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【Web版】威圧感◎  作者: 日之浦 拓
本編(完結済)

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新しい理解者

 あの日。僕の進むべき道が決まった。だって、あんなに美味しそうに食べてくれたのだ。モフモフがペロペロしていたのだ! こんなのもう、野菜を作りまくるしかないじゃないか! それはきっと天が決めた運命だ。僕はミャルレントさんに野菜を貢ぐためだけにここに来たのだ!


 とまあ、流石に3回目となる運命論はもういいとしても、僕はその後も野菜を作り続けることにした。せっかくならば人気のある野菜が作りたいと思って、まずは市場に行って市場調査……をしようと思ったけど、『威圧感』のせいで収穫は微妙だった。今まで人が集まる場所はできるだけ避けてたし、そもそも市場はお店と違って、いつも同じ人がいるってわけじゃないからね。使いまくったせいで『威圧感』の効果も若干上がってる気がするし、話を聞ける距離まで近づくと、怯えられてしまってどうしようも無かった。脅しているのと勘違いされて無料で商品を差し出されたり、それを聞きつけて警備兵がやってきて、やっぱり威圧しちゃって一悶着あったりしたところで、もう市場は諦めた。


 ちなみに、「自分に『収束威圧』をしたら周囲の威圧が弱まるんじゃ?」という実験は、見事に失敗だった。そもそもの問題として、結構集中しないと『収束威圧』は発動しないので、それを自分にかけたまま活動するのは難しくて無理だった。自分に意識を集中って、外部的にはぼーっとしてるのと同じだからね。周囲に対する注意力が散漫になっちゃって、とっても危ない。

 しかも、自分に『収束威圧』を使った場合、確かに周囲への威圧の強さそのものは下がっているっぽいけど、代わりに距離による減衰が減ってしまうらしい。今までより遠くから、ハッとした顔でこっちを見る人が増えた。つまり、余計に注目されてしまうようになったってことだ。


 もっと『威圧感』に慣れて、細かいコントロールが出来るようになれば、いけそうな気はするんだけどなぁ。野菜のおかげで威圧を与える方の操作はだいぶ上達したと思えるから、同じように抑えることだってできると思うんだけど……漏らさないように、こうギュギュッと押し込める感じで。いや、でもそれこそ威圧だよなぁ。まあちょっとずつ頑張っていこう。


 で、市場は駄目だったので、仕方なく商業ギルドに出向く。前回トマトの種を買ったのはここだ。手土産の野菜や薬草やらを渡して用件を告げて、裏口からこっそり……前に正面から普通に入って怒られた……中へと入る。通されたのは、前回と同じくギルドマスターの前。そう、凄く偉い人だ。何故こんな偉い人が会ってくれるのかと思ったら、「貴方の威圧に耐えられる商人はそれほど多くない」と言われた。威圧に負けて下手な商売をされるのは困るし、さりとて威圧という目に見えず罪にも問えない行為以外は紳士的な対応をしている僕に対しては、これが最良の判断らしい。


 僕はトマトと薬草を売ったお金で、何種類かの種を買う。これでもっと畑を充実させることが出来るだろう。ああ、でも、その前に毒草はどうにかしておかないとな……威圧のせいで毒が強くなりすぎるとか、怖すぎるだろ。軍手とか無いから思いっきり素手で触ってたし、これかぶれたりとかするのかな? 近くの野菜に影響が出るのも嫌だから、早めに処分しよう……


 僕は丁寧な対応をしてくれたギルドマスター……最初にされた自己紹介だと、レンデルさんだったかな? にお礼を行って、やっぱり裏口からこそっとギルドを後にする。よーし、これで更に美味しい野菜を作るぞ!




*関係者の心境:レンデルの場合


「ふむ。おとなしく帰りましたか……ご苦労」


 部下からの報告を聞き、私は彼を下がらせてから、執務室の机に背を預ける。時間的には大したことはなく、安価な野菜の種を適正価格で売るだけという、駆け引きも何も無い丁稚のような商談を終えただけなのに、私の体には重い疲労が溜まっていた。


 冒険者トール。最初に入ってきた情報では、辺り構わず強烈な威圧を放つ、極めて危険な存在だというものだった。だが、彼は力を振るうどころか誇示することすらなく、薬草やらダンシングラディッシュの採取しかしなかった。威圧によるトラブルこそ無数にあったが、そのどれにも暴力的な行為はなく、全てが穏便に済まされている。


 故にわからない。何故彼は周囲を威圧し続けるのだろうか? ダンシングラディッシュを大量に収穫してきたことからも、受ける威圧感に相当する腕は間違いなくあるのだろう。ならば、強者の雰囲気を纏っているというのならわかる。だが、あえて威圧する理由は何だ? わざわざ自分の精神力を削って、常時周囲を威圧し続けるなど、疲れるだけではないのか? ひょっとして、そういう効果のある魔法道具(マジックアイテム)を所持して……いや、そうなればむしろ呪いの類いか?

 想像は色々出来る。が、想定しても断定はしない。色々備えつつ、もっと情報収集をするべきだろう。あの威圧が無ければ、もっと接触を増やして色々聞き出せるのだが……


「ふぅ……」


 小さく息を吐いてから、机の上に載せられたトマトに目を向ける。これもまた、冒険者トールの異質さを如実に表した一品だ。

 どういうわけだか、彼の採取してくる野菜や薬草は、やたらと品質が高い。野菜が美味しいのは勿論好ましいことだが、特に薬草の方が素晴らしい。彼の持ち込んだ薬草のみを材料とするなら、1つ上の回復薬として売り出せるだろう。もっとも、回復薬の流通量を考えれば、彼一人が用意出来る量など微々たる物だし、種を買っていったことからも、彼は野菜の方に注力するのだというのが理解できるため、商品として出回ることはほぼ無いだろう。


 ちなみに、一緒に持ってきた毒草の方は、毒の濃度が危険域に達していたため、このままでは警備兵に捕まるかも、とほのめかし、破棄を進めておいた。これはこれで価値のあるものだが、リスクに対してリターンが少なすぎる。虫除け程度の使い道しかなかった草が、きちんと処理すれば人を殺せる毒になるなど、厄介事の匂いしかしない。教えたときの彼の態度からすると問題は無いだろうが、ここにも一応注意を払っておくべきだろう。


 植物の品質をあげる……か……。ダンスラディッシュやあの畑の元の持ち主の件も考えると、効果の大小はあるにせよ、彼が最後の収穫の行程に関わりさえすれば、それができるということになる。それが技術や道具であるなら是非とも買い取りたいところだが、これもまた現実的ではないだろう。誰にでも教えられる技術や、量産可能な道具だった場合、もっと詳細がわからないと値段のつけようがないし、それを聞き出すために大金を先に払うのは、本末転倒だ。それどころか、これが彼だけの固有能力だったりした場合は、払い損にすらなる。情報は価値のあるものだが、全ての情報が金であるわけではないのだ。今はまだ焦るような段階ではない。


 となると、冒険者として希少な薬草の採取を依頼してみようか? 品質に応じて買い取り金額を増額するような……ふむ、これは一考する価値がある。が、希少な薬草が採取できる場所など、近隣にはない。移動にかかる経費や日数を考えて、それなりの額を支度金として前払いしなければならないが、遠方の危険地帯に送り込む以上、そのまま戻ってこない可能性を考えなければならない。


 彼が野菜を売って暮らす分には考えられないほどの大金を、いきなり渡して大丈夫だろうか? そもそも、こんなところで野菜を育てているという行動自体に意味があるのなら、遠方へ出向く依頼は受けて貰えないだろうか?


 頭の中で四方に思考が飛び、それぞれが答えを持って戻ってくる。が、情報があまりに少なすぎて、仮定や想定ばかりが並び立ち、これという手応えのある解答にたどり着けない。半ば無意識にトマトを手に取り、一口囓る。

 瞬間、あふれ出る旨味と水分。思わず目をむき、あっという間に食べきってしまった。


「ふむ……まあ、もうしばらくは様子見ですかね……」


 情報も無いうちに、事態を引っかき回しすぎるのは良くない。商人は動きを読むもので、自ら動かすものではないのだ。それに、下手なことをしてこのトマトが食べられなくなるのは、些か勿体ない。これが手に出来る日々が続くなら、静観で十分だろう。


「誰か! トールさんのトマトを、もう1つ持ってきてください!」

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