決闘
先手必勝。微塵の迷いも無く、俺は奴へと真槍を投射する。矢のように飛んでいく真槍は、しかしながら暴風の壁によっていともたやすく弾かれた。
風の壁で飛び道具を防ぐ。いかにも風使いがやりそうな手だ。
「こちらから行くぞ」
「ッ!」
ベルが右手を掲げる。すると、先程まで雲一つ無かった空があっという間に真っ黒な暗雲によって埋め尽くされる。風は唸り、雨が降る。雲の内側には、無数の閃光が押さえつけられていた。
「サリィ!」
「お任せ!」
サリィが降り注ぐ稲妻を次々に叩き割る。その刹那、残影を描いてベルの元へと迫って行く。
「そう簡単には近寄らせない」
ベルの足元が弾ける。同時にそれは、腕となって俺を躊躇う事なく殴り飛ばそうとする。
「オラァ!」
岩石によって形成された剛腕を、真正面から拳で迎え撃つ。腕は土塊に戻り、また腕となって襲いかかる。
「泥人形か⋯⋯」
「ご主人様、気をつけてください。上からも攻撃が来ます!」
「わかった!」
何本もの腕が、一斉に殴りかかってくる。所詮は土の塊だ。殴れば崩れ、蹴れば砕ける。だがそれも、一つ一つ対処していくとなると話は別だ。
「しかもこの雨、重い!」
この身に降りかかる雨粒の一つ一つが、明確に攻撃としての威力を持っていた。俺の体を容赦なく叩きつけ、あっという間に体力を奪って行く。
雷撃はサリィが何とか防いでくれていたが、この雨はどうしようもなかった。
「クソ⋯⋯」
足が重い。体がだるい。燃料の切れかけたロボットの気分だ。
ごちん、と何か硬いものが頭を打った。上を見る事も出来ずに地面を眺めると、いくつもの氷の塊が転がっている。
「痛てぇ! なんだこれ、ヒョウか?!」
「ご主人様ちょっとヤバいです、土と雷と風のジェットストリームアタックが来ます!」
「あ──マズイ」
避けられないと判断した俺は、咄嗟に一番危ない雷を防ぐようにサリィに頼む。アレは食らえば致命傷は避けられない威力、最優先で防ぐ必要がある。
頭上で、雷光が真っ二つに裂けるのが分かった。
「上出来、後は──」
目の前に、何重もの腕が押し寄せる。その一つ一つが、人一人など簡単に押し潰せそうな程に巨大だった。
「残念、デカイと狙いやすいだけだ!」
魔法陣展開。真槍全弾を一斉にブッパなす。粉々に砕け散った土の向こうから、見えない何かが襲いかかる気配を感じた。
咄嗟に横に大きく跳ぶが、遅かった。
「い⋯⋯ってェ⋯⋯ッ!」
頬を掠めた何かは、ザックリと顔の皮膚を斬り裂いた。だが、痛いだけだ。致命傷では無い。まだ動く体を前へと進め、ベルへと肉薄する。
「ベル!」
暴風の壁を突っ切り、ベルの顔へと最短距離を真槍が進む。貰った、と心の中で確信した。
「⋯⋯惜しかったな」
ベルは顔色一つ変えずに、その真槍を受け止めた。手ではない。
──奴の手には、青白い雷光を纏った氷の剣が握られていた。
「剣術も使えるとか聞いてねぇなオイ⋯⋯」
「魔法使いが杖だけと思って貰っては困るな」
続けざまに連撃を放つと、その全てをことごとく受け流された。いくら身体能力を上げ腕力を強化しようが、ベルの技量の前には無意味だった。
幾度となく繰り返した攻撃の果て、ベルは遂には反撃の刃を俺の肩口へと突き出す。
「が、あァっ!」
よろめきながら、堪らず後退する。刃を突き立てられた右肩は、凍傷と火傷を併発させたような酷い有様になっている。
「風は更に吹き荒れる。雨は氷に、やがては刃の様に研ぎ澄まされる。君が時間をかければかけるほど、状況は君を苦しめていくぞ」
「忠告どうも⋯⋯」
さて、どうしようか。技量は完敗、かと言って遠距離戦でも勝ち目は薄い。オマケに時間制限付き。
「サリィ、そっちはどうだ」
「どんどん天候が悪くなってます。このままだと、放っておくだけで状況は悪化していくばかりです」
「これが⋯⋯魔法使いか」
ガルには悪いが、比べ物にならないほど強い。圧倒的な制圧力、弱点を補うための技量。苦戦は想定していたが、これ程強いのは予想外だ。
「所詮は君も普通の人間。私の背負った物などには遠く及ばない」
「⋯⋯何が言いたい」
「いいや。君なら私を超えられるかと思ったが、期待はずれだったという訳だ」
風が一段と強く唸る。全身にピリピリとした緊張と共に、生命の危機を本能が訴えかけて来る。避けなければと脳が判断しても、体が上手く動いてくれない。
何か、何か大切な事が欠けている気がする。
「せめて、痛みを感じずに終わらせてやろう」
「──あ」
目の前の全てが群れをなして一斉に襲いかかってくる。足が、手が、それを避けようと必死に力を振り絞る。けれど所詮、人間は自然には勝てないのだ。それが摂理であり、覆る事の無い真理だ。
「────」
意識が抉り取られていく。もはやこの体が地に着いてるのか、宙を舞ってるのかも分からない。ただ、圧倒的な力だけが、俺の体を次々に破壊していく。
あぁ、これはダメだ。一瞬でも意識を失ってしまえば、もう戻れない。だが、そんな俺の考えとは裏腹に、俺の意識は急速に落ちていく。負けだ、そう心の中で確信した。
寸前の声を聞くまでは。
「──真!」
「ッ!」
零れ落ちる意識を、確かにその声は繋ぎ止めてくれた。死んだ体をなおも動かしながら、必死にその声を聞き取ろうとする。
どれほど風が唸ろうが、どれほどの雷鳴が耳を潰そうが、どれほどこの身が砕けようが、この声だけはハッキリと聞こえた。
「小⋯⋯夜、小夜⋯⋯」
思い出した。俺は彼女の為に戦う。負けない、彼女の全てを守ると誓った。その誓いを果たせないなど、死んでもゴメンだ。
「馬鹿野郎が⋯⋯こんな所見せてる場合じゃねえだろうが!」
今にも崩れそうな足だが、何とか踏みとどまった。まだ動く。まだ、まだだ。
「まだ手足は繋がってる。意識だってある。何だってこんな所で立ち止まる必要があるんだよ!」
欠けた物を取り戻す。穴の空いた意識を埋めて、俺はまだ立っている。
「これは⋯⋯」
「ベル!」
心底驚いた顔のベルに向って、声を張り上げて叫ぶ。
「俺は倒れない! 小夜の為に、俺は負けない! お前の背負った物ごときに、小夜が負ける訳が無い!」
「な⋯⋯に」
「俺は小夜の為に戦う。彼女が俺を必要としてくれる限り、俺は負けない」
何の為に戦ってるのかを思い出す。彼女の未来の為に。
何故戦うかを考えた。彼女が俺に頼ってくれたからだ。
彼女がいる限り、俺は全てを賭して彼女を守ると誓った。その誓いをこんな所で果たせずに終わるなんて、死んでもゴメンだ。
「クッ⋯⋯!」
ベルは再び、全ての魔力を注ぎ込んで真の意識を抉り取ろうと試みる。先程よりも激しく、周囲の自然全てが真へと襲いかかる。
「失せろ! 自然ごときが、邪魔をするんじゃねえ!」
その一撃を、手にした真槍で振り払う。風が、大地が、空が、その一撃をもって真っ二つに切り裂かれる。
「人間は自然に勝てない。けど、魔女は自然ごときには負けはしない。俺は魔女だ、小夜の為に戦う魔女だ!」
俺を苦しめていた全てが一斉に消え去った。これが魔女、これが黒の力だ。
「ご主人様!」
「サリィ、あの壁を叩き割れ! お前ならやれる!」
「はい!」
一直線に、ベル目掛けて駆け出す。俺の前には、分厚い暴風の壁が展開されていた。
「でえぇぇぇい!」
その壁を、サリィは渾身の一振りで両断する。
「最高」
切り開かれた隙間を駆け抜ける。ベルの懐は、もう目と鼻の先だ。
「やらせはしない!」
「どけ!」
互いの得物をぶつけ合う。技量が力を受け流し、力が技量をねじ伏せる。
「貰った!」
一瞬の隙を突いて、ベルが真の脇腹へと剣を突き立てる。体の芯まで凍らせるほどの冷気と雷撃が、俺の全身を駆け巡る。
だから俺は、更に一歩前へと足を踏み出した。
「──そんな剣一本で、俺が止まるとでも思ったら大間違いだ」
「元々、そのつもりで⋯⋯!」
ベルは戦慄した。目の前の青年は、最早止まる術など捨てていた。ただただ、自分を倒すためだけを考えていた。自分の身の事など考えてすらいなかったのだ。
素早く手を離し後退──が、間に合わない。真は、ゆっくりと槍を振りかざすと
「俺の勝ちだ、ベル。約束通り、小夜は貰う」
絞り出す様な声で高らかに勝利宣言を唄い、敗者の首を刈り取った。




