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彩色の魔女  作者: 唄海
2章 英国の闘い
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泣いて、乾いて笑ったなら

「あ⋯⋯」


 小夜は艶やかで美しい黒髪を風に舞わせながら、窓の外を眺めていた。

 空よりも、海よりも綺麗な青い瞳。どこか儚げな美しさと、それにもかき消される事の無い可愛らしさを秘めた顔。


「小夜───」


 声をかけようと近づいて、俺は思わず立ち竦む。彼女は俺には気づかず、ただ黙って夜の海を眺めていた。その表情があまりにも悲しげで、俺は声をかけることを躊躇ってしまったのだ。


「⋯⋯⋯⋯」


 それでも俺は、再び小夜へと歩みを進める。


「よ、よう。おはよう⋯⋯か?」


 恐る恐る声をかける。悲しげな顔だけではない。月の光に照らされた彼女は、その美しさだけでも十分に気圧されてしまう。

 まるで憧れの人と初めて話す時のようだ。初対面じゃないってのに、これじゃあまるで俺が馬鹿みたいだ。


「真⋯⋯?」


 ゆっくりと彼女は視線をこちらに向ける。彼女の綺麗な瞳が俺を射抜き、俺は堪らず目眩を覚える。

 なんだって、こんなに緊張しなきゃならないんだ。


「おはよう、小夜。腹減ってない?」

「ん、大丈夫⋯⋯」

「そっか、良かった」


 ほっと息を吐く。何故だか、胸のつっかえの一つが取れた気がした。


「何してたんだ? まだ夜は寒いぜ」

「そうね⋯⋯月が綺麗だったから」


 そう言って彼女は月を仰いだ。つられて月を見ると、確かに綺麗な三日月が浮かんでいた。


「へぇ」

「真は月光浴とかはしないの?」

「夜はどっちかというと青光浴かな」


 ブルーライト浴びまくりである。不健康極まりない。


「にしても月光浴ね⋯⋯」


 吸血鬼がよくしてるイメージがあるが、サリィは月光浴をするのだろうか。そもそもアイツは本当に吸血鬼なのかすら怪しい。実は十割サキュバスでしたー、と言われてもなんら不思議じゃないから困る。


「お月見ならした事あるけど、月光浴はした事ないなぁ」


 昔、テレビで見たお月見に憧れて結構本格的にお月見をした事を思い出す。あの時は特に面白味も無く終わってしまったが、出来るなら今度は皆でやってみたいものだ。


「ねぇ真。やっぱり、今の生活って楽しい?」


 ふと小夜が聞いてくる。


「今ってのは?」

「魔法を知る前よ。アナタが今まで通りに過ごしてきた日々」

「あぁ、楽しいよ」


 思えば俺はいつも周りに恵まれていた。だから両親が家にいなくとも寂しくはなかったし、道を違える事もなくここまで来れた。大切な物は失って気づくと言うが、失わずして気づけたのも幸せだ。


「⋯⋯⋯⋯」

「どうした?」


 俺の答えに、小夜はどこか申し訳なさそうに目を伏せる。そして───


「⋯⋯ごめんなさい」

「え?」


 絞り出すように、震える声でそう俺に謝罪した。


「小夜は何も悪い事して無いぞ」

「違う⋯⋯違うの⋯⋯」


 胸を抉るような悲痛な声で小夜は語る。


「アナタは本当はこんな世界に来るべきじゃなかった。私なんかとは関わらず、今まで通り幸せに生きていて欲しかった。なのにその幸せを壊してしまったのは、他でもない私自信なの」

「な⋯⋯」


 頭がグラグラと揺らされる。脳が、体が、耳が小夜の懺悔にも似た言葉を全力で拒絶しているのが分かった。


「私が愚かだったから、アナタを巻き込んでしまった。魔法なんて物に関わらせて、挙句の果てには自分のワガママの為に利用して⋯⋯」


 ポロポロと、伏せた目から涙が零れる。小夜は、顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。


「ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」

「小夜⋯⋯やめろ⋯⋯」


 聞きたくない、見たくない。小夜の悲痛な声も、小夜の涙も。

 小夜には笑っていてほしい。俺のことなど気にせず、もっと楽しく笑って欲しい。


「私が力不足で、そのくせに馬鹿だったからアナタを巻き込んでしまった⋯⋯あの時私が一人で魔女狩りから逃げられたら、アナタを巻き込むような事にはならずに済んだのに⋯⋯」

「もういい⋯⋯やめろ」


 何かをしようと体に力を入れるも、俺の体は金縛りにあったようにピクリとも動いてくれない。俺には、どうしたら小夜の涙を止めたらいいか分からない。

 確かに小夜の言う事は一理あるかも知れない。もし小夜が素直にベルとの結婚を受け入れていれば、日本に来ることもなく終わっただろう。もし小夜が強ければ、あの大男に負けることもなく終わり、俺の出る幕は無かっただろう。

 でも───それでは俺は小夜と出会えなかった。ガルともライヴともサリィとも。それは嫌だ。例えそれが俺の幸せを犠牲にした物だとしても。


「小夜、別にいいんだ」

「違う、アナタの優しさにつけ込んだ私が悪いの⋯⋯いっそ、私はあそこで殺されてるべきだったのよ!」


 ────ギチリ、と何かがブチ壊れた。体の奥深く、黒峯真を作るものの中心。その奥から、様々な感情がぐるぐると体中に駆け回る。


「やめろって言ってんだろうがテメェ! いい加減にしねぇとキレるぞ!!」


 動かない体を無理矢理動かして、歩み寄る。喉がズタズタに千切れそうになる程の声を上げて、俺は小夜へと語りかける。


「いいか! 確かに小夜の言う通りになってたなら、俺は今まで通り過ごせてたかも知れない。だけどな! んな事とっくに過ぎた事だし、そもそも俺は今この状況が嫌とは一言も言ってねぇ!」


 吐いても吐いても言葉が紡ぎ出される。


「俺は小夜が魔女狩りにやられなくて良かったと心底思うし、魔法使いになって良かったとも思ってる!」


 息が切れそうだ。あまりの感情の高まりに、自分自身何を言ってるのかすら分からない。


「頼むから殺されるべきなんて言わないでくれ。そんな事を言われたら、俺が死にたくなる」


 小夜が殺される道理なんてあるものか。例え万が一あったとしても、そんなもの俺がブチ壊す。


「小夜⋯⋯頼むからそれ以上自分を責めないでくれ⋯⋯」

「うぅ、ああぁ⋯⋯」


 小夜の声が詰まる。あぁ、これではダメだ。余計に泣かせてしまう。


「小夜、大丈夫だ」


 小夜の手を両手で握る。か細く、力を込めたら折れてしまいそうな程華奢な腕と手。傷などつけさせるものか。例え死んでも守ってみせる。


「誓う。約束だ」


 大きく息を吸い込む。荒ぶる呼吸は少しだけ平穏を取り戻した。


「例えどんな時でも、俺は小夜の味方だ。絶対に。だから小夜は笑ってくれ」


 魔女狩りも魔法使いも関係ない。盲信でも狂信でも構わない。俺は小夜の為に戦う。


「怒鳴ってごめんな」

「うん⋯⋯うん⋯⋯!」


 堰を切ったように泣き出す小夜。ふと、視界が揺れる。


「あーやべぇ⋯⋯喉いてぇし血管ブチ切れるかと思った。慣れない事するもんじゃないな」


 どうやら体が限界突破してしまったようだ。膝が笑い始めている。


「怖かった⋯⋯真が一番怖かったよぅ⋯⋯」

「ごめん。本当にごめん許して」

「許しては私の方よぉ⋯⋯」


 涙でぐしゃぐしゃに濡れた小夜の顔。生憎俺はティッシュもハンカチも持っていない。けれど、窓から吹く風が乾かしてくれるだろう。

 その時までの短い間、俺はずっと小夜の手を握って離さなかった。


「お月様、俺の珍しいブチ切れシーンは黙っといてくれよ」


 そう心の中で、俺は三日月に向かって申し訳なさそうに笑ってみた。

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