謀の影
今回はジェイク視点です。ご注意ください。
「おう、来たぜ」
俺は通い慣れたと言ってもいいギルドマスターの部屋へと、何のためらいも無く入る。この扉を潜るのに緊張したのは、もう遙か昔のことのようだ。
「やっとかいジェイク。で、報告は?」
書類の山の向こう側には、見慣れた顔のバァさんがいる。もう60も近いだろうに全く元気なことだ。
「誰がバァさんだって?」
「おいおい、人の心まで読み始めたらいよいよ妖怪だぜ?」
妖怪ってのは、イチタカの故郷にいるらしい変な生き物だ。亜人や獣人ともまた違うらしく、心を読んだり何も無い空から突然現れたりと、随分と自由な存在らしい。俺としては精霊や妖精と同じなんじゃないかと思うんだが、それを言うとファルがえらい剣幕で怒りやがる。「あんな怪しげなのと精霊さんを一緒にしないでください!」とか言われても、どっちも見えない、見たことの無い俺にはわかりゃしないんだがなぁ。
「ハッ! アタシに心を読まれたくないなら、もうちょっと修行をするんだね。で、どうだった?」
「ああ、アンタの読み通りだ。草に隠れてたが、使用済みの術式の跡が残ってた」
「ふむ。となると転移か召喚か……」
「そこまでは俺にはわからねぇよ。ファルもそっちは詳しくないしな。一応イチタカが描いた絵は持ってきた。ほら」
俺が差し出した紙を受け取り、バァさんが真剣な顔でそれに目を通す。こういうところだけみれは間違いなく冒険者ギルドのマスターなんだが、俺の中に色濃く残るイメージが、どうしてもバァさんと呼ばせたがる。30年近く昔……俺がまだどうしようも無いクソ餓鬼だった頃から俺をどやしつけてくれたこの人は、俺に取っていつまでたっても怖くて頭の上がらないバァさんだ。
「うーん。流石にこれじゃアタシにもわからんね。コイツは後ろに回すとして、後で現地にも人員を派遣しよう。ま、望み薄だろうがね」
そう言ってバァさんが紙を放り、机の上の書類の山が増える。会いに来る度増えているそれは、こうして見ているだけの俺ですらウンザリする。
「なんだいジェイク。アンタも書類仕事を覚えてみるかい?」
「冗談。俺は羽根ペンより剣を振り回してる方が性に合ってる。今の倍の稼ぎをくれるって言われてもお断りだね」
「馬鹿言うんじゃないよ。アンタの稼ぎの倍を事務職員に支払ったりしたら、あっという間にギルドが破産しちまうさ」
「なら、これがお互い理想の立場ってことさ」
そう言って笑う俺に、バァさんはあからさまに顔をしかめる。が、俺だってまだ30を折り返したところ。この歳でギルドに引っ込むつもりはない。まだまだやりたいことはあるし、強くだってなれるはずだ。
「はぁ……全く。魔物の氾濫だけでも面倒だってのに、町中に魔物を呼び寄せる馬鹿まで現れるとはねぇ」
バァさんの漏らした愚痴に、俺もまた眉根を寄せる。それこそが、俺たちが未だに休むこと無くお使い任務をやっている原因だ。
今回の氾濫で、町の外壁が破られたという報告は入っていない。戦闘終了後に全ての壁を調べたが、破損している箇所は1つも無かった。つまり、トールが戦ったあのオークは氾濫の際に町に入り込んだわけじゃないってことだ。
そして、今回術式が見つかった。これによりあのオークは氾濫の混乱に乗じて誰かが意図的に町に招き入れた可能性がほぼ確定となった。
だが、ここで問題が生じる。それは何故あの場所に、しかもオークが1匹だけだったのかと言うことだ。あそこは町の中心から遠いどころか、周囲に人が住んですらいない場所だ。あそこでオークライオットが暴れれば確かに被害は出ただろうが、人のいない民家が大量に破壊されたとしても、そこまで深刻な問題にはならない。被害を出したいと考えるなら、住宅街の方に呼び出した方が圧倒的だ。戦力が門に出払っている以上、物的にも人的にも相当な被害が出たことが予想される。
また、数が1匹だけというのもおかしい。オークライオットは建造物の破壊に特化したようなオークだ。そんなものを単独で呼び出したところで、戦闘力としてはたかが知れている。それこそトールがスライム達と協力した程度で倒せているのだから、中堅の冒険者ならあっという間に切り伏せて終わりだっただろう。氾濫の混乱という絶好のタイミングを見計らっていたのに、満を持して呼び出した戦力としてはあまりにもお粗末すぎる。
つまり、今回の事件の意図が見えない。間違いなく人の意思が絡んでいるが、その割にはどうやっても大した被害が出ないようになっている。あの場にトールが居合わせなければ、そして不運にもあそこで遊んでいた猫人族の子供がいなければ、それこそ無人の家屋が十数件潰されただけで終わってしまうような襲撃だったのだ。
「なあ、バァさん。アンタには犯人の描いた絵図が見えてるのか?」
解らないなら聞けばいい。自分で考えることもせずに他人を頼るのは愚か者だが、考えてもわからなかったことを他人に聞きもしないのは大間抜けだ。俺の問いに、バァさんが難しい顔をしながらも口を開く。
「うーん。確実とは言えないが、きな臭い奴は思い当たるのがいるねぇ」
「ほぅ。誰だ?」
「馬鹿だねぇ。アタシみたいに立場のある人間が、確証も無くそんなこと言えるわけないだろ」
ちっ、また馬鹿呼ばわりされちまった。本当にこのバァさんは口が悪い。流石に拳骨こそ落とされなくなったが、気分的には似たようなもんだ。
「はぁ。本当に面倒くさいな。さっさと全部終わらせて、剣のひとつも振りたいぜ。最近は鍛え甲斐のある奴もいるしな」
「ほぅ、アンタの眼鏡に適うような奴がいるとは……誰だい?」
「そんなの決まってるだろ? 俺の相棒、遠き理想さ」
そう答えた俺に、バァさんの目が丸く見開かれる。
「それは流石に意外だったね。トールの坊やじゃないのかい? 最近は剣を教えてるって話だったが?」
「トールか……あいつは戦うのに向いてる性格じゃないからな。この前様子を見た限りじゃ、死線を潜っても中身が変わったようには見えなかった。あれなら無理に強くなる必要は無い。むしろ今のままいられるようにしてやるのが一番だ。そのためにこそ俺たちみたいなのがいるんだからな」
「そうかい。じゃあ……トールと一緒に鍛えてるリリンとかいう子は?」
「リリンは、トールより更に戦いには向いてないな。本人は勇者に憧れてるとか言ってたが、性格も能力もどう考えても後衛向きだ。回復魔法でも覚えればパーティとして戦闘に参加することはできるだろうが、アイツが自分で敵を倒すってのはトールよりきついだろうな。近接戦闘の才能はまるで無い」
「回復魔法……なるほどねぇ。ま、父親を考えれば当然か」
「そういうことだ。俺に魔法の適正なんてのはわからないが、機会があれば適当な奴を付けて指導してみたらどうだ? この前もこっちで負傷者の手当をしてたんだろ?」
「ああ、そう言えばそうだったね。確かにその方が才能を腐らせずに済む、か」
バァさんが一人頷いて、積み上がった紙の山から書類を1枚手に取り目を落とす。どうやら会話はこれで終わりらしい。
「じゃ、また何かあったら呼んでくれや」
「あいよ。アンタも気をつけな」
バァさんの声を背に受けて、俺は部屋を出る。すると部屋の前で待たせていた遠き理想が肩に乗ってくる。
「おし、じゃあ行くか」
ぷるるーん!
言葉の通じない相棒を乗せて、俺はギルドを後にする。もう暫くすればトールも復活して家に帰るだろう。特訓が再開すれば、今みたいに空いた時間をフラフラする余裕は無くなる。まあそれはそれで楽しいが、今は貴重な余暇を堪能するべきだろう。
「さーて、今夜は何処に行こうかな……?」
酒を飲むにはまだ早く、仕事をするには遅すぎる半端な時間帯をどう楽しもうか? その答えを検討しながら、俺は町の雑踏の中へと足を踏み入れていった。





