根を詰める
出来上がった特製粘液に、石を砕いて作った粉を混ぜていく。この際混ぜ方によって完成品の見え方が変わるので、まずは小さく作ってテストだ。粉をギュッと押し固めたものの周囲を優しく覆う様にかけたり、粘液に粉を練り込んでみたり、あるいはあえて粉を少なめにしてみたりと、色々な手法を試す。
そうして出来上がった粉入り粘液を、『威圧感』と『威圧の剣』によって作り出された鏡のように滑らかな切断面を持つ石の板のうえにそっと垂らしつつ、すかさず『収束威圧』を発動。できれば『輪唱威圧』の方がいいんだけど、そっちは回数が限られるから今は温存だ。
『収束威圧』を駆けられた粘液はゆっくりと固まっていき、こんもりと丸い……クッキーとかあんな感じの形で固まる。やっぱり『収束威圧』だとちょっと弱いらしい。『輪唱威圧』でやればもうちょっと高さというか、厚さというかが出せるはずなんだけど……まあテストだからね。
あとはこれを宝石っぽくカット出来ればいいんだけど、ダイヤのブリリアントカット? だかああいう手の込んだのはどうやっても無理なので、縦長の六角形な感じに『威圧の剣』で加工する。対象が小さいのに使うのが剣なので、ある意味ここが一番大変だったけど、今はテストなので多少妥協した。
そうやって切った物に再度さっちゃんのスライム油を薄く塗って、『収束威圧』を発動しながら乾かしてやれば……僕特製の宝石もどき、その名も「スライムジュエル」の完成だ。
「おお、これはなかなかの出来じゃない? どう?」
完成品をみんなに見せたら、えっちゃんは「こいつはなかなかだな」と良反応。さっちゃんは「きれーい!」とはしゃいでいたし、お洒落に関しては一番こだわりがあると思われるあーちゃんにも「フフフ。これは俺が身につけるに相応しい美しさだな……」と震えてくれたので、この路線で大丈夫だろう。
ちなみに粉の混ぜ方に関しては、ギュッと固めたものは中心の色の周囲をごく薄い緑色のカバーが覆うような感じになり、固めた粉の隙間にも粘液が僅かに入り込むことでまるで惑星を閉じ込めたような感じになって綺麗だった。
次に混ぜ込んだものだけど、これは粉だと色が綺麗に出ず濁った感じになってしまったので、茶色や黒なんかの粉であれば合いそうだけど、鮮やかな色には合わない感じだ。
そして最後にあえて粉を少なめにしたのは、さっきとは逆で金色みたいな明るくて光る色だと星がちりばめられているように見えて綺麗だけど、暗色だと染みみたいに見えてみすぼらしくなりそう。
ということで、この辺の結果を踏まえて次はいよいよ本番だ。贈る人の顔を思い浮かべて、その人に合う色とそれを最大に生かせる混ぜ方を考え、少しずつ試していく。幸いにしてそれなりの量の石を取ってきたので、余裕はある。逆に時間は厳しいけれど、ここで焦って適当な仕事をしてしまったら今までの苦労が水の泡だ。
慎重に、でも素早く作業を続ける。本当は誰かに手伝って貰えればいいんだろうけど、作業工程に『威圧感』をふんだんに使っているから難しいし、そもそもプレゼントを贈る相手に作るのを手伝って貰うのは違う。当日の楽しみを奪わないためにも、今はリリンが来ることすら遠慮して貰っている。パーティに間に合わせるために、一人黙々と作業を……
ぷにょーん!
「うわっ!? え? 何?」
不意に、えっちゃんが僕の顔に体当たりをしてきた。というか、他のみんなも次々とぷにょぷにょしてくる。
「な、何!? どうしたのみんな? うわっ!?」
聞いても、誰も何も言わない。そのままぷにょりと押し切られ、僕が倒れたのはベッドの上。すかさずみんなが体の上に乗ってきて、身動きが取れない……とまでは言わないけど、地味に重い。
「……ひょっとして、休めってこと?」
ぷるるーん!
お腹の上のえっちゃんから「病み上がりに頑張りすぎだ。少し休め」と震えがくる。さっちゃんには「また倒れたらパーティ行けないよー?」と震えられ、あーちゃんにも「無理は美しくないぞ?」と諫められる。でーやんは無言のままマッサージをしてくれてるし、いつもは畑にいるはずのマモル君やタモツ君もいつの間にかやってきていて、その頭にはトマトが乗せられている。ああ、そう言えば最近は食事も適当なのばっかりだったな……
「……ごめん。心配かけちゃったんだね。ありがとう、みんな」
みんなに退いて貰って体を起こすと、僕は改めて全員の体をそっと撫でていく。ひんやりした感触が気持ちいい。そうやって触れ合うことで心に余裕を取り戻すと、自分の中に強い疲労が溜まっていることを実感する。ああ、確かにこれは頑張りすぎだ。回復祝いのために疲れ果ててるんじゃ呆れられても仕方ない。
「うん、今日は作業はここまでにして、ちゃんとした食事を取って休むことにするよ。というか、もう夜なのか……うわ、全然気づかなかった……」
ちょっと前まで明るかったはずなのに、窓の外はもう真っ暗だ。意識してみればお腹もペコペコだし、であれば食欲も湧いてくる。
「よし、それじゃ久しぶりに美味しい物を作ろうか! みんなで食事して、後片付けをしたら……そうだな、たまにはみんな一緒に寝るかい?」
ぷるるーん!
僕の提案に、みんなが喜んで震えてくれた。そうと決まれば善は急げだ。料理の材料はマモル君たちが持ってきてくれたトマトは勿論、畑に行って茄子とインゲンを確保。あとは実は栄養満点だと知って畑の隅っこでちょっとだけ作っているパセリを毟って来たら、買い置きの卵も使って夏野菜の卵炒めの完成だ。いや、『威圧感』のせいで季節感とかわからないから、本当に夏野菜なのかは知らないけど、そこは雰囲気を大事にしたい。
パンと合わせてお腹いっぱい食べたら、後片付けをして軽く身支度を調え、明かりを消したらベッドの上へ。僕が横になったところで、次々とスライム達が乗っかってきた。元からあった奴だから、結構ギシギシいってるけど……大丈夫だよね?
「さて、それじゃ寝ようか」
腕やら足やらお腹やらで、みんながプルプル震える。それを合図にまぶたを閉じて、僕は夢の世界へと……
「…………ごめん。やっぱりちょっと重いや。本当にごめんね……」
思ったより重くて眠れそうも無かった。人間でもそうだけど、意識がある状態で寄りかかってくるのと、意識が無い状態で体を支えるのとでは負荷になる重さが全然違う。それは骨も何も無いスライムでも同じみたいで、普段頭の上に乗ってる時とかは何てこと無いのに、こうしてクッタリとお腹に乗られるとやたら重く感じる。まあ僕自身の眠るために力を抜いてリラックスしてるからってのもあろうだろうけど、とにかくこれで寝るのはちょっと無理っぽい。
ということで、泣く泣くみんなをベッドから降ろしたけど、スライム達はいつもの自分の定位置じゃなく、今日はベッド脇の床で寝ると言い出した。「ちゃんと寝るか見張ってるからな?」なんて震えるえっちゃんを笑顔でひと撫でしてから、今度は本当に眠りにつく。というか、自覚が無かっただけで本当に疲れが溜まっていたんだろう。あっという間に意識が闇に吸い込まれて、そのまま僕は眠りについた。
その晩見た夢は、みんなで遊ぶ夢だった。えっちゃん達やミャルレントさんや、他にも知ってる人みんな……ミランダさんが乙女走りで後ろから追いかけてきたのがちょっとだけ怖かったけど、とにかくみんなで草原を走る……ただそれだけだけど、泣きそうなくらい楽しくて幸せな夢だった。それが夢だと……現実では叶わない光景だと知っているからこそ、僕は枕を涙で濡らしながら、夢の中では笑い続けていた。





