白い黒本
「どういう事だ?」
「さぁ?」
顔を見合わせて、二人仲良く首を傾げる。二人共、何が起きたか分からないという顔になっていた。
あ⋯⋯ありのまま今起こった事を話すぜ!俺は読めない文字を読んでいたと思ったら、いつの間にか読める文字を読んでいた。と言った感じだ。
「少し待ってろ」
そう言ってガルは、本棚の間へと消えていった。そして、戻って来たガルは、何冊かの本があった。
「これ読めるか?」
「どれどれ⋯⋯」
『黒元』をとりあえず本棚に戻し、ガルの持ってきた本を受け取る。表紙には、奇妙な文字で題名が書かれていた。
「『利き手による魔法のバランス』んでこっちは『藍色の異端』か?」
文字を見ると、不思議と頭に言葉が浮かんでくる。
「マジかよ⋯⋯」
俺の解読に、ガルは心底驚かされたと言った表情になる。
「当たりか?」
「『利き手による魔法のバランス』は今の魔法語だ。だが『藍色の異端』は読めなかった文字だ」
「てことはあれか、やっぱり一昔前の魔法語なのか?」
「多分な⋯⋯」
「前の魔法語の奴、中も見ていい?」
「あぁ、頼む」
「頼まれた」
『利き手による魔法のバランス』をガルに預けて、『藍色の異端』を開く。
「うっわ!」
開いた途端、ホコリとカビのにおいが辺りに広がり思わずむせる。どうやら、あまり手入れされてない様子だ。
「読める人が少ないからな」
「先に言えよ⋯⋯」
ホコリを振り払い、改めて開いたページを眺める。相変わらず何の文字かは分からないが、何故か内容は分かってしまう。
感覚としては、全て漢字で書かれ、当て字で読む文を読んでるようだった。夜露死九みたいな感じ。
「『アイツは全てが異端だった。靡く黒髪は虹色に輝き、藍色の瞳は緋色に燃え、病弱なまでの白き肌は妖しく艶やかに血を通わせ。まるでそれは、この世の全てを失って得た箱の様だった』⋯⋯何これ?」
まるで意味のわからない文章だ。読んでるだけで頭が痛くなってくる。
「七百年も前の奴らの事だ、まともに読もうとするだけ無駄だな。だったら、こっちを読んだ方がまだいい」
持っていた本を交換する。どうやらこっちの本はそこそこ読まれてるらしく、何事も無く開けた。軽く流し読みをしながら、使えそうな知識を探し出す。
「『魔法においても、利き手による力の強さは存在する。例えば『具現』の魔法を使用する際にも、利き手によって強度や精度に違いが出る』か。でも俺、真槍は魔法陣から出してるしな⋯⋯」
どうやらこちらの本もあまり役には立たなさそうだ。
「さっぱり分からねぇ⋯⋯」
一方のガルは、お手上げと言った表情でペラペラとページを見ていた。
「あー、あんまり使えねぇなこの本」
書いてあった内容は興味深かったが、今必要なものでは無かった。
「もういいか?」
「あぁ」
ガルに本を返し、本棚に寄りかる。
「少し疲れた⋯⋯」
天井を眺め、大きく息を吐いた。魔法語を読むのは、普通の文字を読むよりも疲れる。
「そういえばテメェ、何しに来たんだ?」
「あぁそうそう、お前に練習付き合って貰おうとしたんだ。実戦の」
「またかよ⋯⋯」
露骨に嫌な顔をされた。
「頼む、決闘まで何やればいいか考えてこれしか思いつかなかったんだよ」
両手を合わせ頼み込む。頼れるのはお前だけだ、と必死に説得を試みた。
「別にいいけどよ⋯⋯お前の方は大丈夫なのか?」
「なにが?」
「魔力とか貯めておいた方がいいだろうし、ヘマやらかして怪我でもしたら大変だろ」
「言われてみれば⋯⋯」
最もな意見だった。今ここで魔力を使い果たしたりでもしたら、それこそ勝ちが遠のいてしまう。
「じゃあ、ベルの魔法について教えてくれよ。対策立てたりなら大丈夫だろ?」
「問題ないな」
「頼む」
「おう」
方針が決まり、寄りかかった本棚から背を離す。と、ガルは持っていた本の存在を思い出した。
「戻してくる」
「すまん、頼んだ」
歩いて行くガルの背中を見つめる。何だかんだ言って協力してくれる奴だった。人間、目つきで人相を判断しちゃいけない。
「そういえば『黒元』の中身読んでなかったな」
ふと、先程手に取った本を取り出す。
本は鈍器としても使えそうな程分厚く、黒く重厚な外装には白字で不思議な文字が書かれていた。この文字が昔の魔法語なのだろう。じっと見ると、頭の中には再び『黒元』の文字が流れ込んでくる。
「にしても中二っぽい題名だな⋯⋯」
苦笑しながら、その表紙をそっと開く。不思議な事に、ホコリは微塵も無かった。そして、中にあるはずの文字も無かった。
「⋯⋯は?」
呆気にとられ、本を持ったまま立ち尽くす。そんなはずはとページを捲るが、いくら捲ろうと白紙だった。
「何シケたツラしてんだ」
「あ、いやなんでもない」
本を閉じて、ガルの方へ向き直る。色々と疑問はあるが、今は決闘について考えなければ。
「なぁガル、本借りる時はどうしたらいいんだ?」
「テキトーに借りてけばいい。出る時自動でチェックされる」
「そか、じゃあとりあえず借りてくわ。んで、これからどうする?」
「一度上に戻るか。誰かに立てた作戦を聞かれたりしたら色々と面倒だからな」
「わかった」
ガルはそう言って出口の方へと歩き出した。後を追いかけて、出口へと向かう。
「さて、どんな奇策妙計を立ててやろうか」
こんな状況だと言うのに、不思議と心は踊っていた。俺は来た時よりも軽い足取りで、螺旋を駆け上がって行った。
手の中にある本は、まだ何も書かれていない。




