至福の休日
「うーん⋯⋯」
リビングの机に向かい、俺は物思いにふけていた。
「真、何書いてるの?」
「進路。でも、何も思い浮かばなくてさ」
そう言って一枚のプリントを机の上から取って小夜に見せる。何もかいてない、空白だらけのプリントだ。
「⋯⋯魔法使いって、表向きは普通に働いてるのか?」
「えぇ。あ、でも魔法使い達の中にある仕事をしている人もいるわ。やっぱり、事情を知ってる者同士じゃないと出来ないこともあるから」
「小夜は将来、何かしたいとかあるの?」
「それは⋯⋯考えたこともなかったわ」
「そっか」
難しいモンだな、とペンを置いて立ち上がる。暑くなってきた、窓を開けよう。
「真は、ある?」
「明確なのは無いよ。でも、魔女狩りからみんなを守る事をしたい」
ガルにでも聞けば、その手の仕事を教えてくれるだろうか。とにかく俺は、小夜が傷つかない、安心して暮らせる世界が欲しい。その一心なら、例え聖人相手でもいくらでも戦ってやる覚悟だ。
「まぁ、そんな事学校に言ったら間違いなく呼び出し食らうからな。テキトーに書いとこ」
「そんな簡単に決めて大丈夫なの?」
「うーん⋯⋯」
「真なら魔法使いの世界でも生きていけるとは思うけど、本当にやりたい事をやればいいのよ?」
「うーん⋯⋯⋯⋯」
何だか簡単に決めてはいけない気がしてきた。
「とりあえず保留しとこ。まだ提出期限あるし」
プリントをしまいこんで、置いていた料理本を手に取る。レパートリーを増やそうと、本屋の店頭に並んでいたのを数冊買ってきてみたのだ。
「小夜はどれが良い?」
「どれどれ⋯⋯あ、これ美味しそうね。でも、こっちも良いわ」
「これなら多分今ある物で出来そうだし、今日はこれにしようか」
「本当? 楽しみにしてる」
花が咲いた様に──いや、花より綺麗に笑う小夜。
そう、彼女のこの笑顔のために。俺はこの先の人生全てを賭けてでも戦ってやる。その為に何をすべきか、俺は未だ迷い続けている。
「⋯⋯ん?」
唐突に、スマートフォンに着信が入る。知らない番号だ、誰だろう。画面をスライドして、耳に当てる。
「はい、真です。どちら様で?」
「ライヴ。ちょっと来て欲しいから、三十分後に来て」
「いきなりだな。別いいけど、どこに行きゃいい?」
「駅前の広場。早くついたら、テキトーにカフェにでも居て。じゃ」
「あ、ちょおい待て⋯⋯」
制止しようとしたが、もう遅い。通話は無慈悲にも切られ、待ち合わせ時間のカウントダウンは始まってしまった。
それにしても駅前の広場って、結構ギリギリになりそうだぞ。
「ちょっと出かけてくる。何かあったら、サリィと通じて教えてくれ。飛んで戻るから」
「ライヴから、だよね? 珍しいわ、ライヴが人を頼るなんて」
「多分俺が使いやすいからだと思うよ⋯⋯とりあえず、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
小夜に留守を任せて家を出る。転移魔法を使えばすぐだが、ここは人に見られる可能性があって危険だ。幸い電車の時間はピッタリなので、とりあえず駅に向かうとしよう。
「にしても、あっちぃな⋯⋯すっかり夏じゃねーか」
早足で歩きながら、ギンギンと照りつける太陽を仰ぐ。地平線の向こうから登ってくる入道雲が、本格的な夏を表していた。
電車と同時に駅に着き、そのまま乗り込んで約束の地へ。
「真先輩? 珍しいですね、ここでお会いするなんて」
「ん?」
後ろから聞き覚えのある声で呼びかけられる。振り返ると、珍しく私服の雪舟がそこに立っていた。夏の暑さと清涼さが、一層彼女の姿を輝かせている。あまりの眩しさに、俺は少したじろいだ程だ。
「随分と綺麗だな。デートか?」
「ち、違います! テスト期間で部活が休みなので、アキちゃんと買い物に行く所です!」
「アキちゃん⋯⋯あぁ、なんか見た事あるかーもしれない。運動部はテスト期間中くらいしか休めないから大変だよな」
「そういう先輩は、テスト勉強大丈夫なんですか?」
「んー、雪舟は英語得意か? 一発で完璧になる方法さえ教えてくれたら、大丈夫なんだが」
「無いです。先輩、頑張ってください。補習中は合宿があるんで、先輩を助ける事は出来ないですから」
「はい⋯⋯頑張って赤点回避します⋯⋯」
優等生の雪舟に言われちゃ、反論する余地がない。本当に勉強出来る奴は遊んでもちゃんと勉強してるから、その点雪舟は相当凄いと思う。
それにしても、今日の雪舟はいつもに増して綺麗だ。いつも綺麗だけど、私服だと更に趣がある。写真にとって飾っておきたいくらいだ。
「にしても雪舟は綺麗だよな。浴衣とか着たら、すげー似合うと思うんだよ」
「真先輩、わたしの浴衣姿見たいですか?」
「見たい」
「じゃあ約束ですよ、絶対に見てくださいね!」
「う、うん⋯⋯わかった⋯⋯」
顔をグイと近づけてくる雪舟に、思わず少し後ずさりする。爽やかな果実のような香りが、微かに鼻腔をくすぐった。
「じゃあ先輩、連絡先教えてください」
「いいよ。ほい」
携帯を取り出して、トークアプリを開いて見せる。その画面に、雪舟のアカウントが追加された。
「⋯⋯ふふっ、楽しみだなぁ」
その画面を嬉しそうに眺める雪舟。何がそんなに嬉しいのかは分からないが、そろそろ降りなければならないので追求は出来そうにないな。
「じゃあな」
「はい、真先輩。約束、忘れないで下さいよ!?」
「あぁ、わかった」
雪舟と別れて電車を降りる。駅前は、休日の人々で賑わっていた。
携帯を見ると、約束の五分前だ。
「んー、カフェなんてオシャレな空間に1人は難易度高いしなぁ⋯⋯」
見渡すが、ライヴの姿は見当たらない。あいつの事だ、遅れてくる可能性が無い訳では無い。特に俺相手には尚更。
しかしこの暑さ、外で時間を潰そうとすると体調に支障をきたしそうだ。こりゃあ、本格的に夏が来たな。
「さて、どうしたもんか」
適当にそのあたりをぶらつくと、自販機があったので飲み物を買う。と、携帯が震える。
「はい?」
「着いた。今どこ?」
「あー、駅で待っててくれ。今行く」
買ったジュースを一気に飲み干すと、再び駅の方へと向かう。遠目から見ても可愛らしい女の子が1人、駅前で人目を集めながら立っていた。
人々の視線の中心に歩く。
「⋯⋯⋯⋯」
「何よ」
「いや、別に」
「そう。ならいいけど」
そういうとライヴは、俺のことも気にせずに歩き出してしまった。
「どうして、私服ってのはあるんだろうなぁ⋯⋯」
その後ろ姿を眺めながら、俺はしみじみと休日の良さを噛み締めた。




