黒服ファッション
「どうかな? 変なところとかない?」
ぷるるーん!
「大丈夫ですよ師匠! 格好いいです! たぶん……」
自宅にて、いつも変わらぬ『威圧の旅装』に身を包む僕に、えっちゃんは「まあそんなもんだろ?」と震え、リリンは今ひとつ煮え切らない感じで褒めてくれる。
何故にそんなことをしているかと言われたら……実はこの後、ミャルレントさんの家にお呼ばれしているからだ。
事の発端は、特になんて事の無い日常のひとコマだ。そろそろ夏の暑さも薄れ、徐々に秋の気配が漂いだした今日この頃。いつも通りに冒険者ギルドでも野菜のお裾分けをしていたら、遂にミャルレントさんから「ずっと延び延びになっていたお食事に招待したい」というお誘いを受けたのだ。
当然、断る理由など無い。二つ返事で了承して、待つこと3日。今日は遂にその日ということで、念入りに身だしなみに気を遣っているところなのだ。
「多分なのか?」
「えっと、その……服装自体は悪くないと思うんですけど、やっぱり全身真っ黒っていうのは……」
「あー……まあ、それはな。解ってはいるんだけどさ……」
何とも申し訳なさそうに言うリリンの言葉に、僕も肩を落とさざるを得ない。白とか赤とか、何か1色で統一しろと言われたら黒が一番マシだとは思うけど、そうは言っても全身真っ黒はどうしても重い。それはずっと前から自覚していることだけど、だからといって色を変える方法は全く無いのでどうしようもないのだ。
ちなみに、ある程度はデザインを変えられるという特性からいっそスーツとか学生服みたいなのにしたらどうかとチャレンジしたこともあったけど、流石にそれは「旅装」の範囲に入らないので無理だったし、そもそも変えられたとしても日本人としての価値観があるからイケるんであって、この世界でスーツや学生服だったら今より浮いてしまうということに気づいた。結局辿り着く結論は「どうしようもない」なのだ。
「うーん。いっそその辺で古着でも買って全身着替えちゃった方が良いのかな?」
「難しい判断ですね。格好の違和感は格段に減ると思いますけど、単純に服の質ががた落ちしますから。師匠のその服、とんでもなく上等な布みたいですし……」
リリンの指摘は、またしてももっともなことだ。この世界で新品の服となればほぼオーダーメイドになってしまうので、基本的には古着を購入することになる。であれば当然それに使われている生地もそれなりのものなので、やたらツヤツヤスベスベしている『威圧の旅装』には到底及ばない。というか、同じレベルの服を仕立てようと思ったら普通に僕が住んでる家より高いと思う。
なので、多少色鮮やかになろうとも『威圧の旅装』から通常の服に替えるのは相当に見栄えが落ちる。これから思い人の実家にお邪魔しようというのにわざわざ服の格を落とすのはあまり良い手とは言えないだろう。普通の服を着ちゃったら、僕の見た目は完全に村人Aみたいな感じだしね。
「うーん。やっぱり今のままが一番いいと思います。師匠はその格好をしていてこそ師匠ですから!」
「そうか? うん、まあそうだな」
拳を握った両手を胸の前に持ってきたリリンに力説され、僕もとりあえず納得してみることにした。何せ真夏すらこの格好で乗り切ったのだから、確かに今更替えても印象が変わったりはしないのかも知れない。であれば……あ、そうだ!
「えっと、確かここに……お、あった! ほら、これでどうだ?」
僕が胸に付けたのは、茶色地にピンクっぽく見える色あせた赤で丸を4つ付けた、肉球デザインのスライムジュエルだ。ハイアット家への野菜の定期納入が無くなったことで出来た空き時間を利用して作ったもので、前に行った鍛冶屋さんに持ち込んでブローチとして胸に付けられるように金具を取り付けて貰ったのだ。
「わぁ、可愛いですね! ちょっと浮いてる気はしますけど……でも、ミャルレントさんのお家に行くならいいんじゃないでしょうか?」
「うっ、意外と辛口だなリリン……まあでも、ワンポイントあると違うだろ?」
「ええ、喜ばれると思いますよ。えっちゃんもそう思うよね?」
ぷるるーん!
「そう? 二人ともそう言ってくれるなら、これで行くことにしようかな」
僕としては、自分のファッションセンスにこれっぽっちも自信は無い。日本にいた頃は僕の服装を気にする人なんて皆無だったから気なんて使ったこと無いし、こっちに来てからはファッションを気にするほど服の選択肢があるわけじゃなかったから、前世と今世を合わせて尚ファッションには無縁の生活だった。だからこそこの二人に頼った訳だけど、リリンとえっちゃんが大丈夫だと言ってくれるならきっと大丈夫だ。
ちなみに、こう言うときにあーちゃんには頼れない。彼に聞くと、何かこう派手でヒラヒラしたファンタジーな方向に寄せてくるからだ。あ、でも、ここはまさにファンタジーな世界なんだから、むしろ普通に格好いいんだろうか? いやでも、純日本人な僕の顔には似合わないよなぁ……
「ところで師匠、時間は大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、そろそろいい頃合いだな。それじゃ行くとするか。リリンも今日は帰るんだろう?」
「はい。流石に師匠がいない家で僕だけ特訓するわけにはいかないですからね」
最近は、ジェイクさんとの訓練も再開している。とは言え今日は僕が用事があるということでお休みになった。リリンだけ見て貰っても良かったんだけど、言葉通り僕がいないのに僕の家で特訓するのは悪いと遠慮してくれたのだ。
「じゃ、行こう。えっちゃん!」
呼びかければ、えっちゃんがぴょいんと頭に飛び乗ってくる。家を出て扉に鍵をかけていれば、素早く跳ねよって来たあーちゃんが滑るように鞄の中に入り込み、畑の方まで歩いて行けばやたらでっかいヒマワリの下でお昼寝……もう夕方近いけど……していたさっちゃんがいる。寝かせておいてあげたい気もするけど、ここで起こさずに置いていく方が可哀相なので指でぷにぷにつついたら、目覚めたさっちゃんもぴょいんと肩に乗ってくる。
そんなさっちゃんの体は、何だか最近蕩け気味だ。油スライムになった影響なんだろうか? このままだといずれデロンと流れ落ちそうな気がしてちょっと怖いんだけど、さっちゃん自身が大丈夫って言ってるんだから大丈夫なんだろう……だよね?
「それじゃリリン。また明日」
「はい、師匠。また明日です」
僕の挨拶に丁寧に腰を折ってリリンが返礼し、そうして別れたならば僕はミャルレントさんの家がある方へと足を運ぶ。多数の家族が一緒に住む『大家族』だけに建物も大きく、また騒音もそれなりらしいので、彼女の家は住宅街でもちょっと外れの方にあるという話だ。
指定された場所に向かって、のんびりと歩を進める。と言っても、内心のドキドキから気持ちは焦り気味で、歩調はやや早い。それを誤魔化すために意識してのんびり歩こうとしているのに、その試みは半ば失敗していると言わざるを得ない。
結果としては早歩きくらいの速度で目的地へと辿り着けば、そこにあったのは広めの道と簡易的な木の柵で軽く周囲から隔絶された、数軒の家の集まる極小の村、といった感じの場所。個人的には昔テレビで見た覚えのある、遊牧民の人達が暮らすでっかいテントみたいなのを想像していたので、これは予想外の光景であり……でも、よく考えたら当たり前の光景だ。町に定住してるなら、そりゃテント建てるよりしっかりした家だよね。
「おう、良く来たなトール!」
その木の柵の入り口の所では、何故か両腕を組んで仁王立ちするガラルドさんが待ち構えるように立っていた。





