海色の瞳
遅くなりました……
「ガル、この役は任せた」
俺はガルの肩にぽん、と手を置く。
「出来る訳ねぇだろうが! 小夜の相手は俺の兄貴なんだぞ!!」
「何そのめんどくさい関係! てか、相手の弟がいるのにそんな事言っていいのか?」
「それは大丈夫だ。 命令は守るが、別に俺は兄貴がどうなろうと知ったこっちゃねぇ」
「はぁ……嘘だろ……」
「真君、お婿さん役お願いできない?」
「いや、あの……役だけですよね? この騒動が終われば終わりですよね?」
「小夜が良ければその後もいいわよ?」
「私は……うん……そうね……」
「なんで迷うの?!」
「え、ダメ……なの?」
「ッ!」
小夜は子犬のような目で見つめてくる。
ちくしょう、ずるい。
てか、なんでダメだとダメなの……?
「と、とりあえずだ、とりあえず情報を整理しよう」
俺は話題を逸らす。
いや、元々の話を考えると戻すのかもしれない。
最早今となってはどちらが重要か分からないが。
「とりあえず事の原因は小夜とガルの兄貴の婚約でいいんだよな?」
「えぇ、そうね、そうなるわ」
「んで、それをぶっ潰す為に俺は小夜の婿役をやると」
「……うん」
「普通に考えて俺めっちゃ悪者じゃん!」
「元々俺の邪魔した時点で十分兄貴達と敵対してるから大丈夫」
「ガルテメェそれお前のせいだろ! テメェがいきなり攻撃してくるから!」
「テメェが反撃するからだろうがァ!」
「あんなの誰だって反撃するわ!」
「アァ?!」
「ンガー!」
俺とガルは顔を近づけて罵り合う。
「二人とも落ち着きなさい。争う相手は違うわ」
「争うの?! 誰と?!」
「それはガル君のお兄さんと旦那とよ」
「ギィヤアァー!」
最悪だ。争う事前提だ。
「さて、お話もまとまった事だし、とりあえず家へ行きましょ?」
「俺まだいいって言ってないですよ?!」
「ダメなの?」
「えっと……どうなのかな……小夜?」
「……お願い真、出来る事なら何でもするから」
「あぁ、全方位逃げ場無し……」
俺は手を地面について落ち込む。
小夜のお婿さん役なんてそもそも俺なんかに務まるはずがない。
それになんだか争う事前提だし。
「とりあえず生きて帰れるんだよな? それは確実だよな?」
「それは大丈夫だと思うわ。ブチ切れて殺されない限りね」
「何それ怖い! ガル、何とかしろ!」
「アホかテメェ! ブチ切れられないようにしやがれ!」
「はいはい、とりあえず行きましょ」
そう言うと小夜のお母さんは歩き出す。
俺達も遅れてそれについていく。
「それにしてもここ……海だな」
俺は周りを見渡す。
先程も見たが、やはりここは海辺で間違いないようだ。
「そういえば俺はここに来た時何があったんだ? よく覚えてないんだが」
「真は海に落ちて溺れていたのよ。だから倒れてたの」
「そうか、それであんな事になってたのか。ありがとうな、助けてくれて」
「……ごめんなさい、元はと言えば私が家出したから」
小夜はどうやら俺を巻き込んでしまって落ち込んでるようだ。
「大丈夫だよ。なんも気にしてないから平気平気」
俺は笑顔で答える。
──それでも彼女の顔は晴れることは無かった。
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「でっか……なんだよこの家……」
俺は思わず声を上げる。
海辺からしばらく歩いた所にある切り立った崖。
その上に家は建てられていた。
「ここが私達の家よ。と言っても多少他の家の人もいるわ」
「他の家の人?」
「実は同盟の魔法使いと色々やってるのよ。だから半分は他の人の住居になってるの」
「へ、へぇ……それにしてもデカイなこれ」
もう一度建物を見る。
小夜達の家は屋敷と言っていいレベルにデカかった。
そしておそらくこの中には目的の相手がいるだろう。
「……腹痛くなってきた」
「とりあえず真君は呼ぶまで待ってて。私達は私達で話すから」
「はい……そうさせてもらいます……」
「ガル君もとりあえず来て。命令された件について話さなきゃならないでしょ?」
「あぁ、わかった」
俺は屋敷へ入ると客室へ案内される。
なんと屋敷の中にはメイドさんが何人かいた。
「あのフリフリドレス着てるメイドさん実在したのか……」
「お客様、ご案内させていただきます」
「はーい」
案内するメイドさんを観察する。
ちゃんと頭にはヒラヒラ付きのカチューシャを付けている。
ちなみにこのカチューシャ、正式名称はホワイトブリムと言う。
高得点だ。
「こちらでお待ちください」
案内された客室はまるでホテルの様な高級感あふれる部屋だった。
俺は椅子に腰を下ろすとこれからの事について考える。
「改めて考えると色々とヤバイな、俺。なんでこんな事になったんだろ……」
まだ起きた事に対して脳が追い付いていない。
いきなりイギリスに飛ばされたと思えば婿役をやれだのなんだの言われたら誰だってそうなるだろうが。
「てか、何やればいいんだ?」
こんな感じのシチュエーションのアニメなんかはたまにあるが、実際に遭遇するとどうしていいかわからない。
正直逃げ出したい気分だ。
でも──
「小夜の為になら……頑張ってみるか」
思えばイギリスに来てから小夜は落ち込みっぱなしだ。
それに家の事情や相手の事情も色々とあるだろうが、小夜自身が嫌がっている。
そんな婚約は誰だって嫌だろう。
「婚約か……」
小夜の婚約。その言葉を聞く度に胸の奥がざわつく。
何故かは分からない。
でも最近このざわつく感じが多々ある。
「ま、気のせいだろ。とりあえず今は役目を果たす事について考えねぇと」
思考を切り替える。
さて、まずはガルの兄について考えてみよう。
「ガルの兄貴ねぇ……ガルより目つきが悪くてガルより口が悪いと見た」
まぁ、俺も口が悪いとは思うが。
と言うかガルは口が悪いと言うより荒い?
「小夜のお母さんは多分味方だとして……お父さんなんだよな」
小夜の父親についての情報は全く無い。
もう少し小夜のお母さんに聞いておくべきだったと過去の自分を呪う。
一体どんな人物なのか。
でも、娘の婚約を勝手に決める、と言うのは裏を返せばどこぞの知らない男に取られないように守る、と考えることも出来る。
もしかして娘思いなのかもしれない。
「いい人だったら嫌だな……」
娘思いのお父さんとそれを邪魔する男子高校生。
絶対悪者だな、俺。
「あぁ、気持ち悪くなってきた……窓開けよ……」
俺は落ち込んだ気分を変えるために窓を開ける。
海からの風が部屋へと入り込み、潮騒が俺の心を落ち着かせる。
窓の外を見ると見渡す限りの海だった。
「綺麗な海だなぁ。旅行とかで来れたらいいのに」
まるでその海は小夜の瞳のように青く澄み渡っていた。
俺はあの瞳を思い出す。ここへ来てから涙を流してばかりの瞳だ。
そうだ、彼女は嫌だと言った。
そして俺に頼んだ。婿役をやって欲しいと。
ならばそれには応えなければならない。
「……決めた。小夜が嫌なら、俺はどんな理由でも小夜を助けよう。小夜がいいなら、俺はどんな理由でも小夜を止めはしない」
せっかく仲良くなった矢先にこの出来事だ。
どんな理由があれども泣くのは見たくない。
俺は決意を、覚悟を決める。
たとえ相手がどれだけ善人でも、どれだけ正当な理由があっても必ず小夜の味方であると。
相手の理由なんざ関係無ぇ、小夜の嫌な事はやらせねぇ。
小夜の母はいいタイミングと言っていた。
ならそのタイミング、有効に活用させてもらおう。
「お客様、皆様がお呼びです」
そしてまたいいタイミングでメイドさんが呼びに来た。
俺は一つ深呼吸をすると答える。
「あぁ、今行きます。案内して下さい」
──よし、やってやろうじゃねーか。
真「そういえば買い物袋どうした?」
ガル「俺の他にいた二人にお前が起きる前に持って行かせた」
小夜「アイスは?! アイスは無事なの?!」
ガル「知らねぇよ!」
真「あぁ……溶けてそう……」




