フルールさんと町歩き-4
昼食は、普通にありもので作って済ませた。勿論手抜きをしたとかじゃなく、普段僕が食べているものを食べてみたいというフルールさんの希望に添う形だ。1匹1匹は少量とはいえスライム達の分もあったので思ったよりも料理の手間はかかったけど、その分みんなで食べる食事は美味しかった。
「ふぅ。とても美味しかったです。ありがとうございました、トール様」
「いえいえ、ご満足頂けたなら光栄です」
出会った当時はこっちが怖くなるくらい食の細かったフルールさんも、今では僕と同じ量をペロリと平らげる。自分の作ったものを美味しそうに食べてくれるのはただそれだけで嬉しいので、僕の方もお腹も気持ちも大満足だ。
ちなみに、今回はちゃんとフルールさんは自分で口を拭いている。うん、実に正しく健全で懸命な選択だ。毎回口を拭かされるのは……何というか、心臓に悪い。
その後はフルールさんがスライム達と戯れている間に軽く食器を洗ったりして片付け、それが終われば家を出る。「ご機嫌よう」と手を振るフルールさんに、スライム達はぴょいんぴょいん跳ねて見送りをしていた。
そうして午後。次に行くのは、冒険者ギルドだ。町を案内するとなれば、どうしてもここは外せない。もし僕が案内される側だったら絶対来たい場所だし、フルールさんも建物が見えてきた段階で既に目をキラキラさせている。
「さあ、それではご自分で扉を開けてみてください」
「いいんですか? では、失礼して……」
冒険者ギルドの正面の扉は、西部劇とかで良く見るパタパタ開くアレだ。エスコート的には駄目なんだろうけど、これは絶対自分で開けてみたいはずなので、きちんとフルールさんに話を振ってみたら、予想通りにそっと扉に手をかけて、興味深そうに押し開ける。
ちなみに、あのパタパタ扉ということは当然建物内から扉の前に立つ人は丸見えなのと、そもそも視界の通る場所で僕が近づいたらほぼ誰でも気配に気づくので、中に居る人達は全員温かい視線で僕たちを見ている。午後イチでここに来るのは事前に通達してあるので、変な人に絡まれる心配も無い。イチャモンを付けられるのは新人冒険者のテンプレイベントだけど、領主の娘にそれをやったら物理的に首を飛ばされちゃうので、その体験は無しだ。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ!」
建物の中に足を踏み入れたフルールさんに、いつもより少しだけ気合いの入った挨拶を返すのは、当然ミャルレントさんだ。というか、リタさんも普通に居るのに挨拶してるところを見たこと無いな……まあリタさんが満面の笑みで挨拶をしているところは想像できないけど。
「こんにちはミャルレントさん。こうしてお会いするのは2度目ですね」
「はい、そうですね。どうぞごゆっくり見学なさっていって下さい」
互いに笑顔で挨拶を交わしてから、フルールさんがトテトテと酒場の方へと歩いて行く。ギルド内においては、基本僕はノータッチだ。聞かれれば勿論答えるけど、こういうのは好奇心の赴くままに見たり聞いたりするのが一番楽しいからね。
と、そんな事を考えていると、フルールさんが椅子に座って仲間と雑談していた冒険者のグループに近づいていく。
「こんにちは。冒険者の方ですか?」
「あ、ああ。そうだ……です、はい」
「先日は町を守っていただいてありがとうございました。お怪我などはありませんでしたか?」
「お、おぉ? いや、その、ちょっと腕を切られたが……ですが……何てことねぇ……だ……です?」
「プッ! お前なんだその喋り! 緊張し過ぎだろ!」
緊張で呂律の回ってない感じの男性冒険者Aに、その仲間と思わしき男性冒険者Bが吹き出す。それを受けてAが何か言い返そうとしたところで、フルールさんがBの方へと体ごと顔を向け直す。
「貴方も、先日はありがとうございました。お体の調子は大丈夫ですか?」
「うぇぇ!? 俺……いや、私? は、その、大丈夫デス……」
「へっ。オメェだって変わらねぇじゃねぇか!」
「仕方ねぇだろ! 俺の人生でこんな綺麗なお嬢様と会話する機会なんて無かったんだよ!」
「あら、それはひょっとして、私口説かれているんでしょうか?」
「ふぁっ!? いや、そんな滅相もない! そんな恐れ多い……」
「えぇ……それは私には口説くほどの魅力が無いということでしょうか?」
「ま、まさかそんな! そんなことは……ちょ、おい、助けろよ!」
「無茶言うなよ。女を口説く甲斐性があったら、こんなところでお前と管巻いてる訳ないだろうが……」
「うふふふふ…………」
うーん。あの二人完全に手玉に取られてるよな……というか、僕も客観的に見たらあんな感じなんだろうか? 恐るべし貴族の対人処世術……それとも、フルールさんだからこそなんだろうか?
「あの、トールさん?」
そんな事を考えていたら、不意に小声でミャルレントさんに呼びかけられた。そっと受付の方へ歩み寄れば、彼女の口が僕の耳元へと寄せられてくる。
「どうですか? フルール様の様子は?」
「うん。楽しんで貰えてると思うけど……心の奥底までは何とも言えないかな」
「それはまあ、そうですよね。でも、できるだけ気を遣ってあげてください。ひょっとしたらこれが最後かも知れないわけですし」
最後。その言葉が重く深く僕の胸にのし掛かる。お見合いという名の婚約、ひいては結婚するために他領に行くフルールさんが、その後どうなるのかは僕にはわからない。他の領地にお嫁に行くということであれば、もう2度とここには帰ってこない可能性すらあるのだ。
その結果に影響を与える力は僕には無い。だからこそお別れは笑って済ませたい。最後になるかも知れない思い出は、笑顔一杯であって欲しい。その思いが一層強くなって、僕は鞄の奥に大事にしまってあるそれに、思わずそっと手を触れる。
「大丈夫。出来るだけの事はするから。フルールさんを、ちゃんと笑顔で送り出せるように。フルールさんが、笑顔で出発できるように」
「トールさん……ありがとうございます。でも、フルール様を人前でさん付けで呼んだら駄目ですよ?」
「あぅ!? き、気をつけます……」
クスクスと笑うミャルレントさんのヒゲに耳をくすぐられつつ、僕は慌てて佇まいを正した。リタさんの方から何とも生ぬるい視線を感じるけど、そこは気づかないふりだ。
その間にも、フルールさんはその場に居た色んな冒険者の人から次々と話を聞いている。僕の話した冒険譚は日本におけるゲームとかのパク……ゲフン、インスパイアされたリスペクトでオマージュだけど、彼らの語る話は大げさに盛っているとしても実体験だ。さっきから興味深そうに話を聞いては、フンフンと興奮して相づちを打っている。なかには刺激の強そうな話もありそうなんだけど……ああいや、冒険者の人なら、そういうのも慣れてるのかな? 子供にせがまれて話す、とかってあるだろうしね。
というか、僕も聞きたい。冒険者としての活動を実質的にはほぼ何もしてない僕なら、フルールさんと同じように楽しめると思うし……ということで、さりげなくフルールさんの横に立って、一緒に話を聞くことにした。僕が近づいたことにちょっとだけビクッと体を震わせたけど、そのまま気にせず「いかにして自分がオークを格好良く屠ったか」を語り続けてくれる。
段々と興が乗ってきたのか、滑らかな口調で語られる小さな英雄譚に、僕もフルールさんもしばし時を忘れて耳を傾けるのだった。





