、森の中にあるので周囲には普通に魔物が出る。川の方は見通しのいい場所だから魔物の心配は少ないけど、町を出て数日歩かないといけないらしい。魔物と戦えない僕としては、川一択……いや、『威圧感』があれば襲われることもないのか? なら、試しに森に行ってみるのもありか……
「あの、ところでトールさん。さっき納入していただいた毒草なんですけど、毒の濃度がもの凄く高いとかで……これ、栽培されてるんですか?」
「ああ、いや、商業ギルドのレンデル氏に危険だと言われたので、処分しに来たのだ。今納めたので全部だから、もう無いぞ」
「レンデルって、ギルドマスターのレンデルさんですか!? お知り合いだったんですね」
驚くミャルレントさんに、「まあ、ちょっとした縁でな」とお茶を濁しておく。正面からギルドに入るのを拒まれて、消去法で相手をしてくれてると伝えるのは、流石に情けないからね。
経緯が伝わり、もう育ててないことも理解してくれたようで、緊張の緩んだ顔のミャルレントさんから、毒草の代金を受け取って……多っ! え、毒草ってこんな高いのか!? まあ、毒だしなぁ。そりゃ野菜よりは高いよなぁ……もう育てられないのは残念だけど、とりあえずこれだけあれば釣り道具くらいは余裕で揃えられる。僕はミャルレントさんにお礼を言うと、ギルドを後にした。
背後から「ギルドマスターと知り合いとか」「毒草まで」「野菜神マジパネェ」などと色んな声が聞こえてきたけど、一体誰のことだろう? ワカラナイナー、何の心当たりもナイナー……鈍感系主人公がうらやましい……
*関係者の心境:リタの場合
今日もまた野菜神がやってきた。だが、その手に持っていたのは神の野菜ではなく、毒草だった。おばちゃんの鑑定では、ちょっと引くくらい毒の成分が強くなっているとの話だったが、私には関係ない。私が欲しいのは美味しい野菜であって、毒とか心底どうでもいいからだ。
その後も、商業ギルドのギルマスと知り合いだとか何とか話していたが、私の興味はただひとつ。神が釣りに関心を示していたことだ。これはつまり、野菜だけじゃなく超絶美味な魚も食べられるということじゃないだろうか? これは僥倖であり、天恵だ。最近めっきりベジタリアンな食生活を余儀なくされていた私に、遂に魚を提供してくださるのだ。神パネェ。神マジリスペクト。
唯一にして最大の懸念は、ミャーが魚が大好物であるということ。これは早めに手を打たねばなるまい。主に私の美食のために。
「ねぇ、ミャー?」
「取り分は公平よ。私が直接トールさんから差し入れされる分は別枠だけどね」
猫より猫々しい猫なで声を出したというのに、ミャーの態度は頑なだ。これはきっと覆せない。そしてコイツは自分だけ「別枠」を確保する気満々だ。何て図々しいビッチ雌猫だ。そんなだから神に……
「リタ?」
ヤバイ。目がマジだ。人では無く、獲物を見る肉食獣の目だ。狂気に駆られた獣の目だ。これに逆らうのは得策じゃない。私はまだまだ美味い物が食いたいのだ。
「さて、お仕事頑張りましょうか。ああでも、ミャーはダイエットも頑張った方がいいかもね」
「ニャッ!?」
ふふん。このくらいはいい気味でしょ。どうせ魚が届いたら、またのろけ話を聞かされるんだし。
ああ、私にも美味しい物を貢いでくれる男が現れないかなぁ……





