少女と吸血鬼
「あ……ぅ……」
脳が麻痺する。残っていた理性が全て吹き飛び、湧き上がる衝動が全身を突き抜ける。
「大丈夫ですよ。優しくしますから」
「ぁ……」
目の前に、この世の物とは思えない程美しい少女の顔が見える。その少女はにっこりと笑いながら、ゆっくりと体を寄せてくる。
それが、俺の理性の限界だった。
「あは、は、はははははは!!」
狂ったように叫びながら、少女へと手を伸ばす。少女の細く輝く蛇のような腕が、俺を優しく包み込もうとする。
俺はそのまま────気を失った。
「……あれ、ご主人様?」
「ご主人様? じゃないわよこのバカアニマ! アンタ達一体何してんのよ!!」
倒れた真の後ろに、ライヴが立っていた。どうやらゲンコツ1発で気絶させたらしい。起きた時に後遺症が無いか心配だ。
「あまりにご主人様が辛そうだったので少しだけお手伝いを」
「ババババ、バカじゃないの!」
顔を真っ赤にするライヴ。
「だいたいアンタ、一割しかサキュバスの成分無いって言う割に一番サキュバスの部分が多いのよ!」
「多分それ、ご主人様が割と変態だからだと思います」
「あぁもう……妙に納得する理由じゃない……」
既に気絶してる変態を、更に追い込む二人だった。
「とにかくアンタ、そういう事はやめなさい」
「そういう事とは?」
「そ、それは……その……」
真っ赤になりながらうつむいてしまう。そんな光景を見て、アニマは少し可愛いと思ってしまった。
「きっとご主人様も喜んでるでしょうね。こんな可愛い方に殴って貰えたなんて」
「アンタねぇ……」
「でも、ご主人様もそう思ってると思いますよ。ご主人様から生まれた私が思うのですから」
「もう! そんな話してないってば!」
「うふふふふっ」
「もうヤダこの人!」
もがーっと頭を抱えながら悶える。身長のせいか、駄々をこねる子供にしか見えない。
無論、口にすれば足元に転がっている変態ご主人様同様気絶しかねないから言わないが。
「あれ、そう言えばライヴ様」
「ライヴでいい。めんどくさいわ、その呼び方だと」
「そうですか、ではライヴ」
「何?」
アニマはずっと気になっていた。なぜライヴは、怒って出ていったはずなのに出ていったのか。
「なんであんなに怒ってたのに、ご主人様のとこへ戻ってきたんですか?」
「別に、様子を見に来ただけ。ただちょっとお腹すいてないかなって……」
後半になるにつれ、しょぼくれていく声。どうやら、真の分の昼食を食べてしまったのを気に病んでるらしい。
「それよりもそのゲンコツを気にした方が……」
「あっ」
「あっはっはっは! ご主人様も苦労しますね!」
「もうヤダこの人……」
おそらく真は見た事がないくらい凹んだライヴ。多分、真が見たら誰だお前と言うレベルに凹んでいた。
「でも、ゲンコツに関してはご主人様が悪いですよ。自分の下僕だからってほいほい手を出して」
「そうよね、うん……変態はダメね」
「そうですそうです! だからもっと殴ってあげるべきです!」
あまりにもライヴが凹んでいたので、少しフォローを入れてあげたアニマであった。なお、このフォローのせいで真は更に酷い評価になっている。
「昼食の件にしても、ご主人様にも非があるのでお気になさらないでください」
「でも……その……」
「大丈夫です大丈夫です! ご主人様、考え方はド外道ですけど人間としての器は中々広いですから」
「ほ、本当に大丈夫?」
いつもとは別人のように弱気なライヴに、アニマは胸を張ってこう言った。
「大丈夫ですってば! ご主人様の分身と言っても過言ではないワタクシが言うのですから。ライヴを信じるワタクシを信じてください」
あまりにも堂々と宣言されたからだろうか、ライヴは安心したように大きく息を吐く。
「そう……アニマ、ありがとう」
ふんわりとした微笑みを浮かべ、ライヴはアニマへ感謝の言葉を告げる。
「いえいえ、ライヴも頑張ってください」
「うん、何を頑張るかは分かんないけどとりあえず頑張る! ありがと!」
いつもの調子に戻ったライヴは、軽やかな足取りで部屋を出ていこうとした。
「あ、そうだ」
その直後、ライヴは何か思い出したように立ち止まり
「名前、いいのつけて貰いなさいよ!」
そう言って部屋を後にしたのだった。
「全く、ご主人様も苦労しますねホントに。ちゃんと周りを見ないと、また殺されかけますよ」
一人残ったアニマはそう呟くと、コツンと優しく真の頭をつま先で小突いた。




